第3話 【転移の鳥居】から、【蜘蛛神社】へ。

【ここまでのあらすじ】


 秋葉原アキハバラから、荒脛巾アラハバキへ【転移】した郡山青年は、【クネヒト・ループレヒト】、【老魔法王】と名乗る、黒装束の老人から、魔法の講義を受ける。


 現在、火属性の魔術、氷属性の魔術及び、その奥義【クライオ】、いかずち属性の魔術及び、その奥義【ガルバノ】を習得済み。


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「最後に、未分類の属性について説明しておく。土・水・風・火、及び、氷や雷に含まれない属性があるのだ。」


「土・水・風の属性に関しては教えないんですか?」


「これまでの講義は、魔術の片鱗を述べたに過ぎぬ。もし、その全容を学ぼうとすれば、膨大な時間を要するだろう。魔法使いになるというのなら、これに加えてさらに法術も学ばねばならぬ。魔術と法術は、表世界における黒魔術と白魔術みたいなものだ。もっと深く学びたいなら、専門家から学んだ方がいい。」


「……。」


「それに、土・水・風の属性はあまり戦闘向きでもないしな。むしろ、相性の強弱関係のないその他の属性の方が、戦闘向きの術が結構あったりする。」


「要するに、無属性ですか?」


「無属性?そういう分類をする学者もいるな。学派によって、定義に結構差異はあるが、鏡属性、影属性、核属性、毒属性などだ。これらは、【魔術】に含めない場合も多い。核属性は【物理攻撃】、毒属性は【化学攻撃】とも呼ばれる。」


「【物理攻撃】って、格闘や武器を使った攻撃のことでは?」


「表世界では、そのように分類するのかも知れないが、格闘や武器を使った攻撃は、【武術攻撃】と呼ばれ、【魔術】にも【法術】にも含めない。この世界では、核属性こそが唯一、『これが本当の【物理攻撃】だ!』と宣言できる。そして、『【物理攻撃】があるなら、【化学攻撃】もあるだろう』ということで、毒属性が【化学攻撃】と呼ばれるようになった。毒と薬は量の多寡の問題だが、薬は【法術】でも扱う。表世界でも錬金術が化学の礎となったが、この世界でも【魔導科学】という分野に昇華した。【魔導】と冠するが、【魔導師】の資格は必須ではない。【魔導師】は、【魔術士】を育てる職業で、教員免許のようなものと捉えて構わない。」


「鏡は、銀鏡反応でガラスとかに銀幕を付着させた、光を反射するもので、影は、物体が光を遮ったためにできた、光が当たらない領域のことだし、鏡属性とか影属性ではなく、光属性とか闇属性ならまだ分かるけど……。」


「【魔術】【法術】自体が、それぞれ闇属性と光属性のようなものだ。【法術】には、【魔術】との境界領域に属する分野があって、鏡属性は、主に攻撃を反射する結界や障壁に使われる。影属性は、重力を操作したり、自身の影を亜空間に繋げて所持品を収納したり、鎖や有刺鉄線で相手の動きを束縛したり、と非常に汎用性が高い。あとは、剣術の継ぎ足・歩み足・送り足・開き足といった足捌きと組み合わせて、技へと昇華させたりする。例えば、蜃気楼・逃げ水・陽炎・不知火、そして縮地。」


「実習では何を学ぶんでしょうか?」


「実習の件だが、君は大いなる才能を持っている。専門家から学んだ方がいい。君を保護した件と合わせて、既に荒脛巾アラハバキ皇国おうこくの統治者に連絡済みだ。亡命という形になるし、挨拶でもしに行くといい。紹介状を書いてあるので渡しておこう。」


「どこにどうやって行くのでしょうか?」


荒脛巾アラハバキ皇国おうこくの首都、【荒脛巾アラハバキ】。移動手段は、【転移の鳥居】を使う。」


 どうやら、老魔法王の最後の授業が終わり、この基地アジトを出る時が来たようだ。


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 老魔法王の最後の授業が終わり、この基地アジトを出る時が来た。


 実習をしていた河原の様な場所から、【転移の鳥居】が立っている場所へ移動する。


「まずは、君を手荒な方法で保護した詫び代わりに、こちらの世界の通貨を渡しておく。金貨・銀貨・銅貨それぞれ10枚ずつ。銅貨20枚で銀貨1枚分、銀貨20枚で金貨1枚分となる。礼は不要だ。あくまで詫び代わりなのだから。」


「金貨・銀貨・銅貨それぞれ10枚ずつ。確かに受け取りました。っていうか、両替率がまさかの20進法?!」


「殆どの物事は10進法だから、心配は不要だ。硬貨は、製造過程で偽造防止に魔力を通している。魔力を通した金属は性質が変化し、別名で呼ばれる。金はオリハルコン、銀はミスリル、銅はヒヒイロカネ、鉄はアダマンタイト。あと、これを餞別として渡しておく。君の才能に敬意を表して。黒キ楯シュヴァルツシルト。アダマンタイト製だ。」


 物理屋の中には、一般相対性理論のシュヴァルツシルト解や、シュヴァルツシルト半径という単語を聞いたことがある人も多いだろう。このSchwarzシュヴァルツschildシルトは、名字に由来する。和訳すると「黒盾」さん、或いは「黒楯」さんだろうか。


 ちなみに、独逸ドイツには、Schwarzシュヴァルツschildシルトの他にも、和訳出来そうな名字がある。例えば、Einsteinアインシュタインは「一石」さん、Sommerfeldゾンマーフェルトは「夏野」さん、或いは「夏畑」さん……。


「有難う御座います。でも持ち運ぶには、結構大きいぞコレ。」


「では、影属性の収納術を教えておくか。自分の影と亜空間を繋ぐイメージだ。

亜空間内には、自身の魔力量に応じた保有数の、固有の【コンテナ】がある。」


 説明によると、影属性の収納術【コンテナ】の性質は以下の通り、とのこと。


・【コンテナ】の容量は無制限ではなく、その容積に収まらない場合は、収納できない。

・【コンテナ】の容積は大体、3[mメートル]×4[mメートル]×5[mメートル]の直方体である。

・【コンテナ】は実空間に召喚して、敵の上空に落下させたり、【コンテナハウス】として野営に使えたりする。

・実空間に召喚した【コンテナ】が損傷した場合でも、【コンテナ】を亜空間に戻せば修復されるが、損傷に応じた修復時間を要する。

・亜空間内にある【コンテナ】の内部は時間経過が停止するが、実空間にある【コンテナ】の内部は時間が経過する。

・【コンテナ】の保有数は、保有数が1の時の必要魔力量を仮に1とすると、保有数が2の時は必要な魔力量が2増えて3、保有数が3の時は必要な魔力量がさらに3増えて6、保有数が4の時は必要な魔力量がさらに4増えて10、……といったように、【コンテナ】の保有数に応じて、必要な魔力量が増えていく。

・【コンテナ】の保有数は、現状知られている範囲で27個が最高値である。


「ということは、27個の【コンテナ】を保有するのに必要な魔力量は、【コンテナ】1個の時の378倍かぁ……。」


「限界に挑戦するのも面白いかもしれないな。では、また会おう。」


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 【転移の鳥居】の下を通り抜けるとそこは……濃霧の中だった。


 濃霧は黒紫色をしており、「瘴気が漂っている」とでもいった形容が相応しい。


 黒紫色の濃霧はやがて引いていき、複数個の塊のような、黄色と緑の光源が発光する。それは、たとえるならば、蜘蛛の単眼を想起させるような……。


 濃霧が晴れた時、大型自動車級の大きさの二匹の蜘蛛がそのおぞましい姿を顕現させる。

 黒紫色の濃霧の正体は、どうやらこの二匹の蜘蛛の瘴気だったようだ……。


 周囲を見渡すと、先程まで【転移の鳥居】の役を担っていたと思われる鳥居があるが、今は魔力の痕跡を感じない。

 転移効果は、既に消えてしまっているようだ……。


 その鳥居の近くには、複数の言語と思しき文字が記された看板があり、その中には、【蜘蛛神社】と書かれた日本語もあった。


 転移したこと自体は間違いない。【転移の鳥居】から、【蜘蛛神社】へ。

 だが、ここが本当に、荒脛巾アラハバキ皇国おうこくの首都、【荒脛巾アラハバキ】なのか……?


 二匹の蜘蛛に意識を戻す。先方もこちらの様子を窺っているようだ……。


 一匹目の蜘蛛は、単眼の色は黄色。毛深くて、「アシダカグモ」を彷彿とさせる。


 二匹目の蜘蛛は、単眼の色は緑。背中に「セアカゴケグモ」を彷彿とさせる赤い模様が有る。


 どちらも蜘蛛の巣を張る造網性ではなく、地面を這い回る徘徊性のようだ。

 勿論、普通の蜘蛛は大型自動車級の大きさになることは生物学上有り得ない。

 つまりこの世界には、転移元の世界の自然界の法則とは異なる、「別次元の領域」の法則が適用されるのだろう。両者の世界の相違点……鍵となるのは「魔素」か。


 取り敢えず、身を守るために紫炎の障壁と黒キ楯シュヴァルツシルトを展開する。

 毛深い方の蜘蛛が突進してくる。黒キ楯が突進を止め、紫炎が体毛に引火するが、ゴロゴロと転がって火を消し、再度向かってくる。


 しかし、相手が蜘蛛なら温度が下がる冬には活動できまい。眼前の怪物にも同様の法則が適用されるなら、少なくとも動きは鈍る筈だ。


極低温の瘴気クライオ!」


 背中が赤い模様の蜘蛛は怯んだ。しかし、毛深い方の蜘蛛は、耐寒性能が高いのか、怯まずに突き進んでくる。

 大型自動車級の大きさがあるからか、思っていたよりも耐久性が高い。それでも一応、その速度は若干だが低下しているようだ。


「ガルバノ!」


 これで、暫くは痺れている筈だ。二匹同時に相手をするのは難しい。ここは一度退却して、距離を取る。追ってくる二匹の速度に差があれば、一匹ずつ相手をすることが出来るだろう。


 そうして、暫く走り続けていると、いつの間にか墓地の中にいることに気付いた。

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