第21話
「楽しそうじゃん」
「うん、楽しいよ。イタリやんのみんな親切で優しいし、働いてると目標に向かってるって実感できるから。なんて言いながらまだまだ借金の方が多いんだけどね」
目標……性別変更。
成人になるまで自分の意志じゃどうにもならないし……ああ、そう言うことか。
高校にいる間のカレは親の庇護下にいる。今がどんな形にしてもだ。下手にカミングアウトをしようものならきっとまた親と揉める。
店長はそこまで考えてたんだろう。
「どうかした?」
考えに没頭して立ち止まっていたアタシの顔をカレがのぞき込む。
最初の頃に比べてずいぶんと距離が近くなった。今はカレの睫毛が長いことも知ってる。
「んにゃ。女の子にもモテててさぞや楽しいだろうなぁってさ」
ふっと笑ってカレが言う。
「もしかしてヤキモチ?」
ああ、そういやアタシ、カレに好きって言ったんだっけ。
聞いてたかどうか分からないからずっと触れないでいるけど。
「べっつに。どう言って断ってるかはこれくらいの興味あるけどね」
誤魔化しも含めてアタシは指先を一センチくらい広げた。
「他校生は僕の走る姿を見てって言うから、足を怪我して陸上をやめたことを伝えて…あとは学校のみんなと一緒。ごめんね。足のリハビリもあるし遅れた勉強も取り戻さないといけないから誰かとお付き合いする余裕が無いんだ。とまあこんな感じで断ってます。ちなみに君とのことは誤解が無いように以前から家庭教師をしてもらってるって話してる」
嘘がひとつ。
家に住むようになって登校するまでの間にその日の授業に使わない教科書とアタシのノートで自主学習して既に授業に追いついてる。
「ところで……相談があるんだ」
アタシに相談なんて珍しい。
「店長じゃなくてアタシに?」
あっ、ちょっと嫌味な感じになった。
「君はもう進路調査票を提出たよね?」
良かった。カレは気にしてないみたいだ。アタシは失言が多いから気を付けないと。
「うん。進学希望」
「だよね。僕は休学していたから未提出なんだ。それで相談。僕も君と同じ大学を受験しちゃダメかな?」
「別にいいんじゃない」
「えっ?! いいの?」
何を驚いてるんだか。
「いいのも何も同じ大学に行くなら受験勉強だって二人でできるんだから効率いいじゃん。ただし金無いから目指すの国立一本で、少なくともアタシは滑り止めに私立は受けない。できれば給付の方の奨学金も狙いたいと思ってる」
アタシの人生設計はシンプルだ。
いつまでも店長の店でバイトって訳にはいかない。自立しないと。
でも高卒で働いても就職先はたかが知れてるし給料も安い。
だから大卒で安定した――最近はそうでもないけど――公務員になって、後は目立たないよう静かに暮らす。
その時にカレがどうなっているかはカレ次第。
「奨学金…それは考えてなかった。よーし、僕も頑張ってみよう!」
両の拳を握ってやる気を出したカレを見ながらアタシは考える。
新学期になったら就職組と進学組でクラスが分かれる。進学組には希望だけでなくそれなりの成績を残さないと入れない。
つまり、交際を断っている『遅れた勉強を取り戻す』という理由が使えなくなるんだけど、どうするつもりなんだろう。
年度が替わって新学期。
カレとアタシは進学組にいた。
そして新学期早々にアタシ想像通りに早々に告白に呼び出されたカレ。
どうやって答えたのか聞いたアタシにカレはこともなげに言った。
「えっ、そんなの決まってるでしょ。国立受験のために勉強頑張らないといけないからお付き合いする余裕はありませんって言ったよ」
と。
いやまあ、至極まともな答えだな。うん。
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