第8話 報復

「おい待ちな!」


湿地をもう少しで抜ける直前で、急に背後から声をかけられる。

まあ急とは言ったが、実はつけられているのは少し前から気づいていた。

相手の目的が分からないので、取り敢えず警戒しつつ気づかないふりをして出方を伺っていたのだ。


逃げるだけならまあ、簡単だからな。

荷物を捨て、盗賊にクラスチェンジして全力で逃げればいいだけだ。


だがこれが只の遭遇とかならいいが、俺を狙った行動だとしたら――心当たりとか全然ないが――ただ振り切って逃げるだけだと同じ様な事がまた起こるのは目に見えている。

ひょっとしたらもっと悪い状況で仕掛けられる可能性もあるので、出来れば相手の情報が欲しかった。


俺は背負っていた荷物をさりげなく降ろし、後ろを振り返る。


「はぁ……」


背後には冒険者風の出で立ちの男が4人。

そのうちの一人は良く知る顔――ゲゼゼだった。


どうやらこの前の報復に来た様だ。

その顔を見て、余りの糞野郎っぷりについため息を吐いてしまった。


「この前はよくも恥をかかせてくれたな」


「実力が無くて叩きのめされたんだ。恥をかかした事にはならないだろ?」


「てめぇ!」


俺の言葉にゲゼゼが激高し、前に出ようとする。

だがその動きを、戦斧を背負ったハゲの大男が手で制した。


「カッカすんな」


「う、わりぃ」


ゲゼゼが大男に素直に謝る当たり、相手に頭が上がらない事が伺える。

こいつがこの集団のリーダーである可能性は高い。


相手のメンツはゲゼゼとパワーファイターっぽい大男。

その後ろには魔法使いと思われるローブの男に、弓を背負った軽装の男が立っていた。


恐らく軽装の男は狩人のクラスで、その索敵能力で俺の後を付けて来たのだろう。


「『転職屋』はゴミって聞いてたが、なかなかいい腕してるじゃねぇか。魔法まで使ってよ」


俺が追跡に気付いたのは狩が終わってからだが、狩りをしている最中も見られていた様だ。

俺が狙いでずっと追って来ていたのなら、まあ当たり前か。


もっと早く気づけてれば余計な情報を与えずに済んだんだろうが、過ぎた事は仕方がない。


「それで?俺に何か用か?」


「いやなに、ゲゼゼの馬鹿がFランクの冒険者に負けたらしくってよ。そのせいで、うちのパーティーが偉く恥をかいちまったんだよ。お前んとこはAクラスなのに、メンバーはF以下なのかってな」


ゲゼゼの組んでいるパーティーのメンバーか。

まあそんな気はしていた。

言うまでもないが、奴が言うFランクの冒険者は俺の事だ。


「安心しろよ。その冒険者は今、Cランクだ。別にCランクがBランクに勝ってもおかしくはないだろ?」


ゲゼゼの一件で実力が認められ、ギルド長権限でで俺はDランクまで昇格させて貰っている。

そしてクエストを精力的にこなした結果、つい先日Cランクにまで昇格していた。


二ヵ月前まで最弱の魔物にすら勝てるか怪しかった俺が、今や一端の冒険者ランクを手に入れている。

今でも信じられない気分だ。


「はっはっは。問題はFだったオメーに負けた事だ。今Cに上がってたって意味はねぇ」


「だったら負けた奴にお仕置きしてやってくれ。勝負を仕掛けて来たのは、他でもないゲゼゼの方なんだからな」


俺に怒るのは筋違いだ。

とは言え、ここまで俺の後を付けてきた奴らがそれで納得して帰る訳もない。


「勿論、ゲゼゼにはそれなりのペナルティを課せはしたぜ。けどこのままじゃ内の面子が丸つぶれなんでな、片を付けさせて貰う」


ここで俺をどうこうしたって、奴らの面子が回復する事はない。

だから完全に只の八つ当たりである。


……ま、初めっから話が通じるとは思ってないかったけど。


「やれやれ。四対一なら、俺に勝てると本気で考えているのか?」


敢えて相手を挑発する。

戦う意思を示して、逃走を奴らの意識から外す為だ。


――勿論俺は奴らとは戦わない。


仮に4人の実力が全部、ゲゼゼ並みならどうとでもなる。

だが仮にもAランクに上がったパーティーの奴らだ。

ゲゼゼが例外的に弱いと考えるのが妥当だろう。


連携の事もあるし、未知数な相手が3人もいるのに戦うという選択はない。


「へっ!泣いて謝る様なら、命だけは助けてやろうって思ってたんだがな」


「はっ、随分と嘘くさい言葉だな」


こんな場所で襲撃を仕掛けて来る奴らの言葉を、鵜呑みにするつもりはない。

頭を下げた瞬間、そこに斧が振り下ろされるのは目に見えている。


「どこまでも口の減らない野郎だ」


大男が背負っていた戦斧を抜く。

その瞬間、俺は弾ける様に振り返って全力疾走する。

サブクラスは既に盗賊に変更済みだ。


「なっ!?てめぇ待ちやがれ!」


虚は突けた。

だがローブを見に纏った魔法使いの判断はかなり早かった。

俺の逃走後、直ぐに魔法が飛んでくる。


それが分かったのは、音だ。

高速で飛ぶ魔法は強い風切り音を伴う。

俺はそれを頼りに横っ飛びに躱し、そして起き上ってそのまま走り続ける。


「一人は降り切れそうにないな」


背後から誰かが追って来る気配を感じる。

恐らくあの細身の男だろう。

狩人もシーフほどではないが、足の速いクラスだ。


引き離せないのは、単純にレベルのせいだろうと思われる。


スタミナ勝負か……


いや、折角単独で追って来てくれてるんだ。

他の三人とある程度引き離したら、こいつを潰すとしよう。


ある程度視界の開けた場所を10分ほど走った所で足を止め、俺は振り返る。

狙い通り、追ってきた奴以外の人影はない。


「一人で追って来るとか、間抜けかよ」


「うっ!?な……舐めんなよ!俺はBランクの冒険者だぜ!C如きに!!」


俺の言葉に、相手は明らかに動揺する。

そもそも、俺がBランクであるゲゼゼに圧勝したからこういう状況になっているのだ。

一対一でどうにか出来る相手なら、4人で来たりはしないだろう。


足こそ速かったが、恐らくこいつもゲゼゼレベルと考えてよさそうだ。

強さに絶対の自信があるなら、動揺なんてしないからな。


「じゃあその実力の程、見せてもらうぜ」


「ま、まて!俺は目印を置いて居場所がわかる様にしてきた。直ぐにでも他の奴らが駆け付けて来るぜ」


「何で俺が長い事走り回って、ここで止まったと思ってるんだ?お前と他の奴らを引き離し、仮に駆け付けて来ても直ぐに気付ける様にするためだ、開けた場所なら一目瞭然だからな」


「ぬ……く……」


俺にそう言い返されて、相手は黙ってしまう。

ゲゼゼの仲間だけあって、何も考えず俺を追っていた様だ。

こんなのが一般的な最上位であるAランクパーティーの一員なのかと思うと、何だか悲しくなってきた。


まあきっと連携が上手いとか。

今日この場に居なかった奴の中に、凄い奴がいるんだろうと思う事にしておく。


「行くぞ!」


サブクラスを戦士に戻し、奴に斬りかかる。

奴は腰のショートソードでそれを防ぐが、動き的にゲゼゼと大差ないとすぐにわかった。


――楽勝だな。


俺はそのままパワーで押し切り、体勢の崩れた相手の手から武器を弾き飛ばす。


「ひっ!?」


予備の剣がまだ腰にかかっていたが、男は迷わず逃げ出そうとする。

まあ武器が弾かれる様な相手に、一対一で戦うのは無理があるからな。

当然だ。


だが逃がしはしない。

踵を返して背を向けた相手の足を狙い、俺は素早く剣を振るう。


――それは奴の足の健を切り裂く。


「ぐ……うう……」


足首から血が噴き出し、男は呻き声と共にその場に倒れ込んだ。

足は辛うじて繋がってはいるが、立ち上がったり走って逃げだす事はもう不可能だろう。


「させない」


男が腰の袋から瓶を取り出して、何かを飲もうとする。

恐らくポーションだろう。

だがそれを許す程俺は甘くない。


素早く剣でそれを弾き飛ばしてやる。


「た、助けてくれ……」


地面に倒れ伏す相手を見下ろしながら考える。


さて、俺に取れる選択は二つだ。


どちらを選ぶべきか――

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