第4話 「【重力の軛(くびき)】の前に跪(ひざまず)け」

【ここまでのあらすじ】


 【転移の鳥居】で転移した【蜘蛛神社】にて、大型自動車級の大きさの二匹の蜘蛛と交戦。一時撤退を余儀なくされ、暫く走り続けていると……気付いたら周囲は墓地だった。


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 蜘蛛達が追ってくるにはまだ少し時間がかかるようだ。周囲を見渡すと墓石と、卒塔婆で溢れている。表世界の日本では、墓石は漢字で墓碑銘が刻まれ、卒塔婆には、梵字―悉曇しったん文字ともいう―で書かれていた。

 これは、古代インドの文字であるシッダーマトリカーであり、ブラーフミー系文字から、ナーガリー文字を経て、現在のインドで用いられている、デーヴァナーガリー文字へと至る過渡期の文字である。


 この世界でも、それは概ね変わらないようだが、よく見ると独自の文字で書かれている可能性もある。


 似ているようで、異なる世界。


 墓参りに、花を手向ける風習は同じなのか、紫色の花が二種類ほど、手向けられている。


 一つは、ヘリオトロープ。花言葉は確か、「太陽に向かう」という意味だったか。


 もう一つは、トリカブト。その花言葉には、複数の意味が考えられるが、確か、「復讐」という意味が含まれていたように思う。


 この二つの言葉の意味を統合すると、「太陽への復讐」となるだろうか。現在の郡山青年は、その意味を知る由もない。


 花は供えられてからそれほど時間は経っていないようだ。墓参りに来た者は、まだこの近くにいるに違いない。


 道を尋ねたい気もするが、言葉が通じるかは不明。多分問題ない気もするが、蜘蛛に襲われている状態で巻き込みたくはない。

 避難を促すか、援軍を呼んで貰うか、或いは、戦力になりそうなら、共闘を要請してみるか。


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 暫くして、別の墓に紫色の花を手向けている白装束を発見した。後ろ姿は黒髪の長髪で中性的な印象を与える。

 声を掛けようと近づいたら、白装束は、太陽に背を向けていたので、影の動きで気付いたのだろうか、こちらが声を掛けるよりも先に振り返った。


 白装束の着物は、向かい側から見ると襟が「y」字状ではなく、逆「y」字状になっていた。死装束だ。

 黒髪の長髪は、整えられてはおらず、まるで落ち武者のよう。まさか幽霊なのか?


 死装束は、走るのではなく、滑るようにこちらに近づいてくる。しかも、無言なのが余計に恐怖を煽る。


 背後からはカサカサと巨大蜘蛛が追ってきていた。巨大蜘蛛に襲われ、墓場へ逃走。墓地にて、死装束と巨大蜘蛛に前後を挟み撃ちにされた。

 前門の虎、後門の狼。挟み撃ちの構図だ。いや、この場合、「前門の死装束、後門の巨大蜘蛛」か。


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 先に動きを見せたのは、死装束の方だった。死装束は、重力に逆らって上昇し、空中に浮いていた。

 何もない空中にあたかも透明な足場があるかの如く仁王立ちし、その状態で地上の巨大蜘蛛を睥睨へいげいする。


「タランチュラに、アラクネーか。ふむ、悪くない。」


 言葉を発した?この死装束は幽霊でないかどうかは定かではないが、少なくとも言葉が通じるということは分かった。

 それに、二匹の蜘蛛は、タランチュラに、アラクネーというのか。


「この獲物は、中々の上物だ。われが狩る故、是非寄越して貰おう。」


「それは、共闘して頂ける、という認識で構いませんか?」


「否、むしろ下がっていて貰おう。われの術に巻き込んでしまうかも知れぬ。」


「では、助けて頂く形になってしまいますが……。」


 ここまで、巨大蜘蛛に追われていたのは自分だ。むしろ、通りすがりに巻き込んでしまった形になる。


「構わぬ。礼は不要だ。むしろこちらが礼を言いたいぐらいだ。最近は、連中もわれに怯えて姿を現さなかったのでな。それにしても連中は随分と殺気立っているようだな。」


 「タランチュラ」と呼ばれた、毛深い方の蜘蛛が先に襲ってくる。死装束は呪文を唱えた。


「【重力のくびき】の前にひざまずけ」


 死装束が唱えた呪文は、言靈術げんれいじゅつの効果により、その威力が増幅され、タランチュラは、【重力のくびき】によって、己の影に縫い止められる。しかもその呪文は、「五・七・五」調になっており、術者の高い知性を示していた。


「タッ、タッ、【竹槍】」


 時空が穿たれ、その裂け目から2本の竹槍が顕現し、巨大蜘蛛「タランチュラ」に刺さり、これを瞬殺する。

 一方、「アラクネー」と呼ばれた、背中に赤い模様が有る方の蜘蛛は、死装束の背後に忍び寄っていたのだが、


「お見通しだ。」


死装束は、太陽に背を向けていたので、既に影の動きで気付いていたのだろう。

 アラクネーは、死装束に強酸を吐きかけたが、死装束は、滑るような動きで優雅にその攻撃をかわした。強酸は揮発性で、石畳の上を溶かし、黒紫色の瘴気の様な瓦斯ガスを発生させる。


「タッタタ、竹槍」


 再び時空が穿たれ、その裂け目から3本の竹槍が顕現し、巨大蜘蛛「アラクネー」に刺さる。アラクネーは、未だたおれず、シャーと威嚇するが、


ぜよ。」


死装束が呪詛を唱えた瞬間、ボンという音とともに巨大蜘蛛は吹き飛び、

空中で反転して、仰向けの状態で地面に叩き付けられた。これも瞬殺である。


「つ、強い……。」


「約束通り、この獲物は、にえとして、われが貰う。」


 そう言って、死装束が影属性魔術の収納術を使うと、二匹の巨大蜘蛛は、

己の影の中に引きずり込まれるようにして、沈んでいくのだった……。


――――――――――――――――――――――――――――――


 墓地にて、巨大蜘蛛二匹と交戦中に介入して、巨大蜘蛛達をたおしてしまった、死装束。


「ところで若僧、何故なにゆえここに来た?」


「【転移の鳥居】で【荒脛巾アラハバキ】に行こうとしたら、転移先が【蜘蛛神社】になっていて、そこで、蜘蛛達に襲われました。」


そもそも、何故なにゆえ荒脛巾アラハバキ】に行こうとした?」


「首都の【荒脛巾アラハバキ】に【荒脛巾アラハバキ皇国おうこく】の統治者がいるので、亡命の挨拶に行くように言われました。」


「【荒脛巾アラハバキ皇国おうこく】の統治者は、われだが?誰に言われた?」


 死装束を着ていて、幽霊のようだが、本当に【荒脛巾アラハバキ皇国おうこく】の統治者なのか?

 いや、この世界では「左前」が正しいのかも知れないし、もう少し情報を聞き出してみるか。


「黒い頭巾フード付きの外套コートを着ている老人で、【クネヒト・ループレヒト】とか、【老魔法王】とか名乗っていました。」


「ブルクドルフか?そういえば、彼奴きゃつから亡命者が一人来るとか連絡が来ていたな。」


「ブルクドルフ?そういえば、本名は名乗っていなかった気が……。」


「今から120年以上前の話だが、彼奴きゃつもここで、蜘蛛共に襲われておった。今の君の様に戦うことも出来ずに。ゆえわれが助けてやった。その時に彼奴きゃつは『ブルクドルフ』と名乗った。下の名前も聞いたような気もするが、使わないので失念した。」


「そういえばまだ名乗っていなかったですね。俺は、郡山俊英といいます。」


「知っているぞ。君が【蝙蝠山卿】と呼ばれていることもな。われは、【荒脛巾アラハバキ皇国おうこく】の【大皇おおきみ】だ。2600年前に大和民族に神武東征で滅ぼされた時、地下に逃れた後、こちらの世界に転生した。ゆえにこちらの世界では名乗る名はない。」


「自分で名前を決めたりしなかったんですか?或いは、前世の名を名乗るとか。」


「前世の名は2600年前に棄てた。後世の大和民族は、当時の指導者達を『ニギハヤヒ』や『長髄彦』等という名前で呼んでいるようだが、実は、われが何者だったのかは、記憶も結構曖昧だ。自分で名前を決めるのも気が乗らなかった。」


「では、取り敢えず【大皇おおきみ】と呼ぶことにします。」


「名前など単なる識別信号だ。自由に呼んで構わないが、字は、【大皇おおきみ】で頼む。【大王おおきみ】だと、大和朝廷の称号と同じだし、【大君おおきみ】だと『たいくん』と紛らわしい。」


「自分の死後の後世の記憶があるんですか?」


「転生後に、こちらの世界に【荒脛巾アラハバキ皇国おうこく】を建国し、表大和おもてやまととこちらの世界を【転移の鳥居】で行ったり来たり。表大和おもてやまとの世界の技術をこちらの世界に持ち込んで模倣したり。2600年の悠久の刻をわれは、そうやって過ごしてきた。」


「ということは、2600歳以上?」


「左様。【荒脛巾アラハバキ皇国おうこく】は、表大和おもてやまとと似て非なる国。良いところは取り入れ、悪いところは他山の石としてより良い制度にした、理想郷。君の亡命を歓迎しよう、蝙蝠山卿。是非【荒脛巾アラハバキ皇国おうこく】を満喫してくれ。」


そして、【クネヒト・ループレヒト】―本名は、ブルクドルフというらしいが―からの紹介状を大皇おおきみに手渡すと、彼の案内の下、首都【荒脛巾アラハバキ】にある屋敷へと向かうことになった。

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