第四十一話【後始末】

「ということで。アムレット頼みがある」

「え? え?」


 腐獣とおそらくそれを使役していた謎のテイマーの男を葬った後。

 俺は隣で一部始終を見ていたアムレットの目を見据えて、ゆっくりと言った。

 何故かアムレットは頬を染めている。


「ひとまず、腐獣の毒に侵されたやつを片っ端から治してってくれ。よろしく!」

「えっ! 私一人で⁉ 凄い人数だよ⁉ フィリオ君は⁉」


 当然のように抗議の声を上げるアムレットを右手で制する。

 俺の突き出した手のせいで、アムレットは「むぐぅっ」と口を紡ぎ息を漏らす。


「いいか? 浮遊魔法は浮かばせる重量と速度がそのまま消耗する魔力量に比例する。依然教えたな?」

「うん。それがどうかしたの?」

「今の見てただろ? あんな馬鹿でかくなった腐獣をずっと浮かばせてたんだ。動かさなかったから良かったが、もしあれを移動でもさせてたらすでに魔力が枯渇していたところだ」

「なるほど。もしかして、フィリオ君。今魔力切れ?」


 アムレットは嬉しそうに俺の腹を突く。

 魔力を使いすぎると起こる魔力切れ。

 こうなると、腹の下のあたりに力が入らなくなる。

 いたずらでアムレットに突かれた腹は、耐えられずに腰から砕けるように落ちた。


「これで満足か? そうやってアムレットが遊んでる間に、毒に侵された人たちは苦しんでるんだぞ? あー可哀そうだな。アムレットが国の危機を救った満身創痍の英雄をいたぶって楽しんでいる間にー」

「わー! わー! 分かったよ! 私が悪かったから! 皆の毒を治癒してくればいいんだね⁉ すぐ行くよー! ……あ、でも。フィリオ君は?」

「どっちみち、こんな状況じゃ動けない。ひとまず早急に浮遊魔法の質量を無視できる理論を開発しないとな。それと、そろそろ俺の杖も作るとしよう」

「おお! フィリオ君の杖! 私も手伝うからね‼ ちゃんと言ってね!」

「ああ。必要な時は言うから。さっさと毒を解毒してきてくれ」

「あ、うん! じゃあ、またね‼」


 アムレットが去った後、俺は起き上がり、腐獣の灰の山を落ちてた棒でひっかき、小さく光る結晶を見つけ拾い上げた。


「まさか、こんなところで手に入るとはな。予定よりは小さいが、これだけ育っていれば使えるだろう」


 腐獣の核。

 俺の杖に必要な素材の一つだ。

 とはいっても、俺が魂の時に見た以外に目撃情報はなく、代替品で済ませようかと思っていたもの。

 それが思いもよらぬ形で手に入った。


「アムレットが知ったら怒るかな……」


 男が腐獣を操り、周囲の生徒や教師たちの魔力を吸い、巨大化させたことにより成長した核。

 もちろん全員の命は最優先した。

 それぞれに魔法攻撃を放たせ育てるよりも、毒の被害で考えれば断然ましだ。

 人数もかなり減らした。

 多すぎてはアムレットでも対応できなくなるから。


「はは……怒るかな……か。前では考えもしない感情だな」


 合理的に考えた結果だった。

 全てはうまくいき、考える限り俺は最大限の利益を受け、そして実質的な損害は皆無だ。

 ただ一人を除いて。

 その合理性に対して、他人の感情など無駄なものだと思っていた。

 しかし、今の俺はアムレットが俺の行ったことの真相を知って、俺に失望することを恐れている。


「ペイル君。驚いたわ。まさか、腐獣を単独で打倒しちゃうだなんて」


 声を掛けられ振り向くと、サーミリアが居た。

 元気にしているところを見ると、腐獣の触手からは男の言う通り逃れられたようだ。

 ゆっくりと近づいてくるサーミリアは何故か楽しげだ。

 いつも通り赤く紅を塗った唇は弧を描いている。


「ねぇ。ペイル君。あなた……時間を稼いだでしょう?」

「なんのことだ?」


 耳元で囁くように話しかけてきたサーミリアに、俺は平常心で返事をする。


「アムレットちゃん傷つくと思うよ? ペイル君が、誰も傷つかずに終えれたってことを知ったら」

「だから、なんのことだと言ってる!」


 苛立ちが声に出る。


「うふふ。大人からのアドバイスよ。アムレットちゃんったら初心でしょう? 私だったら全然気にならないどころか、そそるけれど」

「いらないお世話だ。用がそれだけなら、あっちへ行け。これだけの騒ぎだ。引率者としてやることはたくさんあるだろう」

「そうなの。やること多すぎて大騒ぎ。それでね? ペイル君にも手伝ってもらいたいことがあるのよ」


 サーミリアは突然まじめな顔付きに変わる。


「ブルーノ、ブルーノ・フレイム赤爵をね、治療してほしいの」

「なんだって? どういうことだ? あんな男。そのまま殺してやるのが世の中のためだろう」


 サーミリアの顔は崩れない。

 どうやら俺の知らない事情だが、冗談ではない何かがあるようだ。


「ペイル君の考えに私もおおむね賛成なんだけれど、ね。そう単純にいかないのが大人の世界なのよ。分かるでしょう?」

「大人の世界のことが、子供の俺に分かるわけないだろう」

「もう! そうやって冗談言ってる場合じゃないんだってば! お願い! 悪いようにはならないから! 私を助けると思って! この通り!」


 サーミリアの普段見ないような態度を見てしまい、俺も考え直した。

 よく考えればいくら事故とはいえ、赤爵という爵位についた人物が死んでしまったのでは、色々とめんどくさいことになりそうだ。

 特にアムレットは他の全員の毒を治癒するだろう。

 いくらすでに手遅れだったと説明しても、現場を知らないやつらから見れば、ブルーノをわざと見捨てたと非難されることがあるかもしれない。

 さっきはアムレットをこの場から離させるために、魔力切れだと嘘をついたが、ブルーノ一人なら腐獣の毒を解毒するのも問題ない。


「分かった。だが、解毒するだけだぞ。その後どうなるかは知らんが、治癒はこの合宿のために来ているという治療士に任せるからな」

「それで大丈夫よ! ありがとう! お礼に抱きしめてあげる‼」


 いきなり抱き着いてきたサーミリアのせいで、視界が奪われる。

 顔の前面と両側が柔らかく弾力のある二つの山に圧迫されて苦しい。


「苦しいだろ⁉ お礼じゃなくて拷問って言うんだ!」

「あら? おかしいわねぇ」

「くだらないことをやってないで、さっさとブルーノのところへ連れていけ」

「ああ、そうだったわね。こっちよ。解毒はできてないけど、治癒で持たせているの」


 サーミリアに連れられて行った場所は、俺が宿泊していた施設よりもさらに豪華な建物だった。

 さすが赤爵ともなると、使う場所も段違いのようだ。

 後から知ったことだが、その建物は、ブルーノが自分が今回の合宿に使うためだけに、専用に作らせたものだったんだとか。

 そんな豪華な建物の中に置かれた、豪華なベッドの上で、ブルーノはうめき声を上げながら横たわっていた。

 数名の治療師が懸命に治療に当たっているが、腐獣の毒を解毒できる者はおらず、延命にしかなっていない。


「連れて来たわ。ちょっと場所を空けてくれる?」

「そのままでいい。すぐ終わる」


 俺は爛れてみるも無残になったブルーノに、腐獣の毒を解毒する魔法を唱えた。

 シャトゥの時と同じように、魔法の泡がブルーノの身体の表面で弾ける度に、腐獣の毒により腐っていた皮膚が消え、元の綺麗な皮膚が現れる。

 やがて全ての泡が消えると、ブルーノは苦しみから解放され安らかな顔つきになった。


「さて、俺の仕事はここまでだ。後はそっちの好きなようにしてくれ。言っておくが、もしブルーノが今後俺や俺の知り合いにちょっかいをかけてきた時は、容赦する気はないぞ」

「それは心配いらないわ」


 サーミリアがそう答える。

 いつの間にか、後ろには複数の鎧を着こんだ男たちが並んでいた。

 胸の紋章から、セントオルガ王国の直属兵だということが分かる。


「ひとまず、これで命の別状はないわ。乱暴にさえ扱わなければ、途中で死ぬことはない。本人が自死を選ばない限りね」

「分かった」


 兵士の一人が懐から羊皮紙を取り出し、広げて読み上げ始めた。

 ブルーノに言っているのだが、当の本人はまだ夢の中だ。


「ブルーノ・フレイム赤爵! その方、国益を損ねること数多。また、重大な謀反の意有りとみなし、赤爵の位を剝奪するものとする!」

「これより裁判へと赴く! 神妙にせい!」


 眠ったまま兵士に拘束され、連れていかれるブルーノを、俺はぼんやりと見つめていた。

 兵士たちが立ち去ると、サーミリアは俺に両肩をすくめてみせた。

 何も言わずに俺はサーミリアの元を離れ、アムレットを探す。

 その途中でルーナと出会い、ひどく心配の声をかけられたが、問題ないと伝え、アムレット探しに同行させた。


「フィリオ君! 今ちょうど皆の解毒が終わったところだよ!」


 少し疲れた顔だが、それでも精一杯の笑顔を作ってみせるアムレットに俺は労いの言葉を投げる。


「ありがとう。よくやった。アムレットがいなかったら助からなかった人もいるだろう」

「そんな! そんなこと言うなら、フィリオ君がいなかったら、私がこの毒を治す方法を学ぶこともできなかったし、そもそもきっと皆あの腐獣にやられてたよ! 今、皆が生きてられるのは元をただせばフィリオ君のおかげだよ‼」

「あ、ああ……そうかな……」

「あれれ? どうしたの? フィリオ君。元気ないねぇ。もしかして、まだ魔力切れで辛い?」

「大丈夫ですか? 坊ちゃま。お疲れならば、すぐに一度部屋へ戻って横になられた方が……」

「あ、いや。大丈夫だ。なんでもない」


 アムレットとルーナが二人で俺に心配の声をかけてくるのが、なんだかとても辛かった。

 しかし、疲れていないというのも嘘になるので、開いている席に腰を下ろす。

 すると、ティターニアが近づいてきた。

 彼女も腐獣の毒にやられたはずだが、アムレットに治してもらったようだ。

 少し疲れた顔をしているが、清々しそうな表情をしている。


「やっと来たか。待っていたぞ」

「待っていたって、俺を?」


 ティターニアは笑顔で頷く。


「お題はあのモンスターを破壊することだった。そして、あいつの毒にやられて苦しみながらも、貴様がモンスターを葬り去ったところをこの目でしっかりと見届けた。つまり、賭けは貴様の勝ちだ。約束通り、何でも貴様の言うことを聞いてやろう」


 ティターニアに言われるまで、賭けのことはすっかり忘れていた。

 さて、いったい何を願おうか。

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