第5話 突然の訪問者

 淡い紫みを帯びた銀翼をばたつかせ、徐々に速度を落としたペガサスが、ふわりと地上に降り立つ。

 シスター清華が管理する聖堂と敷地内を覆う、強力な魔除けの結界の中に入ればもう安心だ。

「降りろよ」

 先にペガサスから降りた彼がそう、素っ気なく告げる。

「お、降りろって……」

 むすっとした顔で、両手を広げて待ち構える彼の胸に飛び込めと……?

「ちゃんと受け止めてやっから、心配すんな」

 そう返事をする彼の口調はやっぱり、素っ気なかった。

「言ったからには、ちゃんと受け止めて下さいね」

 そう言って、彼の言葉を信用した美果子は身を乗り出すと、飛び降りた。

 ペガサスから飛び降りた美果子の身体を、待ち構える彼がふわりと受け止める。

「お前、いい度胸してるな」

「え?」

「いや……」

 キザな笑みを浮かべて呟いた彼は美果子に返事をすると

「ありがとう。お前のおかげで、助かった。この礼は、いつか必ず返す。もう少しゆっくり話ができればいいんだけど……俺、急いでるんだ。じゃ、またな」

 そう言って彼は、颯爽とペガサスに飛び乗り、手綱を引いて、再び大空を駆けて行った。

 ペガサスを召喚することのできる白札を所持し、神力を使いこなす男子。

 風の様に去って行った彼は、美果子の敵でないのは間違いない。

 ただ、不思議に思う。彼は何故、あの黒豹に追われていたのかを。


 聖堂の入り口前で味方と思しき男子を見送った美果子は、徐に観音開きの扉を開け、聖堂の中に足を踏み入れた。シスター清華にはあとで、挨拶をしに行こう。

 ところどころひび割れた、石造りの床。左右に並ぶ木製の長椅子。奥には主となる金色の十字架と祭壇。その両脇には白い像となっているジャンヌ・ダルクと、クリスティーヌ・ジュレスが、重厚な雰囲気をまといながらも勇ましく佇んでいる。

 美果子がまれるずっと昔からこの地に建つ聖堂の歴史が詰まっていて、それを身体全体で感じられる。なんて素敵なのだろう。

 左右に並ぶ長椅子の、真ん中の通路を通り、クリスティーヌ・ジュレス像の前で立ち止まった美果子は、ゆっくりと像を見上げた。

 迫力のある、等身大の像を見詰めているうちにふと、心の声がれる。

「私も、なれるかな……ジャンヌやクリスティーヌのような、強い戦士に」

「なれるよ」

 良く通る、澄んだ男の人の声だった。突如として聞こえてきたその優しい声に、はっとした美果子は振り向いた。

 背中くらいまである銀髪を、深紅のリボンで後ろに結わいた男の人が一人、最前席の長椅子に腰かけていた。

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