恋愛相談

安佐ゆう

夜更けの来客

 ピンポーン。

 そろそろ電気を消して寝ようかと思ってたら、突然玄関のチャイムが鳴った。

 こんな時間にいったい誰よ。

 心当たりといえば……。


 インターホンに映ってたのは、美紀だ。

 やっぱりね。

 美紀は小学校の時からの幼馴染で親友。大学もたまたま近くて、こうして夜中にいきなり遊びに来ることもよくある。

 そしてその理由はたいてい彼氏だ。


 ドアを開けると、美紀は今にも泣きそうな顔でしがみついてきた。

「かおりぃ……今日はココに泊めて」

「はいはい。いったいどうしたの」

「大輝がねぇ、来週の私の誕生日、バイト入れたって」

「あらま。今度の水曜日だっけ?」

「うん。怪しいよう。絶対他に女がいるんだ。うわぁぁん」


 ついに泣き出した。


「仕方ないなあ。さあ入って、入って」

「うん」


 1DKの狭いマンションには、小さなテーブルに二脚の椅子がある。美紀は勝手知ったる他人の家といった風に、いつもの席に座った。私も自分の席に座る。

 今日はもう早寝はあきらめよう。どうせ明日は土曜日でお休みだ。こうなったらとことん美紀の話を聞こうじゃないですか。


「で、大輝がなんだって?」

「最近、バイトバイトってちっとも遊んでくれなくなったの」


 大輝は美紀の恋人。大学に入ってすぐに付き合い始めたからもう二年くらいになる。私も以前から彼を知ってたから、ずっと恋愛相談に乗っていたし、付き合いだしてからは三人で遊ぶことも多かった。

 浮気をするような軽薄な性格じゃないけど、たまに不安になるんだろう。


「大輝はいつも金欠だから。サークルの遠征とかで厳しいんじゃないの?」

「それはそうだけど、でも誕生日だよ?」

「そりゃまあ」

「さっきだって通話してたら、もう眠いからとか言ってすぐに切ろうとするし」

「それは、美紀が怒るからじゃ……」

「だって!」

「それで電話はどうしたの」

「そんなに眠いならもう、私はかおりん家に行くから良い!っていって切った」

「お、おう……」


 話してるうちに美紀の涙は止まった。今度は怒りながら、いろいろと最近の出来事を言う。こうなったらもう黙って聞くしかない。

 しばらくのあいだ「うん、うん」と機械のように相槌を打っていた。

 そのうち話がループし始める。

 ここからが私の出番だ。


「大輝のやつ、ひどいね」

「そうなのよ」

「そんな奴と付き合ってても良いことないって」

「え……」

「別れちゃえば?」

「でも……良いところもあるし」

「誕生日をすっぽかすんでしょう?」

「それはバイトだから仕方ないんだよ」

「電話してても寝ちゃうんでしょ?」

「多分疲れてるんだと思う」

「もしかしたら浮気してるかも」

「そんなことないっ」

「やっぱり大輝が好きなんだ?」

「うん」

「そっかそっか」


 友達が彼氏とケンカをしたときは、一緒に悪口を言えばいい。彼をかばい始めたらまだ好きなんだって。

 美紀もいろいろ話してすっきりした顔になってる。大輝は悪いやつじゃないから、落ち着いて話し合えば、きっと大丈夫。

 ホッとしたら、なんだかお腹がすいてきた。


「ところで美紀、なんか食べる?」

「食べる!」

「カップ麺でいい?」

「何があるの?」

「赤と緑」

「やっぱり。かおり、それ好きよねえ」

「文句があるならあげないぞ」

「待って待って、文句なんてありませんとも。私は赤いきつねがいいな」

「オッケー。じゃあ私は緑のたぬきにしとく」


 お湯を注いで蓋をした、ちょうどその時だった。

 ピンポーン。


「お客さんだ」

「こんな時間に?」

「何言ってんの、美紀。インターホン見てみなさいよ」

「……大輝」


 慌てて玄関に駆けていく美紀。狭いマンションのことだ、二人の声は小さくてもこっちまで聞こえる。


「美紀、誕生日のことはごめん」

「……最近バイトばっかり」

「だって美紀の誕生日だから」

「え」

「誕生日は平日だから。俺、土曜日に美紀と一緒に旅行に行こうと思って金貯めてた」

「なんでさっき電話でそう言ってくれなかったの!」

「えっと、サプライズ?」

「あー、はいはい、お二人さん。さっさと中に入って」


 いまにも抱きつかんばかりの二人を引っ張って部屋に入る。


「早く食べないと伸びちゃうでしょ。大輝は赤? それとも緑?」

「あ、俺、赤いきつね」

「はいはい」


 好きあってる二人のケンカの原因なんて、たいていくだらないものだ。

 顔を見て、ちゃんと話して、そして美味しいものを食べれば、ほら。


 仲良く帰っていく二人を見送ってから、私は明日買い足すカップ麺の数を数えるのだった。


【了】






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