第十二話 一番弱い

 【オレフ】と名乗ったその亜人は、亜人というには少し小柄に見える。見たところ、1.9メートルってところか。


 その亜人は、ガスプへと声をかける。


「大丈夫か?」

「あ、アナタは…?」

「正義の味方だよ。君を助けにきた。だが、このままでは、少し良くないようだ」


 そう言うと、オレフはこちらへと向き直り——


 消えた。


「…⁉どこ行った⁉黒川!見たか?」

「いえ!見えませんでした!」

「僕見えました!黄瀬さんの後ろへ走っていきました!」

「よしきた!」


 黄瀬さんは、後ろへ素早く振り返ると、バリアを展開する。直後、そこにオレフの拳が命中する。


「ふむ、少し厄介やっかいだな。

「はは、負け惜しみってやつかい?」

「勘違いするな。別に、君たちを殺しに来たわけではない」

「そういうのを、負け惜しみっていうんだよ!」


 バリアを蹴りだし、オレフを後方へと下がらせる。


 黄瀬さんの【庇護欲の塊ラヴァーズ・フィールド】は、展開するときに自身の体にバリアが一部触れていなくてはならないのだが、一瞬だけなら分離することが出来る。それを利用すれば、このようにバリアを飛ばすことが可能である。


「……、なかなかのパワーだな」

「鍛えてるからな。もっとも、単純なパワーだけなら、他の二人のほうが強いぜ」

「少し、おしゃべりが過ぎるんじゃないか?」

「かもな。こっちも反撃と行くぜ」


 黄瀬さんは、右手を握る。といっても、完全に握りこむわけではなく、。今回は、棒状のものが一本入るくらいの大きさだ。


「【庇護欲の剣ラヴァーズ・ブレード】。こいつは、すごいぜ?」


 彼の右こぶしを中心に、バリアが展開されていく。というより、。それは、一つの直剣のシルエットを作り出す。


「行くぞ!」

「ふむ」


 黄瀬さんは、オレフへと飛び出していき、奴めがけて剣を振る。亜人は、それを左腕を構えて、受け止める。


「ほう、私の体に傷をつけるとはな、なかなかの業物わざものというわけか」

「嘘ぉ⁉切り落とすつもりだったんだがな…。自信なくすぜ」

「そう気を落とすな。元より、実力が足りていないだけだ」

「そうかよ‼」


 剣を離し、今度は左拳を奴の鳩尾みぞおちへと叩き込む。もちろん、


「ぐ…!」


 亜人は、少し後ろへと押し出される。


「なるほどな。剣は、油断を誘うためのものだったのだな」

「いや、拳には自信があるだけだ」

「そうか」


 亜人は、後ろに倒れているガスプを一瞥いちべつする。


「そろそろ、私も反撃…、というより帰らなくてはな」

「逃がすかよ。黒川!執!ボケっとすんな!手伝え!」

「はい!」

「もっと観戦したかったな!」


 俺と赤根も、亜人へと突っ込んでいく。三人で連携すれば、少しは効くだろう。


 赤根が得意の蹴りで、奴のうなじを狙い、俺が奴の顎を狙って拳を放つ。そして、黄瀬さんが奴の腹へと拳を放つ。


「ふむ、悪くない。しかし、今一つ動きが甘いな。読みも甘い」


 奴の首に、赤根の蹴りが命中する。


「まず一つ、赤い君。私の首は、急所ではない」


 黄瀬さんの攻撃が受け止められる。


「二つ、黄色い君。君の拳は、さっきも見た。まして、同じような場所を攻撃するな」


 俺の攻撃は、頭を動かしてかわされた。


「そして三つ、黒い君。そもそも遅い」


 奴はそれを言い終わると、赤根の脚を掴み、黄瀬さんへと投げる。


「うわ!」

「執!」


 黄瀬さんは、飛んできた赤根を受け止める。しかし、勢いが強く、後ろのほうへと飛ばされる。そして次に、奴は、俺の頭に向かって裏拳を放つ。


「うぐ…!」


 それが命中した俺は、大きくばされる。


「やはり、君が一番弱いな。どうして、戦っているんだ?」


 奴は、ガスプのほうへ振り返り、歩き出す。


「……待て……!」

「…ふむ?」


 この野郎、ふざけんな。俺が弱い…?一番弱い…?そんなこと——


——そんなこと、俺が一番よくわかってんだよ‼


「う…うぉ…お…‼」


 俺は、先ほどのダメージで悲鳴を上げている自分の体に鞭を打ち、立ち上がる。


「無理をするな。赤い彼ならともかく、君が、さっきの攻撃を耐えられるわけがない。ここは、見逃してくれないかな?」

「それは…、無理だ!」

「よせ!黒川‼」


 黄瀬さんが俺の名前を呼んでいるが、それを脳が認識するよりも先に、俺の体は奴に向かって走り出す。


『信!ダメ!止まって‼』


 真守が、必死に俺の名前を呼ぶ。しかし、俺の体は走ることを優先する。


「……、どうしてそんなに生き急ぐのかね」

「お前が居るからだ‼」


 俺は、右拳を振りかぶる。そして、走る勢いに乗せて、能力を発動した拳を振る。


「今日は、これ以上戦うつもりはなかったんだが——」


 奴はそう言うと、俺の拳の外側へと、体を倒し避ける。そして、腕を振りかぶり。


「まあ、だ」


 俺の腹へとその拳を放つ。


「……!」


 その一撃は、確実に俺の腹をとらえる。その衝撃が全身を駆け巡る。


「がはっ…‼」


 チョーカーの安全装置が作動し、変身が解ける。そして、そのまま俺の体は地面へと落ちていく。


「信!」


 誰かが、俺のもとへ走ってくる音がする。


「赤い君と、黄色い君。君たちも、まだやるかい?」


 答えはない。


「返答なし。つまり、見逃してくれるってことだね?助かるよ」


 オレフは、ガスプを立ち上がらせ、その肩を貸す。


「それじゃあ、また会おうか。もう少し、仲間が集まったら、相手をしてあげるよ。よし、君の名前は?」

「え…、ガスプ…」

「ガスプ、煙を出せるかい?」

「は…い……」


 ガスプは、煙を噴出し、その煙が晴れるころには、二人の姿は消えていた。


——くそ…、どうして…!どうしてこんなに俺は弱い‼


「信…!しっかりして‼」


 真守が、俺を抱き起こして、名前を呼ぶ。しかし、もう返事をするような体力は残っていない。


 俺の意識は、そこで途切れた。

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