第4話 後輩君

わたしは、某企業の総務で働いている。

この日、年下のイケメン後輩君が配属されて来た。わたしは彼の世話係を任された。


「藤島さん、仕事の鬼だから頑張ってね」


「おいおい、そんな脅かしてやるなよ」


「美人だけど、デレデレしたらダメよ?」


「恋人がいるかとかそんなこと聞いたらセクハラで訴えてきそうだしな」


周囲から、口々にわたしのイメージが吹き込まれていく。

こうしてまた、そのわたしを演じなければならなくなる。

わたしは、わたしのイメージを守ることに対しては、鬼なのかもしれない。


「藤島ひなこです。よろしくね」


「中野辰輝です。よろしくお願いします」


「みんなが思うほど鬼かは分からないけど、仕事はしっかりお願いね」


「はい。俺は周りのイメージに左右されませんから」


「へ?」


「俺は、藤島さんがどんな人なのか、自分の目で確かめますから」


そんなことを言われたのは初めてだった。

皆、噂やイメージに流されているのが大半だ。

自分の目でって……


しかしまぁ、透視でもできない限り、わたしの本当の姿など確かめられるはずがない。

どう見たって、無趣味で、男もいない、仕事だけが取り柄の、なんの面白みもない可哀想な三十路女だ。

誰も、わたしがハヤテ君にとりつかれているなんて知らない。

奇声を上げている姿など想像できない。

本当は、ハヤテ君みたいに、おどけてみたいなんて思いもしない。

後輩君、残念ね。



数日後、後輩君の歓迎会が開かれた。

キラキラした彼の周囲には人々が集まり、まさに主人公だった。

わたしは、気付けば一人で飲んでいる気がしていた。


「『環境戦士 喜怒哀楽』って知ってる? 今、うちの息子がハマっててさぁ」


「あぁ、あれ、結構面白いよね! 原作持ってる!」


「知ってるー! 最近環境問題が取り上げられるから、注目度高まってますよね。今ってシーズン4放送中でしたっけ?」


何? 『環境戦士 喜怒哀楽』ですと!?

その話に入りたい! 入れて下さい!

ダメだ、わたしは、すました顔をしてないと。

落ち着け! 冷静に冷静に……。


「辰輝君も見てる?」


「ああ、見てますよ。てか、俺のおじさん、声優なんで」


はい? 声優!?

それって、環境戦士の……ってこと?


「ウソ! まさか、ライトの声とか!?」


「えー、すごーい!」


後輩君のおじが声優!?

ぬぉお、その詳細求む!!


「ってか、藤島さんってアニメ見なさそうですよね?」


「ニュースとか時代劇とか?」


「それだけってことは、さすがにないでしょ。でもそれちょっと分かるわー」


まるでテンプレートだ。学生の頃と同じ。


「で、ライトの声なの?」


「え? あぁ……。残念ながらライトじゃないですよ。おじは、ハヤテですね」


ハヤテ君!?

なんですって!?

今、この目の前にいる後輩君のおじさんがハヤテ君!?

いや、ハヤテ君の中の人!?


「確かハヤテの声やってる人って、顔出しNGなんでしょ?」


「NGってわけじゃないと思いますよ。でもまぁ、最近は、あんまり顔出ししてないですかね?」


本日は、鼻血ものの収穫である。

どうにか冷静さを保たねばならない。

わたしはビールジョッキに手を伸ばした。


「ちょ、藤島さん一気!」


考えたこともなかった。

ハヤテ君はこの世に存在していない。

描かれた世界にしかいない。

描かれなくなったら、いなくなってしまう。

だけど、ハヤテ君の中の人は同じ三次元にいる。

ダメだ、酔いが回って……。


「こんな藤島さん見たことない。いつもは何杯飲んでも酔わないのに」


「え、そうなんですか?」


「疲れが溜まってたのかな」


「疲労困憊のご様子?」


「俺、藤島さん家まで送って行きますよ」


「でも、これあなたの歓迎会よ?」


「けど、俺のせいで、こんなに疲労困憊にさせちゃってると思うので……」




「藤島先輩、家どこですか? この辺ですよね?」


「う、うん……」



「先輩って、可愛いところもあるんですね」


「セクハラで訴えるよ」


「酔ってても、そこらへんは意識しっかりしてるんですね」


「は?」


「俺、先輩のこと鬼だと思ってませんから」


「え……?」


「今もなかなか滑稽ですよ」


「滑稽……?」



どうやらわたしは、とんだ醜態を晒しているようだ。

この夜、わたしは意識が回っていなかった。

何故か肝心なところが抜けてしまっていた。

男女問わず、部屋には決して人を入れてはならないというのに……。


「着きましたよ、先輩! 鍵どこです?」


「ほら、先輩! そこで寝ないでください! ちょっと、部屋行きますよ?」


部屋の扉が開いた。


「え? これって……」



それは全部、あなたのおじが、ハヤテ君の中の人だったせいだ。

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