第11話 恐怖を飲み下せ!

 瞳を縦に割る瞳孔が激憤を孕み、みるみるうちに膨らんでいく。

 ゆったりと持ち上げた外魔獣モンスターの頭部は、迷宮ダンジョンの天井までゆうに到達している。

 そのまま天井の壁岩を削り取り、細かい砂石の雨を降らせながら複雑に絡みあう太い胴体を紐解くと、確固たる敵意と体をこちらに向けてきた。


「……スネークドラゴン! 急いで距離をとって!」


 エリシュに手を取られ、中ば強制的に元の道へとバックステップ。と、間を置かず激しい炸裂音。

 細かな石塊が弾け飛び、迷宮ダンジョン内が軽く振動する。

 俺たちがつい数秒前までいた場所には、両手でも抱え切れないほどの根太く剛強な尾が横たわり、床には大きな亀裂を生み出していた。

 直撃を喰らえば運が良くても行動不能。死は免れない。悪くて即死。

 もしどちらかを選ぶなら、後者を選びたいところだけど。


 ———玲奈に会うまで死ねるかよっ!


 腰に佩く剣を抜き、切先をスネークドラゴンに向けた俺の肩にエリシュの手が乗せられた。


「ヤマト。AGI俊敏性は高いって言ってたわね。私が詠唱をしている間、少し時間を稼げない?」

「……何秒くらいだ?」

「あまり得意な呪文じゃないから、10秒くらい」

 

 眼前に聳える蛇とドラゴンを掛け合わせたような巨大な外魔獣モンスター

 俺は息を呑んだ。

 実際に対峙してみると、最初に戦ったデスバッファローの比ではない。

 何者も跳ね除けるその圧倒的な存在感と、それによって生み出される恐怖心。嫌でも自分が『被食者側』だと認識してしまい、意思とは裏腹にどうしても足がすくんでしまう。

 俺は玲奈の顔を思い浮かべた。

 この笑顔を必ず取り戻す———そう思えば、不思議と恐怖は薄らいでいく。

 萎縮気味の勇気が、ようやく再燃する。

 俺は少しだけ震える足を動かして、その一歩を踏み出した。

 じゃり、と、飛散した迷宮ダンジョンの欠片を踏み砕く感触が伝わってくる。


「……わかった。上手くいくかは保証できねぇが、やるだけやってみるわ。———おい! ドラゴンのなり損ないのデカブツ! こっちだ、こっち!」


 言葉が通じないことはわかっている。

 俺は罵声を闘志にすり替えて、一歩、二歩とスネークドラゴンへとにじり寄る。

 前方への警戒はそのままに、肩越しにチラリとエリシュを見る。両手の指先を重ね合わせ、何かを包み込むような形のまま、目を閉じ詠唱を唱えていた。

 完全に無防備な状態。


(そこまで俺を、信頼している……のか?)


 一瞬の油断は即、死へと直結する。それは最初の戦いでしっかりと体に焼き付けている。だからエリシュの様子を見ながらも感知することができた、スネークドラゴンの尾による横一閃の薙ぎ払い。

 俺は瞬時に体を地に伏せ、躱す。

 空を切り裂く轟音に遅れ、後頭部に受けた突風が後ろ髪を逆立てた。それが一撃の破壊力を如実に物語っている。

 もう恐怖は完全に飲み下している。今は純粋な玲奈への想いと、何より使命感が勝っている。

 体の隅々まで探ってみても、逡巡はどこにも見当たらない。

 俺はそのまま腕の力と体幹で半回転して起き上がると、スネークドラゴンへと駆け出した。


(———この距離は相手の間合い。懐に飛び込むが、吉だ!)


 距離を詰める俺に向かって、頭上から襲いかかる頭部。口を大きく開き、唾液の網目から暴悪な牙を覗かせている。

 サイドステップで綺麗に躱し、再び前進。スネークドラゴンの胴体へと肉薄する。

 懐に飛び込んで初めて知り得る、詳細な情報。その体は頑強な鱗で覆われていた。

 俺は鱗の隙間に狙いを定め、剣を浅く突き立てる。


『シァァアア!?』


 スネークドラゴンは一驚し、胴から尾にかけてぶるんと波を打つ。迅速に剣を引き抜いて、その場を離脱。時間を稼げればそれでいい。

 俺が再び駆け出すのとほぼ同時に、後方から声が投げ掛けられた。


「下がって!」

 

 エリシュの両手の狭間には、白く小さな結晶が幻想的なスノードームのように流動している。

 俺が後方に下がるのを待って、魔法を開放。エリシュは両腕をスネークドラゴンに突き出した。

 放たれる氷の榴弾。

 それらがスネークドラゴンを支える短い四肢付近に着弾すると、氷が床に根を生やし、パキパキと音を立てながら澄み切った樹氷が成長していく。

 成長を遂げた樹氷は見事、スネークドラゴンの体半分を床に縫いつけた。

 

「おおっ! すげぇなエリシュ!」


 相手の機動力を奪えば、恐れることはそう多くはない。

 俺は尾の攻撃が届きづらい、スネークドラゴンの頭部に狙いを定め駆け出した。

 前方からの攻撃に細心の注意を払いつつ、迫る。

 ガラ空きの頭部———その目玉に刺突を繰り出そうとしたそのとき。


 尾が鞭のようにしなり、迫ってきた。

 もう間合いは掴んでいる。

 素早いステップで横に飛んで躱す。


 ———はずだった。


 奥の手を隠し持っていたのは、俺たちだけじゃなかったのだ。

 まさかスネークドラゴンの尾が伸縮するなんて。


 強烈な横払いをモロに食らった俺は、そのまま壁へと打ち付けられた。

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