第7話 アケティ師

 ──五日後。


 僕たちは、アケティ師が主導する遺構発掘現場へと足を運んでいた。

 森の中にぽっかりと姿を現したその遺構は今まさに発掘調査が進んでいるところで、露出したいくつもの人工物らしきものは未だ地面に埋もれ、蔦に隠されているような状態だった。


 比較的調査が進んだウェルス周辺に、まだこのような遺跡が眠っていたとは驚きだ。


「やあやあ、助かるよ。最近、少しばかり手が足りなくてね」

「いえ、今日は色々と勉強させていただきます」


 柔和な笑顔を浮かべるアケティ師に、僕は深々と頭を下げた。

 彼は、僕にとって先生のような人でもある。

 少しばかりの懐かしさと、『一つ星スカム』となってしまった恥ずかしさがこみ上げてしまう。


「やはり、お父上の塔に入ることにしたのだね」

「はい。お誘いいただいたのに、すみませんでした」

「いやいや。ダメで元々……と勧誘したのでね。君のような優秀な生徒は誰もが欲しいのさ」


 相変わらずの褒め殺しに、僕は小さく苦笑する。


「それで……何からお手伝いしましょうか?」

「ここでの調査から、森の深部に伸びる魔力導線が見つかっておってな、それを探しに行くのを手伝って欲しいんだよ。護衛の冒険者も雇ってはおるが、ここを手薄にするわけにもいかんでな」


 アケティ師の振り返る先では、年若い生徒たちが忙しく発掘作業にいそしんでいる。

 『青の派閥』は肉体労働がメインではない。

 戦闘が得意ではないものも多く、ここにいる者もほとんどは非戦闘員の研究者であるらしい。

 そうなると、教授の単独調査に護衛を割くわけにもいかないのだろう。


「わかりました。行こうか、姉さん」


 遺構を興味深く見ていた姉に声をかける。

 こういう大型魔法道具アーティファクトのような遺跡は僕も好きだが、姉は根が冒険者なので別の興味があるのだろう。

 おそらく、この下に迷宮の入り口があるのではないか……などと考えている顔だ。


「エファさんも、相変わらずですね」

「姉さんが一緒でよかったです。僕はあまり戦闘が得意ではありませんから」

「おや。赤の派閥に入ったばかりのやんちゃな若手を、二十人ほど治療院送りにしたと聞きましたよ?」


 アケティ師が、にこにこと笑いながら表ざたになっていないはずの情報を口にする。

 どこで知ったんだろう?

 そんな僕の思考が顔に出たのか、アケティ師が柔和に笑う。


「蛇の道は蛇と言います。私とて〝賢人〟の端くれ……注目生徒の活躍くらい、耳にすることはあります」

「あれは、ちょっとした事故だったんですよ」

「事故じゃないわ! ノエルったらすごいんだから。今日も大船に乗ったつもりでいてよね、アケティ先生」


 駆け寄ってきて突然会話に割り込む姉。


「それは安心だ。それでは行きましょう。こっちです」


 アケティ師が示す方向──深い森の中へと、僕たちはそのつま先を向けた。


 ◆


「本当だ……よく見ると、かなり大掛かりな魔力導線が伸びてる」


 森の中を歩きながら、僕はモノクルをつけて地面を覗き込む。

 僕が作った魔力の流れを可視化する魔法道具アーティファクトだ。


「珍しいの?」

「こんな風に地面に埋まってるのはね」


 魔力導線、というのは魔法道具アーティファクトの魔力回路に魔力を流すための、人間で言うなら血管のようなものだ。

 緻密な魔力回路には、緻密な魔力導線が必要となる。

 つまり、このような太い魔力導線があるということは、この先に何かしらの魔法道具アーティファクトか何かがこの先にあるということだろう。


「君に協力要請して正解だった。魔法道具アーティファクトや魔導装置について、君は専門的な知識を持ているからね」

「まだまだですよ。父や〝賢人〟の御歴々の足元にも及びません」

「もう、またそうやって謙遜する。いいじゃない、ドンと構えてなさいよ! ノエルの魔法道具アーティファクト知識は本物なんだから」


 姉の僕に対する自信はどこから湧いてくるのだろうか。

 そんなことを考えている隙に、モノクルが周辺の小さな違和感を僕に知らせた。


「姉さん、戦闘準備。何かいる」

「来たわね」


 背負ったバスタードソードを抜きながら、姉が周囲を警戒する。

 アケティ師を背に庇いつつ、僕もいくつかの戦闘用魔法道具アーティファクト稼働準備アイドリング状態にして、目をこらす。


 僕が調整した【多機能モノクル】はいろいろと機能がありはするが、精度はそう高くない。

 こうして不意打ちを防ぐことはできても、敵性体の位置同期などはできないのだ。

 だが、今日は姉が一緒だ。まあ、やりようはある。


「キィゥッ!」


 木の影から飛び出してきたのは、大型の鳥類らしき姿。

 立ち上がった全長は二メートルほど。

 羽は退化して飛行には適さなさそうだが、代わりとばかりにギザギザの突起がついている。カラフルな嘴も鋭く、これも受ければかなりの傷を負いそうだ。

 太く発達した下肢は、走るのに特化しているようで、足場の悪い森の中をかなりの速度でこちらに突進してきている。


「タムタム鳥だッ!」

「お肉の美味しい奴ね!」


 それはその通りだが、僕が伝えたいのは肉のうまさではない。

 このタムタム鳥は、かなり好戦的で危険な魔物モンスターなのだ。

 縄張り意識が強く、侵入者には問答無用で襲い掛かる習性を持っており、薬草採取に出た駆け出し冒険者が遭遇して犠牲になることもあるらしい。


「〝起動チェック〟」


 姉とタムタム鳥が接敵する瞬間、僕は手元の魔法道具アーティファクトの一つを起動させた。

 その瞬間、地面から鋭い石の突起が伸びるようにして発生して、タムタム鳥に襲い掛かかる。


「ほう、これは……!」

「〈岩槍ロックスピア〉を封じた魔法の巻物スクロールです」


 タムタム鳥は突然地面から伸びた石槍を避けようとしたが、このタイミングではそれも叶うまい。

 勢いそのまま鋭い突起に激突し、悲鳴を上げる。


「もらったわッ」


 そして、動きを止めてしまえば姉のいいカモである。

 カモには似ても似つかない姿だが、鳥類には変わりあるまい。

 タムタム鳥はあっという間にその頭部を刈り取られてしまった。


 血を吹き出しながらぱたりと倒れるタムタム鳥を少し注意深く警戒してから、僕は息を吐きだす。


「他の敵性体はなし。戦闘終了」


 モノクルで確認した僕がそう告げると、姉は剣を一振りして血糊を払い、鞘に納めた。

 あいかわらずいつ見ても姉さんはかっこいい。

 どうして、僕にはこの才能が受け継がれなかったのだろう。


 ……なんて考えようとしていた矢先、その姉が破顔して僕に抱きついてきた。


「すごいわ、ノエル! ナイスアシストよ!」

「やめてよ、姉さん。アケティ師もいるんだからさ」

「じゃあ、ハグの続きは帰ってからね。さ、まずはあれの血抜きをして……それから先に進みましょ」


 すっかり動かなくなったタムタム鳥を指さして、姉が快活に笑った。


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