第四十話【無双する」

「なんだあれは⁉ 攻撃ー! 攻撃―! 未確認のモンスターが紛れ込んだぞー! 早急に駆除して生徒たちの安全を守れー‼」


 ティターニアとの会話をしていたら、離れたところで声が鳴り響き、次いで一斉魔法掃射が行われた。

 さすがに属性も強度も異なる複数の攻撃をいちいち相殺していてはめんどくさい。

 手っ取り早く、腐獣を魔法の着地点から離すために空高く飛ばした。


「サーミリア‼ 聞こえるか⁉ 今すぐにその馬鹿な教師どもの攻撃を止めさせろ! ブルーノみたいに死にたいなら止めないがな‼」


 どこからにいるであろうサーミリアに向かって俺は叫んだ。

 少なくとも彼女なら、俺がこんな場面で冗談を言うやつではないと分かってくれるだろう。


「執行部、ティターニア・ゴルドが命じる‼ 全ての生徒たちは自らの安全を確保しながら、この場から退避せよ! あのモンスターへの攻撃は一切禁ずる‼」


 先に話を付けたティターニアも、生徒たちの誘導に動いてくれたようだ。

 ティターニアの言葉に従い即座に逃げ出す者、恐怖のあまり動けなくなっている者様々だが、いたずらに攻撃を仕掛けるようりはましだろう。


「フィリオ君! あれは何なの⁉」


 そうこうしているうちに、アムレットが俺の方へ駆け寄ってきた。

 心配の表情が張り付いている。


「アムレット。嫌なことが現実になった。あれが腐獣だ。まぁ、まだ大きさも大したことないし、問題ない」

「腐獣⁉ それって、もし毒を受けたら、フィリオ君しか治癒できないやつだよね! そんな危ないモンスター、近寄ったらだめだよ! フィリオ君が倒す必要なんてないんだから! 逃げよう?」


 アムレットの言っていることは大いに正しい。

 ここにいる生徒たちはいわゆる子供。

 国の未来を担う貴族たちの子供ではあるが、国を守る兵士たちではない。

 いくら魔力量に優れていようが、同じ魔力量を持ち、更に知識、経験を蓄える大人には敵わないと考えるのが真っ当だ。

 合宿中の問題は引率者である教師たちが、それでも無理なら、国の防衛機構がことに当たるのが正しく、ここで無謀にも立ち向かって死んでいくやつがいたとしたら、それはただの馬鹿だろう。

 しかし、一つだけ間違っているのは、俺は勝算があってここに残っているという点だ。


「大丈夫だ。腐獣はこっちの属性魔法を受けると巨大化し、より毒を撒き散らす。しかし、こっちから攻撃しなければ、あちらから攻撃をすることはない。巨体に触れれば全てがやがて腐るが、近寄らなければいいだけの話だ。さっきも言ったがやつはまだ小さい。デカくなればなるほど倒すのが困難になるんだ。殺るなら早い方がいい」

「……分かった。無茶しないでね? フィリオ君」


 俺の叫び声がサーミリアに届いたのか、あれから教師たちの攻撃も飛んでくることはなかった。

 これで問題なく腐獣の処理ができる。

 そう思っていたら、再び無謀な攻撃を仕掛けようとしたやつが現れた。

 リチャードだ。

 まったく……赤爵ってのに呪われてるのか?

 リチャードは震える手で握りしめた杖を、俺が浮かべている腐獣に向けていた。


「お、お前なんて、こ、怖くなんか、な、ない……ぞ! ぼ、僕はフレア家の三男、なんだぞ! お前みたいなやつなんかに、負けないんだー‼」


 リチャードが放った火の弾は、腐獣に当たることなく霧散する。

 俺が妨害したんだ。

 リチャードの魔法が当たっても、腐獣は対して大きくならないだろうし、リチャード自身も瀕死になるような毒をすぐに受けることはないだろう。

 しかし、手間が増えるのは間違いない。

 今はわずかな魔力も浪費したくないが、後のことを考えたら、届く前に消すのが一番だ。


「ぼ、僕の魔法が……消えた……?」

「馬鹿野郎。消えたんじゃなくて、消したんだよ。ブルーノの姿を見てないのか? あのモンスターは攻撃すればするほどでかくなるし、攻撃したやつには毒が返ってくる。通常の解毒魔法や解毒剤じゃ治癒できない特別な毒だ。受けたいのか?」

「あ……う……」

「とにかく。こっちから攻撃しなけりゃ、あっちだって攻撃してこないんだ。お前は黙って他のやつらと一緒に避難してろ」


 そういった瞬間、俺は嫌な気配を感じて、慌てて振り向いた。

 まるで、獲物を狙う爬虫類に睨まれたようなそんな視線を感じたのだ。


「なるほど……妙な行動をしていると思っていたし、思ったようにことが進まないと思っていたら……君、か。私の作った物語をグダグダにしてくれたのは」

「お前は、さっきの審判をしていた教師、いや。教師の振りをしてもぐりこんだ奴だな? 何者だ? 何故腐獣を使役している?」


 男は先ほどの教師を演じていた時の好青年の顔とは打って変わって、不穏な空気を纏っている。

 その男が舌なめずりをした。


「君はまるで、生態に詳しいようだ。確かに腐獣は自分から進んで相手を攻撃しない。自分からは、ね」


 そう言うと、男は何かを呟き、手をリチャードに向けた。

 何故手を向けられたのか分からないリチャードは、困惑の表情で辺りをきょろきょろと見渡そうとし、強い衝撃を受けて目を見開いた。

 腐獣から細い触手が伸び、リチャードの脇腹を貫いたのだ。

 貫かれた傷自体は大したことがなさそうだが、そこから腐獣の毒が回ったのだろう。

 苦しみの嗚咽と共に泡を口から吐き出す。


「ふはははは! 君はどうやら魔力量は大したことがないようだ。倒す方法を知っていても、腐獣が君の魔力量を超えて大きくなれば、倒すことはできまい! ふははははは‼」


 男が次々と手を無造作に振る。

 その度に腐獣から触手が飛び、無作為に辺りに居る生徒、教師かまわず貫いていく。

 しかも驚いたことに、その触手を通じて相手の魔力を吸い取っているようだ。

 どんどんと身体が大きく膨れ上がっていく。


「おお! これはこれは。先ほどの君の対戦相手は随分な魔力量を持っていたようだ。それに顔も美しい。私はね。綺麗なものが醜く崩れ落ちる瞬間が、何物にも代えられぬ美しさを感じるのだよ。きっとあの子の端正な顔が爛れていく様も、狂おしいほどの美を見せてくれることだろう‼」


 どうやらティターニアにまで被害が及んでしまったようだ。

 そして、案の定この男の性格はねじ曲がっている。


「お前の変態趣味に付き合う気持ちはないぞ」

 

 男は大仰に首を振り、そして哀れみの顔で俺を見つめ返した。

 まるでできの悪い子供を諭す父親のような、偉大な発見を大衆に理解されない学者のような面持ちで、男は口を開く。


「私が変態だって? 違う。変なのはこの世界の方だよ。永遠などというものはない。いつかは朽ち果てる運命だ。それならば。もっともも美しい時期に、散るのが。もっとも落差を持つその時に。それが美ってものだろう?」

「お前の言う、美ってものには一切興味も理解もないが、一つだけ教えろ。ここから西の方に広がる森に猫人族が暮らす集落があるが、そこに住む少女が腐獣の毒に侵されていた。やったのは、お前か?」


 男は少し考えるそぶりをした後、柏手を打つと嬉しそうに頷いた。


「ああ! 思い出した! 彼女は良かったねぇ。あの日私は、ちょっと森に迷ってしまったんだよ。別件でね? そこへ彼女が通りかかったんだ。色々と良くしてくれた。種族は私とは違うが、優しく可愛らしい子だったよ。だから……お礼に腐獣の毒をあげたんだ。本当は最後まで見届けたかったけど、私は行かなくちゃいけなかったからね。そうだ! その子を知っているということは、君も見たんだろう⁉ どうだった⁉ 彼女はどんな醜い姿で亡くなったんだ⁉ ああ! この目で見たかったねぇ‼」

「思った以上のくそ野郎だな」

「くそ野郎? さっきから君は失礼だなぁ。私の芸術にケチを付けるのは構わないが、いいのかい? 君と、そこのお嬢ちゃんは逃げなくて。まぁ、どこへ逃げても、こうなった以上。この国は全て腐ってお終いだけれどね」


 男は恍惚の表情を浮かべている。

 何か役に立つ話が聞けるかと期待してみたが、何も出なそうだ。

 これ以上時間を潰すのも無駄だろう。

 あまり被害者を増やすと、後始末が大変だ。

 主にアムレットに任せるつもりだが。


「ふはは! もうこの辺りに居る人の魔力は軒並み吸い尽くしたようだね。残すは君たち二人だけだ。さっさと済ませて、さっきの美しい女性の教師にも腐獣の触手を刺してあげなければ!」

「ひとまず。もう何も答えなくていい。そんなに腐りたいんなら、お前だけ腐ってろ」


 俺は唱えていた魔法を腐獣に向かって放つ。

 腐獣に物理的な攻撃は効かない。

 当てたものから次々へと腐らせていくから。

 腐獣に属性を持つ魔法は効かない。

 魔法を吸収し、術者には毒が返ってくるから。

 ならば、無属性魔法で攻撃すればいい。

 しかし、巨大化した後の腐獣を倒すだけの破壊力を持つ無属性魔法はあまりない。

 生半可な攻撃をしても、腐った表皮が剥がれ落ちるだけだからだ。


「ふははは! 今さら攻撃するつもりか! あの腐獣を! 無駄だよ! 属性魔法は効かん! 無属性魔法では中まで届かん! 君たちが待つのは絶望だけだ‼」

「無駄かどうだか、特等席で見て来いよ」


 俺は男に浮遊の魔法をかけ、未だに空中に留まっている腐獣目掛けて飛ばした。


「あ、馬鹿な! 腐獣‼ 私を避けなさい‼ お前に触れてしまっては、私まで毒に‼」

「やっぱりお前馬鹿だろ? そんな巨体が自力で飛んでたと思ったのか? 俺が飛ばしてたんだ。身動き取れるわけないだろ」

「ぎゃああああああ‼ 私の顔がぁ! 身体がぁ‼ 腐るぅ! 腐っていくぅ‼」


 男の叫び声と同時に、腐獣にも異変が起こる。

 さっき放った魔法が、ようやく到達したのだろう。

 この魔法は威力はすさまじいが、速度が遅く、直線的にしか飛ばせない。

 使いどころが非常に難しい魔法だが、今のように魔法で動きを拘束していれば当てるのは難しくない。

 わざわざなんな巨体をずっと魔法で飛ばしていたのもそのせいだ。


「ふぎゅるるるぅぅぅぅぅ‼」


 初めて腐獣が泣き声のようなものを放った。

 自らの行く末を悟ったのか、それとも俺の魔法で身体に痛みを感じたのか。

 俺が放ったのは、対象の重さを上げる魔法。

 ただそれだけの魔法だ。

 しかし、少しだけアレンジを加えている。

 中心にいくほどより重くなるようにしているのだ。


「世の中でかけりゃいいってもんじゃないってことが分かったな。良かったじゃないか」


 腐獣の身体は、自身の中心に向かって自らの重さによって沈んでいく。

 沈めば沈むほど中心の密度は高くなり、より重さが増す。

 こうして血も肉も骨も、ひたすら中心へと集まっていき、最後は小さなこぶし大の真っ黒い球なった。

 腐獣の身体は、全てが触れたものに毒を撒き散らすので、こうやって倒すのが最も被害が少ないだろう。

 うっかり、腐獣に張り付いたままの男も一緒にしてしまったが、まぁ実際はわざとだし、誰も文句を言う者もいないだろう。


「塵芥と化せ」


 俺は最後に残った黒球を魔法で塵にした。

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