エピローグ 真実は闇の中(メイドのアルマ視点4)

 カシャーン!!!!


「っ!?」


 ぼうっとしていたばかりに手が滑って花瓶を割ってしまった。

 今日は久しぶりにフローラお嬢様の夢を見たから、あの無邪気な笑顔を思い出しつい色々と考えてしまうのだ。


 (お嬢様、お元気かしら……)


 先日ブライアン様のご結婚が取り止めになったという話を耳にした。

 ブライアン様は、公爵家のご令嬢に見初められてご婚約したと聞いていたのだけれど、そのご令嬢はある日突然姿を消し新聞沙汰になっていた。


 事件性はなく愛人の男娼と駆け落ちしたと言われているらしいけれど……本当にそうなのだろうか。

 色男に目がないと社交界でも有名なご令嬢だったようだから、そうなのかもしれない、でも……


 一瞬怖い考えが浮かんでしまい、途中で考えるのをやめた。

 私にできることは、ただこの人里離れたローレンソン家の別荘で、フローラお嬢様の幸せを祈る事のみだわ。


「アルマ、すごい音がしたけど大丈夫か? どうしたんだい、難しい顔をして」

「アナタ……ごめんなさい。花瓶を割ってしまって」

 別荘の管理人をしている夫のもとに嫁いだ私は、この場所で静かな生活を送っている。


 夫との縁談話と共に別荘で働くようブライアン様に言い渡された時には戸惑ったけれど、断る権利など私にはなかった。


 そして嫁ぎ先をフローラお嬢様にお伝えできなかったのには理由がある。

 それはブライアン様の意向でもあったけれど、もしお嬢様がここへ会いに来てしまったらと考えると私としても言えなかったのだ。


 ここでの私の仕事は、ミラベル様のお世話係なのだから……。


 チップチェイス侯爵に相当酷い扱いを受けたのか、言葉を発せられなくなったミラベル様は虚ろなお人形みたいな状態でチップチェイス侯爵に捨てられ出戻ってきた。


 ブライアン様は、静養のためにと自然に囲まれた長閑なこの別荘を用意して、フローラお嬢様にはこの事を伏せると言った。

 姉思いのフローラ様が、今のミラベル様の状態を見たらどれだけ心を痛めるかと想像すると、私もブライアン様の考えに賛成だった。


 そうして私は、フローラお嬢様の下を離れこの別荘で働く道を選んだのだ。


「掃除は危ないから僕がしておくよ。君は少し休んでいたらいい。今は身体を大事にしないと」

「アナタったら心配性なんだから。大丈夫よ」

 身重の私が身体を冷やさないようにと彼は私の肩にストールを掛けてくれる。


 夫は誠実でとても私を大切にしてくれる男性で、私は今、幸せだ。

 私にこの場所を与えてくださったブライアン様には感謝しなくてはならないだろう。

 けれどそう思うたびに、少しの罪悪感がチクリと胸を刺す。


 本当にこれでよかったのだろうか。お嬢様をあのお屋敷に残して……


 ブライアン様がお嬢様にだけ向ける執着愛の眼差しに気付いてから、私はずっとあの方が怖かった。

 お嬢様が少しでも他の誰かに愛情を向けるたび、嫉妬で狂ってゆくあの人の狂気が……


 あの方は、お嬢様の心を独占するため、これからも策動を続けるのだろうか。


 このような形で私をお嬢様から遠ざけたように……

 少し前ここに送られてきた料理人見習いも、恐らくはお嬢様に近付きすぎて……


 今思えば、不幸な偶然が重なったように見えたローレンス家で起きた事件も、偶然ではなくて……いいえ、なんの証拠もないのに答えのでないことで頭を悩ますのはやめましょう。

 私などがいくら考えようと、真実は闇の中なのだから。




 屋敷に残してきてしまったフローラお嬢様が、どうか幸せでありますように。

 私の大好きな、あの明るく優しい笑顔が壊れてしまわぬよう、祈る事しかできないアルマをどうかお許しください。






 お嬢様がご結婚なさったと風の噂で耳にしたのは、それから数ヵ月後のことだった。

 お相手は、ブライアン様らしい。

 純白のドレスを纏ったフローラお嬢様は、さぞお美しいことだろう。


 どういった経緯で兄妹だったお二人が結ばれたのかは分からないけれど、おめでたい事のはずなのに……


(お嬢様は今、幸せですか?)


 なぜか私は幸せそうなお嬢様の笑顔ではなく、ブライアン様がたまに見せる仄暗い感情を秘めたあの瞳を思い出し、胸がざわめくのだった。



END






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お嬢様は義兄の執着愛に気付かない 桜月ことは @s_motiko21

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