第10話 屈辱

相手は此方の頭上に居る。

現状、上空に対する攻撃手段はほぼ皆無だ。


一応魔法は使えるが、俺のレベルの低い物が、高度な飛行魔法を扱える様な相手に通用するとは思えない。


しかもサブクラスを魔法使いにすると、身体能力が落ちる。

そうなると回避も難しくなるので、まず勝ち目はないだろう。


――今の俺に取れる手は二つ。


少し離れた場所に置いて来た弓を拾い、狩人として上空を狙うか。

サブクラスを盗賊にして走って逃げ回るかだ。


選ぶなら後者か……


弓は扱えるってだけで、得意武器って訳じゃないからな。

それなら相手の魔力切れを狙って、逃げ回った方がいいだろう。

飛行魔法を使い続けるだけでも、相当な魔力消耗を強いられるだろうし。


「ん?」


戦い方を考えていると、何故か奴が少し離れた場所へと降りて来た。

上空と言う位置的有利を捨てたその行動に、俺は眉を顰める。


ひょっとして、もう魔力切れが近いとか?


って、流石にそんな訳ねーよな。


「警戒しなくとも大丈夫ですよ。私はただ付いて来ただけで、貴方と戦うつもりはないですから」


地上に降りたローブの男が、落ち着いた口調で諭すように此方に話しかけて来る。


「その言葉を信じろと?」


有利な状況を放棄したとはいえ、今更戦う気が無いと言われてはいそうですかと素直に信じる程俺も馬鹿ではない。


そもそも、ただ付いて来ただけと言ってはいるが、こいつは俺が逃げようとした時攻撃をして来ているのだ。

どの口が言ってるんだって話である。


「ああ、逃げ出そうとした貴方に攻撃した事なら謝まりますよ。つい手が出てしまってね」


俺の考えている事が分かった様だ。

その上でふざけた事を口にする。


「つい……ね」


ついなんて理由で背後から魔法をぶち込まれたのでは、堪った物ではない。

そんな理由にもならない理由を悪びれる事無く口にする辺り、目の前のローブの男がゲゼゼ達同様、ろくでなしだという事が良く分る。


「ネコ科の動物が、目の前で動く物に飛びつくのと同じ様な感覚です」


猫ならまあそうなんだろう。

だが人間は違う。

悪意もなく他人に攻撃魔法を仕掛けるなんてありえない。


俺は剣を強く握り、深く腰を落として戦いに備えた。


「やれやれ、そう怖い顔をしないでください。私が始末するのは、貴方ではありませんし」


警戒する俺を前に、男が左右の手を軽く開き掌を上に向けた。


「フレイム」


「!?」


そして男が小さく呟いた瞬間、広げたそれぞれの手の上に突如巨大な火球が生み出された。

俺は無詠唱で発動されたその魔法に思わず目を見開く。


――無詠唱魔法。


大当たりのユニーククラスである賢者は、高レベルになると威力を犠牲にして無詠唱で魔法を使える様になると聞く。

どうやら奴は賢者の様だ。


しかし……威力を犠牲にしてこれかよ。


その手にある火球からは凄まじい魔力が感じられる。

直撃すれば、恐らく即死だろう。


そんな魔法を二つ同時に無詠唱で……


レベルが明らかに違う。


戦っても勝てないのは元より、此処まで規格外だと逃げる事すら難しい。

本能的にそれを察した俺の頭の中は、どうやったら逃げられるか?

それ一色に染まる。


「そう身構えないでください。狙いは貴方はありませんから」


ターゲットは別にいる。

そう告げると、奴は両手の火球を無造作に放った。


それは宣言通り俺ではなく――


倒れているゲゼゼ達を直撃する。


「ひぎゃああああああああ!!」


「ヴアアアアアアァァァ!!」


火球が受けた二人は、一瞬で火だるまと化した。


肌を焼く様な強烈な熱風と、耳を覆いたくなる様な絶叫。


ゲゼゼ達は苦しみにのたうち回るが、その凄まじい火勢であっという間に絶命し、直ぐに動かなくなってしまう。

そして炎が収まった時、そこには彼らの身に着けていた装備の残骸――熱で変形した金属と、燃え尽きた人だった物の黒い煤だけが残っていた。


……とんでもない大火力だ。


「なぜ殺した……仲間じゃないのか?」


場合によってはこの手で殺すつもりでいた連中だ。

奴らが死んだからと言って、俺が気にする様な事ではない。


だが、尋ねずにはいられなかった

仲間を平然と殺すその行動の意図を。


「仲間ですか?私が彼らのパーティーに入ったのは、ある目的の為です。ですが他人に面子を潰されたなどと、こう度々騒ぎを起こされては堪りませんのでね」


奴の手に再び火球が生み出され、放たれる。

今度も狙いは俺ではなく、明後日の方角に向かって飛んでいく。


――それは先に倒した狩人が気絶している方角だった。


「だから彼らには消えて貰った。それだけの事です」


利用する為だけの仲間。

邪魔になったから消す。


ゲゼゼ達といい、こいつといい。

どいつもこいつも自分勝手な事ばかり言いやがる。


――だが今はそんな事よりも、どうやって生き延びるかを考えなければならない。


せめて戦士クラスのスキルであるダッシュを習得済みだったなら、距離を詰めて一発勝負を仕掛けられるんだが……


残念ながらまだ習得できていない。

何の対策もなく、この間合いで突っ込むのは自殺行為だ。

確実に無詠唱である相手の攻撃の方が早い。


「さっきも言いましたが、私は貴方と戦う気はありませんのでご安心ください。むやみやたらと人を殺すのは姉に止められていますので。まあどうしても貴方が私と事を構えたいと言うのでしたら……止めはしませんが」


慇懃な言葉遣いだが、その声には馬鹿にする様な嘲笑が含まれていた。


死にたいならかかって来い。

そう言った嘲りが。


「……」


「来られないのでしたら、私はこれで失礼します」


奴の体がふわりと浮いたかと思うと、そのまま一気に上空高くへと舞い上がる。

そして男の姿はとんでもない速度で東へと消えていった。

カイガンの街の方角だ。


「見逃して貰えたのは有難いが……」


命拾いをしたのは確かだ。

本来なら喜ぶべきところだとは思う。


だが……


「ムカつくな」


奴が俺を殺さなかったのは、相手にする価値もないと判断したからだ。

実際、それぐらいの実力差があったのは疑い様がない。

だがそうだったとしても、やっと念願かなって冒険者になった自分を否定されるのは悔しくてしょうがなかった。


「見てろよ……俺は強くなる」


まだまだ伸びしろはあるんだ。

次にあった時、あの時殺しておけばと奴が後悔するぐらいに強くなって見せる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「姉さん。戻りました」


扉が開き、フードを目深にかぶった男が入って来る。

薄暗い室内に光が差し込み、ソファに腰かける金髪の美しい女性が眩しさからか少し目を細めた。


女性の体は、均整の取れた美しいラインをしている。

差し込む光にさらされたその肌は、褐色と言うよりは黒に近い。

更にその耳は、横に細長く尖っていた。


――ダークエルフ。


亜人種と呼ばれるエルフ。

その中でも異端とされる突然変異種。

それがダークエルフだ。


「貴方一人って事は……」


「ええ。卑怯な手を使ってやられたと言ってましたが、どうやら口から出まかせだった様です。ですので――」


彼は答えながら目深にかぶったフードを下ろす。

そこに現れたのは、姉と呼んだ女性と同じ顔をしたダークエルフだった。


「流石にこれ以上付き合いきれないので、始末しました」


「そう……」


始末したという言葉に、彼女は長い睫毛を伏せて物憂げな表情になる。

それとは対照的に、弟の方はさも愉快気な表情である。


「まあ彼らも最後にいい夢が見れたんですから、きっと文句はない筈ですよ」


ゲゼゼのパーティーは実力不足から、万年Bランク止まりだった。

それを短期間でAランクにまで押し上げたのが、このダークエルフの姉弟の力だ。

もし彼女達が手を貸さなければ、彼らがAランクに上がる機会は永遠に訪れなかっただろう。


「彼らには問題が多かったけれど……Aランク証だけ手に入れて、使い捨てる形になったのは心苦しいわね」


彼らがゲゼゼ達のパーティーに協力したのは、Aランクパーティーの証を手に入れる為だった。


Aランクのパーティー以上だけが入場する事の許された高難易度のダンジョン。

深淵の洞窟ディープダンジョン

そこに入場するという目的の為に、彼女達は落ち目のBランクパーティーを利用したのだ。


「あのままではAランクの取り消しもありましたし、彼らの場合は完全に自業自得ですよ。ディーバ姉さんが気にする必要はありません」


利用する形だったとはいえ、最初は彼女達もゲゼゼ達を殺すつもりなどなかった。

だがAランクになった事で調子に乗った彼らは、頻繁に問題を起こしてしまう。

このままではその悪行から、最悪Aランクからの降格もあり得たため、ダークエルフの男は彼らを始末したのだ。


「それよりも、面白い人間を見つけましたよ?」


「面白い人間?」


「メインクラスのレベルが99になっていないにもかかわらず、その男はサブクラスの力を手に入れていました。しかも、それを自由自在に変更していましたよ」


「――っ!?そんな事が……」


弟の言葉に、ディーバが目を見開く。

ダークエルフの姉弟はサブクラスについても知っていた。

何故なら、彼女達もまたその力を有しているからだ。


「まあ現段階の強さは大した物ではなかったですが、サブクラスを自由に入れ替えられるのは対応力が高くて魅力的です。どうしますか?」


彼女達には、広大な深淵の洞窟ディープダンジョンで手に入れたいものがあった。

その攻略のためのメンバーとして勧誘するかどうかを、ダークエルフの男は尋ねたのだ。


「必要ないわ。私と貴方がいれば事足りる話よ」


「ふふ、そうですか」


姉の返答に男は満足そうに笑う。


「では、邪魔者もいなくなりましたしダンジョンへの準備をしてきますよ」


「ええ、お願いね……」


男が出て行き、扉が閉まると室内は完全な闇に閉ざされる。

ディーバは小さく溜息を吐き、ゆっくりと目を閉じ眠りについた。

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