第2話 ポメラニアンさん

ついに先日、わたしは、めでたく30歳になった。

子供の頃、おばさんだと思っていたあの歳だ。

幼い頃は、大人とは完璧なものだと思っていた。

だが、実際はどうだ。

ズルくなって、心が薄汚くなって、失敗を恐れて、けがれただけだ。


この歳にでもなれば、知らぬ間に同級生が結婚し、子供を産んで親になっている。

SNSで、苗字が変わっていることを知る。

取り残されて、いつまでも学生時代を引きずっているのは、気付けば自分だけだ。

人間は、劣化する。アニメキャラではないからだ。

今日が人生で一番若いわけで、少しずつ老い、目の下にはシワ、腹まわりには肉、白髪も出現するだろう。


藤島ひなこ、30歳。

自分で言うのもなんだが、まあまあ顔立ちは整っており、雰囲気だけなら恋人がいたって違和感はないはずだ。

しかし、今現在、どうやら男とは縁遠い生活を送っている。

別に今の生活に不満はなく、むしろ充実していると言っても過言ではない。

しかし、このまま時を過ごして大丈夫なのかという不安はある。

ルームシェアできるほど打ち解けた親友は身近にいない。

わたしには、仲間はいても友達や親友と呼べる人はいないのだ。

そう、仲間はいても……。


わたしは、一般的な人から見て、オタクである。

仲間というのは、SNSで出会ったポメラニアンさんのことだ。

ポメラニアンと言っても、彼女は犬ではない。

原画展やコラボカフェに行き、本当の自分をさらけ出し、興奮気味に話す相手である。

それは友達ではないのか? というご指摘に答えよう。

わたしは、ポメラニアンさんの本名を知らない。

どこらへんに住んでいて、何の仕事をしている人なのか、全く知らない。

同様に相手も、わたしのことを何も知らないのだ。それで成り立っている関係なのだ。

なのに、イベント事がある度、わたし達は昔からの親友のように仲良くはしゃぐ。

それは、もしかしたら奇妙な光景なのかもしれない。


ポメラニアンさんと出会ったのは、およそ二年前。

それまで、わたしは想いを漫画とアニメだけにとどめていた。

イベントやグッズに手を出すことを恐れていた。

何故だか、それ以上手をのばしてはいけない気がしていた。

しかし、ある日たがが外れてしまった……。


ポメラニアンさんは、これまで見たことのない世界にわたしを連れ出してくれる。

『環境戦士 喜怒哀楽』、これを共通の話題として、わたし達は異常に盛り上がっている。

それはもう、体内でアルコールを作り出しているのではないかというほど、心地良くふわふわする瞬間だ。

ハヤテ君を見つめている時間は、同担と語る時間は、何か重い荷物を下ろしたような、血液が沸騰するような、心から楽しいと思える時間だった。


わたし達は、この話題を抜きにして会話をしたことがない。

この漫画を、アニメを、失ってしまったら、わたし達を繋ぐものは何もない。

会話する言葉が見つからない。

なんと、恐ろしいことだろう。



そして、リアルな世界のわたしはというと、このオタクの姿を全て伏せ、周囲に気付かれないように隠し通し、無の顔で生きている。


わたしには、学生時代、周囲から真面目でガリ勉、ピアノが弾けそうというイメージがあった。

社会人になった今は、仕事の鬼というイメージで売っている。

それはもう、当然男が寄りつかないし、何の隙も与えない。

そう。わたしはずっと心を隠している。

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