31.既視の覚醒
気がつけば体が勝手に動いていた。すぐ傍に転がって来た木剣を拾い上げ、シスカとレシウスの間に割って入った。
「ファリス、なんでっ……」
「……次は君が相手?」
「……ッ……」
受け止めていた剣に一層力が込められる。
「ダメ、逃げて! あなたじゃ……!」
「嫌ですッ!!」
「っ……」
ファリスの大声にシスカが息を呑む。普段物静かなファリスがこんな大声を出すのは、ましてやこれ程ありありと怒りの感情を表に出すのを、シスカは初めて見た。
上からかかる圧力にじりじりと体を沈ませるファリス。体ごと投げ出せば一旦は逃れられるかもしれないが、後ろにシスカが居る以上その手段は取れない。
「ふッ……!」
「! うぉっと」
ファリスは体を捻り、何とか剣を逸らすようにして抜け出し、その勢いのまま回る様に木剣を振るった。
——まただ。
力を込めていた分、あるいは奢りもあってか、レシウスは剣を流されてつんのめるように隙を晒していた。今の一撃は当たっていてもおかしくはなかった。だというのに、レシウスは涼しい顔で後ろへ避けて見せた。はっきり言ってかなり違和感のある挙動だ。
何かある。ファリスにはその何かに強烈な既視感を覚えた。
ファリスは木剣を構え直し、距離を取ったレシウスを見据えた。
「来ないの?」
「…………」
「ならこっちから行こうか」
「!」
うかつに踏み込めないでいたファリスに、レシウスが肉薄する。
振りぬかれた剣をいなすように受ける。今度は流石に態勢を崩してはくれなかったレシウスが間髪入れずに攻撃を繰り出してくる。
いなす、避ける、流す、防ぐ——。
「…………へぇ」
すべての攻撃を防がれたレシウスが若干意外そうな、怪訝な表情を作った。
試すように、遊ぶように苛烈さを増していく攻撃に、ファリスは何とか食らいつく。
散々、シスカとの打ち合いで鍛えてきたのだ。防ぐのも耐えるのも慣れている。
何かを確かめるように、何かを思い出すように、ファリスはレシウスと剣を交え続ける。
激しい体の駆動に心臓が痛いほどの早鐘を打ち、次第に高まる集中力が脳をちりちりと焼くような感覚。
——これは。この剣は。もう、少しで——。
「……ふん」
「な!? ぐっ……あぐッ!」
突如、足元を何かに押されるような感覚で足さばきが狂わされ、その隙に打ち込まれた強引な二連撃でファリスの体が
「ファリスッ!」
「そろそろ認めたらどう? 何をそんなに強情ばってるんだか」
レシウスはファリスの襟を掴んで引き寄せ、首に木剣を当てがった。
「ほんと、こんな奴らをわざわざ父上が探してただって……? 悪い冗談だね全く」
あてがわれた木剣に力が加えられる。
「ぐぇッ……かはッ……!」
「いやッ! や、やめて!」
「ならさ、言うべきことがあるんじゃない?」
「う……あ……わ、たしの、お、お父さまは……」
涙を浮かべ、悲痛な顔でシスカが屈服の言葉を口にしようとした。
「姉さんッ!!」
「っ!」
「な、がばっ!?」
レシウスの顔面を水球が弾けた。後ろに吹っ飛ばされたレシウスが受け身を取る。
「……そうだ、創術が使えるんだったね。でも、俺は剣での勝負だと思ってたけれど?」
「げほッ……ごほッ……あなたには言われたくありません……!」
「……!」
ファリスの言葉に、レシウスは薄笑いを消して僅かに目を見開いた。
「さっきから……あなたも創術を使っていますよね」
「え……!?」
「…………へぇ、何でそう思うの?」
「時々、動きが不自然でした。特にこっちの攻撃を避ける時、明らかに挙動がおかしかった。でも確信を持ったのはさっきいきなり何かに足を取られた時です。……風、ですよね」
今度こそ、レシウスは瞠目した。
態勢を崩していた状態からでも、何かを支えにしたように身を翻して見せ、ファリスの足を絡めとったもの、その正体は風の創術だった。
「……うん、そうだよ。俺は剣術に風の創術を取り入れている。でも、よくそれが風だって分かったね」
「…………」
「まあ分かったからってどうにもならないだろうけれど、ねっ!」
言って、レシウスが突っ込んでくる。もはや隠す必要がなくなった創術を全面的に使った踏み込みは先ほどまでより数段早い。
瞬時に間合いを詰めたレシウスの剣もまた、加速がついている。
「……!」
その、間違いなく最高速の一撃をファリスは辛くも反応し切り、防ぐ。
「ちッ……!」
運のいいまぐれ。思う様にいかなかったことへ僅かに苛立つレシウスは、そのまま攻撃を続ける。木剣にまでもつむじ風を纏せた一撃はいっそう早く、鋭い。
先ほどまででもギリギリだったファリスに到底捌き続けられるようなものではない——筈だった。
当たらない。これまでのような遊びはなく、レシウスはほとんど本気を出している。にも関わらずその剣はファリスを捉えられない。
まぐれじゃない。むしろ動きがどんどん良くなっていっている。
「……ッ!」
レシウスの背筋に冷たいものが走る。
ファリスの観察するような瞳と目が合った。それは淡々と、こちらの動きを見透かしていっているようで——
「こ……のぉ!」
焦れたレシウスの大振りな一撃。生半可な防御など無理やり押し切らんばかりのそれを、ファリスはとうとう完璧に受け流した。レシウスの捻った上体が勢いを殺しきれず横に流れる。
通常ならばそのまま大きな隙を晒すことになるが、レシウスには風の創術がある。身に纏うような風圧によって体の動きを強引に変えることで、相手の間合いから離脱しようとする。
だが。
「それは、もう覚えました……!」
「なッ、ぐうッ!?」
ファリスはそれを織り込んだ上で、より深く踏み込んで剣を振るった。切り上げるようなそれは、レシウスの肩口を浅く抉る。
初めて、ファリスの攻撃がレシウスを捉えた。
「くそッ!」
顔を顰めつつもレシウスは反撃に出るが、ことごとくをファリスは躱して見せる。最早その動きに危なげはない。黙々と、まるで単純作業かのように剣が受け切られる。
「な、んで……!」
「覚えたし……
「意味の分からないことをッ!」
そう、まずレシウスの動きは覚えた。それに、なによりファリスは識っていたのだ。
魔人の、殺し方を。
それまで、ファリスは自分には剣術が向いていないのだと思っていた。型に足運び、そのどれもがファリスにとっては強烈な違和感を感じるものだったからだ。
自分にとって相反する技術を習得するような感覚。その認識は半分正解で、半分は間違いだった。
ファリスは剣術が身に合わないわけではない。
合わないのは、
ファリスの意識、その奥底には魔人の剣術を、戦術を封殺する技術が根付いていた。それが違う体系である剣術習得の足を引っ張っていたのだ。
加えて、ファリスはシスカとの鍛錬の中では無意識のうちに本来の己の剣技を封じていた。相手を傷つける技を、殺す剣を。しかし、今この場においてその必要は感じなくなった。
目覚めさせたのは焦燥と、強烈な——殺意だった。
「がッ……!?」
何度目かとも知れない、ファリスの剣がレシウスを捉える。シスカやレシウスほど腕力のないファリスの剣では、数発程度では決定打にならない。
ただ、延々と攻撃を避けられ、逆に打ち据えられ続けるレシウスには肉体的にも、精神的にも確実にダメージが積み重なっていく。
「調、子に……乗るなあァ!」
ファリスの右足で風が渦を巻く。
防御ごと押し切らんばかりの渾身の横薙ぎ。平時なら後ろに跳ぶだけで不発に終わるそれも、引き寄せるような風が回避を許さない。
「終わりだ!」
「そうですね」
後ろには逃げられない。ならば前に行けばいい。
ファリスは身を屈めて、間合いの内側に飛び込んだ。
風の創術に対しての既視感が、魂の記憶が体を突き動かし、最適解へと導く。
「なッ!?」
遠心力のかからない根元の部分をファリスの木剣は受け止め、そのまま振りぬくようにして柄でレシウスの顎先をかち上げた。
「がッ……ぎ……!?」
ファリスは仰向けに倒れ込んだレシウスの手を蹴り付けて、木剣を弾き飛ばす。
「く……そ……ッ!」
顎を揺らされた上、喉元に木剣を突きつけられ動きを封じられたレシウスが呻く。そのまま喉を突き殺してしまえという衝動に駆られるが、ファリスは堪える。
「姉さんに……謝ってください」
「誰が……! グッ……!?」
突きつけていた木剣を喉に押し当てる。
「……あなたは、ぼくらの何が気に入らないんですか」
「そんなもの、全部だッ……全部が気に食わない……! どいつもこいつも、もう団にはいないやつの話ばかり……! 誰も父上を認めない! どうして!? ……どうして父上は、俺をッ!」
「……そんな、理由で……あなたは姉さんを傷つけたんですか……?」
レシウスの言葉は断片的で、その心情の全てが伝わったわけではないが、それが酷く身勝手なものであることは何となく理解できた。
脳裏がざわめく。こいつを殺せと。魔人を殺せと。
「畜、生……ッ!」
「…………」
最早そこに躊躇いはなかった。
冷めた瞳で、まるで使命感に突き動かされるように、ファリスは剣を振り下ろした。
魔転の勇者~勇者なのに宿敵たる魔人に転生してしまった件について。記憶はおぼろげだし両親とは気まずいし姉には振り回されっぱなしだけど、自分が何者か知るために曇りながらもとにかく頑張ります!~ 縁日 云 @ennichi1222
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