第18話 十七歳 突然の出会い

 友人がいなくなったわけじゃない。今でもわたしを気遣い優しくしてくれる子はいる。

 けれど学園であまり親しくしていると、その子たちのことまで悪く噂する輩が出てくるのだ。

 大切な友人をそんな目に遭わせたくない。だからわたしは、なるべく一人で学園生活を送っているの。


 最初の頃は殺人者の娘だと石を投げつけてくる過激な人たちもいたけれど、この一年のうちに気が付けばそういうことをしてきた人たちは全員他の悪事も明るみにでて退学させられたり、お家が没落してやむを得ず去って行った。


 やっぱり人に意地悪をしたら自分に返ってくるものなのかもしれない。そう改めて思う出来事だった。




 そんなある日。わたしはいつも通りお昼休みを一人で過ごしていた。

 今日は天気がよかったので中庭の芝生にハンカチを敷き、そこに座ってサンドイッチを食べる。


(のどかだな~)


 一人で過ごす時間だって、自分の工夫次第ではこうして楽しむことができるのだ。

 たまに遠くで聞こえてくる楽しそうな笑い声を聞くと、やっぱりちょっとうらやましいって思ってしまうけどね。


 でものんびりと照り焼きチキンのサンドイッチを味わっていた時だった。


「チッ、しつこいな!」

「きゃっ!」


 突然茂みから飛び込んできた黒い影に驚いて悲鳴を上げそうになる。

 けれど黒い影はわたしが叫ばないよう口を手で塞ぎ、そのまま押し倒されてしまった。

(な、なに!?)


「しっ、暴れるな。静かにしろ」

 見知らぬ男子生徒に見下ろされている状態に不安を覚えながらも、わたしは大人しくそれに従う。

 初めて見る顔だ。目付きが悪い。そして男子にしては小柄なほうで明るいオレンジ色をした短髪に目が惹かれた。


「コラー、アルガス!! どこにいった!!」

 茂みの向こう側か年配の男性教師の怒鳴り声が聞こえてくる。

 この状況的におそらくわたしを押し倒しているこの生徒がアルガスに違いない。


「…………」

「…………」

「アルガス、返事しろー!!」


「…………」

「…………」

「どこ行った!! 返事しろって言ってるだろ!!」


「……するわけねぇだろ、クソがっ」

「……ぷっ」

「あぁ? なに笑ってんだよ」

「ごめんなさい」


 いけない。クソがなんて汚い言葉使いをする人、今まで周りにいなかったので新鮮過ぎて思わず笑ってしまった。


 しばらくして先生の声が聞こえなくなると、ようやく彼はわたしの上からどけてくれた。


「あの、なにをやらかしたんですか?」

「あぁ!?」

 興味本位で聞いてみると、滅茶苦茶怖い顔で睨まれた。

「……あの教師が気に入らねぇから、頭にのせてたもんを頂戴してきたんだよ」

「まあ、なんて惨いことを」


 彼の手には良く見るとふさふさなカールの巻き毛が握られていた。

 人のカツラを奪って逃走していたということだ。


「へっ、アイツ家の事を馬鹿にしやがって。ざまあみろだ」

 何の悪びれもなく彼は教師がいなくなった方に向ってべーっと舌を出す。

 なにがあったが知らないが、まったく反省する気はないようだった。


「ぷっ、ふふふ」

「だ・か・ら!! テメェはなんでさっきから笑ってんだよ!!」

 また堪えきれず吹き出してしまったわたしに彼は睨みを利かせる。


「ごめんなさい。だってさっきから口も態度も悪いから」

「なんだと、喧嘩売ってんのかよ!」

「違うわ! 面白いなと思って」

「はぁ?」


 彼はなにが面白いのか理解できないと言った様子だったけれど。

 貴族しかいない学園で、こんな態度の生徒見たことない。

 わたしの目にはそんな彼の言動全部が壮快で、とても新鮮に映り興味を惹かれた。


 それがわたしとアルガス・ニーリー男爵令息との出会いだった。






「今日はいったいなにをして怒られたの?」

 あれからわたしとアルガスはたまに人目を忍んで昼食を一緒に取る仲になっていた。

 今日も人のいない旧校舎の屋上で二人サンドイッチを食べている。


「別に。授業中に居眠りしてたらチョーク投げつけられたから、投げ返してやっただけだ」

「まあ、暴力はだめよ」

 それは最初にチョークを投げつけてきた教師の方にも言えることだけれど。


「あの教師、俺の事なめてるんだ。同じく辺境伯の息子が寝てもさぼっても見てみぬふりするくせにっ」

 アルガスがぎりぎりと奥歯を噛み鳴らす。


 彼は中等部からの生徒ではなく今年の春から編入してきたそうで、そのせいかよそ者として扱われることが多々あるらしい。

 アルガス曰く自分は男爵家とは名ばかりの田舎者で貧乏大家族の長男だから、周りの生徒たちと違う扱いを受けていると不満を抱いているようだ。


「でも経済状況が厳しいなか、お父様はアルガスを学園に通わせてくれているのでしょう? ならお父様の期待に応えなくちゃ」

「ちっ、そんなの親父のみみっちいプライドのためだよ」

 育ちざかりの彼は昼食のサンドイッチ一個をあっという間に食べていつもひもじそうにしているので、最近はわたしの分を少し多めに買い分けてあげている。


「そんなことより、今朝。俺の事無視しただろ」

「え、そんなつもりは……」

 アルガスは学年が一つ下なので、普段あまり接点がなくやれているが今日は朝から珍しく廊下で鉢合わせしてしまった。


「誤解しないで。アルガスが嫌でそうしたわけじゃないの……」

 そう伝えても彼は不満そうだった。

 彼は自分と知り合いだとわたしが周りに知られたくないのだと勘違いしているようだけど、それは違う。


「わたしと仲良くしてるって知られたら、あなたに迷惑が掛かるかもしれなくて」

「どういう意味だよ」

 いつまでも隠せることじゃないので、わたしは腹を括って話した。

 母が殺人を犯してしまったこと。この学園で自分と親しくしていると、アルガスの評判まで悪くなってしまうかもしれないということ。


 わたしにとってはとても勇気のいる告白だったのに、アルガスはそれを聞いて笑い飛ばした。


「ハハッ、俺の評判が悪くならないか心配って。バッカじゃねーの。俺の評判なんて既に底辺まで落ちてるわ!!」

「アルガスったら」

「それに、そいつはアンタの母親が起こした事件であって、アンタにはなんの関係もねーじゃん」

 だから気にするなとアルガスは言ってくれた。


 確かに彼の素行は、この学園に馴染めないぐらいに悪いのかもしれない。けど……わたしは彼が先生たちの目の敵にされるような悪い人だとは思わない。

 深刻な話をなんてことないように笑い飛ばしてくれる彼の明るさに、わたしはとても救われていた。


 その日からますます、わたしとアルガスは学園で一緒に過ごす時間が増えていったのだった。

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