第十一話 なんでなの?

「なんでこんな目にうのぉ…」

「おい!」

「ヒィッ⁉」


 なんなんだこいつは一体…、亜人のくせになんだってこんな弱そうなんだ。今も、少し声をかけただけでこれだ。


「き、キミたちもボクをやっつけにきたの…⁇」

「当然だ、それが任務だからな」

「やっぱり…、亜人だから…、ボクが亜人だからこんな目に遭うんだね…、なんでなのぉ…」

「それはお前が人間に害をなす、亜人だからだ」

「え……⁇」


 亜人は、なんだか疑問そうに怯えながらも声を出す。


「ボク、何もしてないよぉ…、どうしてなのぉ…」

「嘘をつけ!ならなぜお前を退治しろと命令されるんだ⁉」

「し、知らないよぉ…、なんでなのぉ…」


 ——こいつ、なんだか変だぞ…?


 赤根あかねが、亜人に向かって話しかける。それは、とても穏やかな声で、まるで小さな子供を相手にしているように。


「君…、君の名前は何ていうの?」

「な、名前…、ボクの名前は…」


 突然、さっきまでおとなしかった亜人の様子がおかしくなる。


「名前…、ボクの…?なんだっけ…?思い出せない…?どうして…なんでなのぉ…⁉」

「お、落ち着いて…!何も退治って言っても、殺すわけじゃあないんだよ!ただ、一緒に来てほしいだけなんだ」

「嘘だ…‼そうやって、人間はボクを攻撃してきた…!だからここまで逃げてきた‼」


 亜人は、どんどん怯えていた時とは逆の、正反対の雰囲気になる。


「お前ら…!なんで僕をいじめるんだ⁉なんでなのぉ⁉ボクはなにもしてない‼」

「わ、わかってる…!だから、平和的解決を——」


 亜人を説得しようとする赤根の声は、かき消される。


「うるさい!うるさいうるさいうるさい‼うるさいんだよぉ‼嘘ばっかりじゃあないか⁉」

「べ、別に嘘なんか…」

「それが嘘だって言ってんだよぉ‼……そうかぁ…、キミたちが…、ボクの名前を奪ったんだねえ⁉」


 なんなんだ、こいつ?泣いたり怒ったり…。まるで読めない…、それに自分の名前がわからないってどういうことなんだ?


「もういいよ…、そこまでするなら…!ボクもそろそろ我慢の限界だ!」


 そう言うと、亜人は突然しゃがみ込んで、両腕を地面に突き立てる。


「はあぁ…‼」


 今度は、亜人の全身から煙が噴射される。


「…⁉これは…、何か出た…!でも、これで身を守れそうだ‼」


 それを確認した黄瀬きのせさんが大声で指示を始める。


黒川くろかわまもる!散れ!やつを全員で取り囲むぞ!」

「はい!」

「了解!」


 黄瀬さんの指示で、奴を囲み、チョーカーのスイッチを入れる。


「「「獣化じゅうか」」」


 三人は、人型の狼、犬、猫のような姿にそれぞれ変身する。


美音みのん青山あおやまは後ろに下がって、分析開始!何かわかれば、逐一報告しろ!」

「は、はい…!」

「任せろ」


 43班の全員が配置につく。さすがは、黄瀬さんだ。迅速で無駄のない対応だ…!


「D.M.S所属、【カトゥリス】。楽しくいこうぜ」

「同じく、【ロアー】。お前の叫びは、聞き入れない」

「同じく、【フーン】!頑張ります‼」

「まだやられるわけにはいかない…!」


 黄瀬さんが、猫型の【カトゥリス】。赤根が、狼型の【フーン】だ。

 それを見た亜人が、煙をさらに噴射する。それは、奴の周りから、俺たち三人を取り囲むまでに範囲が拡大する。


「…!…何ともない……?」

「黒川!油断するな!何かたくらんでいるのやもしれん!」

「あの!僕もう行ってもいいですか‼」

「まだだ!執はまだ手を出すな!まずは、黒川!お前が様子見だ!頼む!」

「了解!」


 指示を受けた俺は、亜人のもとへと走っていく。そして、ある程度近づいたところで、右腕を引く。


「ここだ‼」


 そして、拳を奴へと振る。そしてここで、発動!


 拳から炎が起こり、それは瞬く間に俺の腕を覆う。


 これが俺の能力だ。その能力は…、


「喰らえ‼」


 あとは、このまま拳を振りぬくだけなのだが——


 爆発した。俺の腕を中心として。


「うお…っ⁉」

「黒川ぁ‼」


 ——……?何ともない…?


 俺は、思わず閉じてしまった目を開ける。


間一髪かんいっぱつだったな。流石は俺だ」

「黄瀬さん…!」


 やられてしまったかと思ったが、黄瀬さんが能力で助けてくれた。爆発の瞬間、俺のそばにバリアを展開してくれていたようだ。


「ひゅー‼黄瀬さんかっけー!」

「そうだろ執?俺はかっけーだろ?」


 黄瀬さんはこんな調子だが、実力は本物だ。今だって、しっかりと守ってくれた。


 彼の能力は、【バリア】だ。それを、好きなように展開できる。ただし、それらは、常にどこか一部分が自身の体に触れていなければならない。


 ——確か、あの人は名前を付けていたっけな。


 その名前は【庇護欲の塊ラヴァーズ・フィールド】。あの人は、若気の至りだと言っていたが、なんだかんだその名前を気に入ってるようだ。


「この煙…、可燃性のガスか…!」

「ええ、そのようです」

「ええ~、なんだか体に悪そうだなあ」


 そんな時、後ろに居る二人からの通信だ。どうやら、何かわかったらしい。


『よく聞け、どうやら、奴の体の中には様々な気体を生産、それを噴射する器官が備わっているらしい。きっと、それ以外にも何か仕掛けてくるぞ』

「もっとわかんねえのか⁉」

『残念ながら、まだわかっているのはそれだけです』

「青山は、相変わらず冷静だねえ。新人とは思えないよ」


 ——なるほど…、つまりこれ以外の攻撃を警戒すればいいんだな。


「おい!お前のガス攻撃…、あとどれくらいレパートリーがあるんだ?」


 俺は、そんなことを聞いてみる。


「……?そんなのボクが知るわけないじゃあないか。今初めて出したんだから。でも、…」


 亜人は急に何かをひらめいたような雰囲気だ。


「そうだな…、ボクの名前…、今わかったよ。思い出したとか、考えついたとかじゃあ、決してない。これは、この名前があるんだ」

「何を言って…」


 そして、亜人はその名前を口に出す。


「ボクの名前は【ガスプ】‼【ガス】の要素を持った亜人だ!もっとも、これはボクの本当の名前じゃあなくて、なんだけどね。でもまあ、ある意味本当の名前かもね」

「さっきから何を言ってるんだ!」

「ボクはまだまだやられるわけにはいかないって言ったのさ‼」


 亜人はそう言い、腕を再度地面に突き立てる。


「【ガスプレッド】‼」

「くるぞ‼」

「させないよ‼」


 赤根が飛び出していく。そして、そのまま【ガスプ】を蹴り飛ばす。


「うごぉ…⁉」


 腹を思い切り蹴られたソイツは、そのまま勢いよく後方へと飛ばされる。そして、進行方向にあった柱へと突っ込む。


「い、痛いよぉ…、なんでなのぉ…」


 柱の瓦礫から這い出てきたソイツは、最初に見た弱そうな雰囲気に戻っていた。


「こいつ、防御…というより、受け身をとっていないぞ…?戦い方を知らないのか?」


 亜人は、ずるずると体を引きずりながら外へと出ていこうとする。もちろん、それを許すほど俺はまぬけではない。


「待て!」


 三人は、亜人へと駆けていく。しかし、その直後に何者かの声がする。


「待つのは君たちだ!」


 声の方向へ視線をやると、何者かが立っている。どうやら亜人のようだ。ソイツは、ガスプを庇うように、俺たちとガスプの間に立つ。


「何者だ!」

そうだな…」


 ソイツは笑みを浮かべ、名乗る。


「私の名前は【オレフ】。

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