第二十二話【眠りへと誘う蜘蛛の糸】

「このあたりのはずだな……」


 竜馬から見晴らしのいい荒野に降り立った俺は、呟く。

 学園や人々が住む都市などからは遠く離れた辺境。

 アムレットの杖の素材の一つであるゲイザーの眼球、その持ち主であるゲイザーの生息地だ。

 俺の後に続いて降りてきたサーミリアが腕組みをしながら俺に話しかけてきた。


「まったく……まさかゲイザーを狩るだなんて。一応聞くけど、ペイル君はゲイザーの能力ちゃんと理解しているの?」

「ああ。見た目は不定形性で目玉のような丸い器官を無数に持つ。高い魔力障壁を常に体表に纏っていて、特に状態異常は一切効果がない」


 返事を聞いたサーミリアは腕を組んだ格好のまま両肩をすくめる。


「分かってるならなおさら。ペイル君の魔法の実力を見られるのは楽しみだけど、無茶してやられました。じゃ笑えないわよ。言っとくけど、私は手助けしないからね」

「初めからあんたの手助けなんて考慮に入れてない。忘れたのか? 俺たちが同行を頼んだんじゃない。あんたが無理矢理俺たちに着いてきたんだ」

「ん-、もう。ペイル君って普段猫でもかぶっているの? 本当に今まであなたのことを私が知らなかったのが信じられないわ」


 サーミリアと話していると、俺の後ろにいるアムレットが服の裾を引っ張り、俺の注意を引く。

 振り返ると、おびえた様子だ。


「ねぇ。フィリオ君。ゲイザーのいる場所に来たけど、これからどうするの? ここに来るまでの話だと、他にもたくさん恐ろしいモンスターがいるんでしょう? 何処にいるかも分からないなら、探さなきゃだし。その間に他のモンスターに襲われたりしたら……きゃあ⁉」


 アムレットが話している最中に遠くの方から大型のモンスターと思われる遠吠えが聞こえてきた。

 それに反応してアムレットは悲鳴を上げ、俺にしがみついてくる。

 サーミリアはその様子を見て、茶々を入れる。


「あらあら。さっき私にそういうのは良くないってご高説を述べてくれたのはどなただったかしら?」

「え⁉ あ! 私そういうつもりじゃ‼ ごめん! フィリオ君」


 アムレットはしがみついてきた時よりもさらに力を込めて俺を突き飛ばす。

 何だか知らないが、サーミリアのせいで今日のアムレットの様子もおかしいし、さっさと終わらせて帰るのが無難だな。


「ゲイザーの居場所の特定は問題ない。さっさと狩って、次の素材へと向かおう。ただでさえ移動に予定より時間がかかるんだからな」

「問題ないって。フィリオ君。いくらこの辺りは見晴らし良いからって、ゲイザーってそんなに大きくないんでしょう? どんなに目がいい人でもそう簡単に見つけられないと思うけど……あ! もしかして、空から探すの⁉」

「誰も目で探すなんて言ってないだろ? 空に上っている間は、俺が使える魔法に制限がかかる。アムレットのへっぽこ攻撃魔法じゃゲイザーには小さな傷すら与えられない」

「もう! 何も言い返せないのが腹立つ‼」

「まぁ、見てろ」


 俺は両手で拳を作り、真下に強く押し出すような格好で抗議の意を表すアムレットを置いて、詠唱を始める。

 今回はゲイザーのおおよその大きさが分かっていることと、状態異常に絶対的な耐性があることが肝だ。

 核となる魔法の基本詠唱に広範囲化の詠唱を乗せ、さらに両手を使いそれぞれで魔法に付与すべき別々の紋様を刻んでいく。

 ちなみに全て俺のオリジナルだ。


「慈母神マーヴェラのかいなに抱かれ、安息の時に沈め。オーペイ・ディルポス・ドーミール」


 以前第三競技場で試した時と同じように、俺の身体を魔障が包む。

 すでに一度目の当たりにしているアムレットは小さく声をもらし、初めて目にするサーミリアは驚いて大声を上げた。


「ペイル君。何よそれ!? 見たことない魔法だし、そもそもあなたの魔力量じゃありえない威力よ!?」


 俺は横目でサーミリアを見る。

 驚きの声を上げたが、既に彼女は俺が何をしているのか、自分なりの検証のための思考を始めたようだ。

 普段の甘ったるい表情とは打って変わって、真剣な顔付きで、顎に指を当てながらブツブツと独り言を呟いている。


「まどろみ、眠れ」


 発動の言葉を言った瞬間、俺の周囲に蜘蛛の巣が広がるように、幾筋もの細い光の糸が何処までも伸びていく。

 この光に触れた生き物は、深い眠りへと誘われる。

 アンデットなどの一部のモンスターを除き、生き物ならば、ほとんどの種族は眠りへの耐性が低い。


「思ったより色々いるな」


 俺は伸びた光の糸から伝わる情報を確認しながらそう呟く。

 この魔法にはまさに蜘蛛の糸のように、触れたものの動きが振動として伝わってくる。

 ほとんどは光の糸に触れた瞬間、眠りに落ち、衝撃を与えたあと動かなくなる。

 しかし、俺の目的であるゲイザーは状態異常の絶対耐性を持っている。

 つまり眠りへと誘う魔法の光の糸に触れてもなお動き続ける生き物。

 その中でも、想定される大きさのものを探し出すのがこの魔法を唱えた目的だ。


「居た! これだな!!」


 そう叫び、俺は意識の向こう、光の糸に振動を与え続ける一匹に狙いを定めた。

 そして周囲の糸を操作し自分の元へと一気に引き寄せる。

 俺の意思に従い、一部が投網のような形状に変形した光の糸は、まだ見ぬ獲物を絡め取り、目の前へと引きずり出す。

 その姿を見たアムレットが小さく悲鳴を上げる。


「成功だ! アムレット! こいつの目を見続けるなよ! 麻痺を食らうぞ!!」

「目を見るなって! フィリオ君! このモンスターの体、目玉だらけだよ!?」


 俺たちの最初の獲物、ゲイザー。

 そのモンスターは、灰色の不定形のゲルのような身体の至る所に、球体のまるで目玉のようなものが無数に埋まっている姿をしていた。

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