第二十三話【耐性】

「はいはーい。アムレットちゃんは先生と一緒にこっちで待ってましょうねー」


 サーミリアがアムレットをゲイザーの射程距離から遠ざける。

 よく見れば簡単な防護魔法もまとっているようだ。

 俺は唱え始めていた魔法を破棄し、ゲイザーを真正面に見据えた。


「さて。噂や文献で知る限りでは、状態異常は絶対的な耐性を持っているらしいな?」


 俺はゲイザーを前にして心踊っていた。

 世の中に真の絶対などあるはずがない、というのが俺の持論だが、それを押し通せるだけの実力が俺にあるのか、実験できるのだ。

 つまり目の前にいる目玉の集合体は、俺の魔法の実験台だ。


「お願いだから、簡単に屈しないでくれよ?」


 俺の言葉が理解できているのか、いないのかは分からないが、ゲイザーは体表にある無数の目を俺へと向けた。

 その瞬間、俺の身体の極近傍で静電気に似た青白い光が煌めき消えた。

 その光を見たゲイザーの目は、全てがでたらめに動き出す。


「これがお前の麻痺攻撃か。どうやら耐性に関しては、俺の勝ちのようだな」


 今の光は俺の魔法障壁がゲイザーの攻撃を防いだために起きたものだ。

 ゲイザーは状態異常耐性だけじゃなく、視線による麻痺攻撃も強力で、その攻撃を受けた者は身動きが取れないままゆっくりと消化されていくという。


「せっかくだから俺もお前のお得意の麻痺を使ってやろう」


 まずは基本詠唱のみ。

 それでも一般的には魔法理論の極地といわれる第七原理をさらに超えた、自称第八原理計算を用いた魔法だ。

 高い状態異常耐性を持つというアンデットですら、基本詠唱で十分だった。

 といっても試したのはたまたま通学路の途中にある廃屋に住み着いたゴーストだけだが。


「さて、お前はどうだ?」

「ちょっと! ペイル君。また私の知らない魔法!!」


 後ろからサーミリアの文句が聞こえてくるが、俺の意識は目の前のゲイザーに集中している。

 無色透明、無味無臭の魔法の霧がゲイザーを包むが、何事もないように、先ほどと同じように全ての目玉をくるくると回し続けている。


「さすがだ!!」


 俺は嬉しくなって次の詠唱へと取り掛かろうとした。

 その瞬間、再びゲイザーの目玉の視線が一方向に揃う。

 俺は予定通り詠唱を続けながら、右手で目の前に幾何学模様を刻んでいく。

 書き終わると同時に、ゲイザーから丸太ほどの太さを持つ光線が俺に向かって発生した。

 光線は俺の刻んだ紋様に弾かれ、視界の端の大岩を粉砕して消える。

 再びサーミリアが、そして今度はアムレットも驚きの声を上げた。


「あなたの頭の中はどうなってるの!? ペイル君! 詠唱途中で相手の動きに即座に反応して、そんな高等魔法を並行して扱うなんて!!」

「す、凄いよ、フィリオ君!! あんな大きな岩が粉々になっちゃった!!」


 今のはゲイザーが自らの身の危険を察知した時に放たれるという、奥の手だ。

 今回は麻痺の魔法の実験を優先して力比べはなしにして、軌道をそらすだけにしたが、あれはあれで受けごたえのありそうな攻撃だった。

 今後機会があれば正面から受け止めてやるか。

 俺は二重詠唱を飛ばして三重詠唱をゲイザーに向かって放つ。

 先ほどと同じ無色の霧だが、高密度の魔障から変換された霧は、周囲の景色を歪ませる。


「あ! フィリオ君!! 見て!! ゲイザーの目が!!」


 アムレットの呼び掛けを待たずに、俺の魔法が絶対と呼ばれたゲイザーの状態異常耐性を打ち破ったことをこの目で確認した。

 ゲイザーの目玉全てが小刻みに痙攣しているのだ。

 俺はゆっくりとした足取りで、麻痺により身動きの取れなくなったゲイザーの元へと歩いていく。


「どうやら俺の勝ちだな。その証として、ひとつ貰っていくぞ。こんなにあるんだ。ひとつくらいどうってことはないだろ? 少なくとも死ぬよりはな」


 俺はゲイザーに語りかけながら、無造作に一番近くにあるゲイザーの目玉を右手で握り、そのまま引いた。

 若干の抵抗を感じたあと、思ったよりもすんなりと目玉はゲイザーの本体である不定形の身体から外れた。

 俺の手のひらに収まっているアムレットの杖の素材の一つである、ゲイザーの眼球を一目確かめ、上着のポケットへと突っ込む。


「さて。ここは終わりだ。次へ向かおう。ここから距離があるから、急がないと」


 アムレットとサーミリアに話しかける俺に、二人は何故か訝しげな表情を返してきた。


「フィリオ君。そのモンスターってそのままなの?」

「ありえないわ……ゲイザーに状態異常魔法を、しかも麻痺をかけるなんて……」


 どうやらアムレットは俺がゲイザーを討伐せずに終えることに疑問があるようだ。

 サーミリアはさっきから驚いてばかりだが、要は自分の知識が必ずしも正しいとは限らないってことだな。


「俺たちが必要なのは目玉一個だけ。それを手に入れるために、モンスターとはいえ、何もしてないこいつを殺す必要は無いだろう?」

「でも、さっきの柱みたいな光。あれがもしも当たってたら、私たちみんな死んじゃってたかも。あんな岩が粉々になっちゃうんだから」

「それだって、元々俺がゲイザーを魔法の糸で引っ張り出したことが原因だ。それに、誰も傷一つないだろ?」


 俺の返しに、アムレットは難しそうにしていた顔を、満面の笑みへと変えた。


「そうだね。うふふ。フィリオ君って強くて凄いだけじゃなくて、優しいんだねぇ!」


 やたらと機嫌の良くなったアムレットは、隣にいるサーミリアを置いて、俺の方へと駆け寄ってくる。

 どうやら疑問は払拭したようだ。

 俺は未だに難しい表情を崩さないサーミリアに向かって問いかける。


「どうした? 移動するぞ? それとももう同行は十分か? それならそれでありがたいんだが」


 俺の問いにサーミリアもまた、アムレットとは異なった種類の笑みを作る。


「冗談でしょ? ああ! ペイル君。あなた素敵よ! 分からないことだらけだわ!! 次は何を見せてくれるのかしら? 想像するだけでゾクゾクしちゃう」

「そうか……だが、残念だが次の素材に関しては俺の出番はほとんどないと思うぞ。次の素材を狩るのはアムレットの役目だ」

「アムレットちゃんが? この子にモンスターを狩る力があるとは思えないけど……」

「今言っただろ? 俺らは素材が取れればそれでいいんだ。モンスターを倒すことが今回の目的じゃない」


 俺の言葉に何故か名指しされたアムレットは恥ずかしそうにもじもじし始めた。

 その様子を見たサーミリアは興味深そうに、獲物が何なのか聞いてくる。


「倒さないにしても、ペイル君よりアムレットちゃんが優れているところなんて、悪いけど思いつかないわねぇ。あ! もしかして、自分のものだからできることは自分でってことかしら?」

「そういう訳じゃない。今回は俺にはできない役目なんだ。そして、アムレットはその力がある」

「何よそれぇ。うふふ。気になっちゃうじゃない。それで? 次の獲物は何なの?」

「次の獲物はユニコーン。得るべき素材はユニコーンの角だ」


 獲物であるモンスターの名前を聞いたサーミリアは、目を丸くして、アムレットを見つめ。

 そして小さく唇で弧を描いた。

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