第15話 根性無し

「ひぃ……ひぃ……死にます」


町の外に広がる平原。

セイがそこにに突っ伏し、息も絶え絶えに泣き言を口にする。

大げさな奴だ。


「大丈夫だ。このぐらいで死んだ人間は歴史上には居ない」


まあ何らかの疾患を患っていれば話は変わって来るが、彼女にそういった点はない。

貧弱ではあっても、健康体そのものである。


「なあ、一つ聞いていいか?」


「はぁ……な……なんですか」


「セイって真面に努力した事あるか?」


「あ、ありますよぉ。いつも、いつだって私なりに頑張って来たんです。でも……でもぉ……私には才能が無くって」


セイの声が涙声に変わる。

だが、正直あまり同情する気にはなれなかった。


「私なりに、ねぇ……」


――自分なりの努力ってのは、大抵一番駄目なパターンだ


訓練を初めて2日目。

俺の中では、彼女に対する確固たる評価レッテルが生まれていた。


それは――彼女がとんでもない甘ったれだという結論だ。


初日にきちんと体力を確認しているので、今日の訓練量は間違いなく適切な範囲に収まっている。

だが彼女は無茶をさせている訳でもないのに、直ぐにもうだめだと言って、今みたいに地面にへばってサボり出してしまう。

更にその口から出るのは、辛い苦しいといった泣き言ばかりで、覇気と呼べるものがが全くない。


いくら何でも根性が無さすぎる。

そもそも、努力と言うものは辛くて苦しいのが当たり前の事だ。

この程度で根を上げる彼女が、これまで真面に努力して来たとは俺には到底思えない。


「いいか、セイ。努力ってのは実るからするもんじゃない。実るまでするのが努力だ。成果が出ずに辞めたなら、それは努力でも何でもないぞ。根性出せ」


「うぅ……そんな無茶苦茶言われても。わたし……わたし……」


まあセイに言った言葉は極端ではあるが、目標を達成できなかったとしても、ある程度自分で納得できる所までやり切らなければその行動に意味はない。

物事を直ぐに諦めていたのでは、何もつかめはしないのだから。


俺はこれまでの20年を振り返る。

自分を信じて続けてきた努力。

それがあったからこそ、俺はこうして冒険者になる事が出来たのだ。


もし諦めて努力する事を止めていたなら、例えサブクラス付与を手にいれても、今更冒険者としてやっていこうとなんて考えはしなかったはずである。


「じゃあやめるか?俺も聖人君子じゃないから、その場合パーティーの話は無しだ」


別にこれは脅し文句ではない。

本気の言葉だ。


セイのスキル、主従による効果は彼女さえ成長してくれればとんでもなく魅力的な物になる。

だが真面に戦えず、やる気もない人間を連れ回す気にはなれない。


……俺自身のレベル上げの為には、より上位の魔物を狩る必要があるからな。


当然それには大きな危険が伴う。

そんな場所で、魔物から彼女を守り切れる絶対の保証はない。

だからせめて自分の身を最低限守れる力を身に着けてもらわ無いと、パーティーメンバーとしてやっていくのは無理だ。


流石に、若い娘の命を丸ごと背負える器を俺は持ち合わせてないからな。


「う……うぅ……アマルさんに見捨てられたら……私……どう生きて行ったら……どうか見捨てないでくださいぃ……」


なら、特訓はある程度まともに受けて貰わないと困る。

せめて盗賊として、敵から逃げ回れる程度の実力はないと。


セイはクラスの力を手に入れたが、所詮それはスタートラインに立っただけでしかないからな。

今の能力じゃ、弱い魔物から身を守る事すら難しいだろう。


「分かったよ。その代わり、少しでいいから根性入れて付いて来てくれないか?セイにも強くなって貰わないと困るから」


「でもわたし……駄目な人間だから。頑張たって……」


セイはどこまでもうじうじする。

まあスパッと決断できる様な人間なら、そもそも初めっからこんな感じにはなっていないだろうが。


「はぁ……」


仕方がない。

少し脅しを入れておく事にする。


恐らくセイに足りないのは自信と――そして危機感だ。


無駄に焦ると空回りするが、適度な危機感は人の背中を押す起爆剤になる。

俺の脅しが少しでもそのトリガーになってくれると良いんだが。


「セイ。逃げる事が悪いとは言わない。けど、逃げ続けた先にあるのはいずれ行き止まりだけだ。このままじゃ、間違いなくお前はそのうち野垂のたれ死ぬ事になる」


人が一番危機感を煽られるのは、やはり自分の命がかかっている時だろう。

セイはダメ人間だとよくアピールしては来るが、自分がそのせいで将来野垂れ死にするかもなんて、恐らく考えていないはずだ。

きっと心の奥底では、生きていく事ぐらいは出来ると楽観視しているに違いない。


だが本当に何もできず。

努力もせず。

このまま歳だけ無駄に取って若ささえも失ってしまえば、それは決してありえない事ではなかった。


困ったお姫様に手を差し伸べてくれる王子様なんて、絵本の話の中だけだからな。


「辛いだろうな。誰にも振り返られる事無く、道端で野たれ死ぬのは。空腹と寒さ。今まで感じた事のない様な虚無感と脱力感の中、一人死んでいくんだ」


「そんな……わたしぃ……うぅ……うわぁぁぁぁぁん!」


セイが本格的に泣き出してしまった。

だがそれでいい。

それだけ脅しが心に響いているという証だ。


俺は彼女が泣き止むのを黙って待っててやる。


「うぅ……ひっく…………アマルざん……わだぢどうぢだらぁ……」


「野垂れ死ぬのは嫌か?」


「いやでずぅぅ……」


俺は右手の指を3本立てて、セイにつき付ける。


「なら三週間でいい。歯を食い縛って俺について来い。俺がお前の人生を変えてやる」


普段なら、他人を生まれ変わらせるなんて大口は絶対に叩かない。

そもそも3週間じゃ無理だしな。

だがセイが変わるきっかけぐらいにはなるだろう。


必要なのは最初の一歩だ。

そのためには、彼女の琴線を震わせる必要がある。

だから大仰に煽ったのだ。


「が……がんばりまずぅぅぅぅ!!だからみずてないでくだざいぃぃぃ!!!」


セイがガシッと、必死な様子で俺の足にしがみつく。

お陰でズボンが涙と鼻水でべとべとだ。


「セイ。お前はやれば絶対できる子だ。期待してるぞ」


嫌な気分はおくびにも出さず、俺は爽やかにそう口にした。

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外れクラス『転職屋』のせいで冒険者になれず細々と生計を立てていたおじさん。超強スキル【サブクラス付与】取得で最強の冒険者へ。 まんじ @11922960

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