第26話
「てめぇ!! アタシ達の家で何してやがる!!」
部屋に入るなりアタシは怒鳴った。
眠っていたカレが身じろぎしながら壁を向いていた顔をアタシの方に向けて眠そうに目をこする。
「…どうした…の。こんな夜中に……」
「アンタ、してるだろ?!」
「して…るって何を?」
体を起こしたカレはベッドに腰かけてまた目をこする。
頭に血が上っているアタシにはその態度ですらイラっとした。
だから大声で
「オナニー! マスターベーション! 自慰! センズリ! マスカキ! 自家発電! 一人えっち! 手淫!」
アタシは知っているすべての言葉をカレに叩きつけた。
「えっ、オナ……」
アタシの口から出たのが恥ずかしいのか言葉自体が恥ずかしかったのか分からないけど、はっきりと目を開けたカレの顔が見る間に赤く染まっていく。
「どうして…分かったの?」
何度も瞬きをしたカレはうつむいて顔を隠して小さな声でアタシに聞く。
……あの時のアタシの話は聞いてなかったんだな。
「…アタシは家族から性的虐待ってヤツを受けてて、散々臭いを嗅いで知ってるからだよ。それで? アンタはアタシをずっと騙してた訳?」
「騙す? 僕が君を? どうして?」
カレの言葉は疑問符ばっかりでイライラする。
「隠れてオナってるんだから、本当は女になりたいなんて嘘なんじゃないかって話だよ!」
「違うよ! 僕は女の子に…僕は女性に生まれ変わるんだ!! そのために頑張って働いてお金を貯めてるの君だって知ってるじゃないか」
顔を上げて反論するカレが涙目になって訴えてもアタシの疑念を拭い去ることなんてできない。
「だったらなんでするんだよ?!」
正面からアタシを見ていたカレが右手で口元を押さえ右に視線を落とした。
いつものカレの困った時の仕草。
「……ちゃうから」
小さな声にアタシはイラついて声が大きくなる。
「聞こえない!」
「下着を汚しちゃうから。しないと、む、夢精しちゃうから……」
「は? 本には古い精液は身体に吸収されるって書いてあったけど?」
「本はそうかもしれないけど、僕は違ってて……夢精して下着を汚すから。すごく惨めなんだよ。夜中にコソコソし下着を洗うなんて。き、君に気付かれたらどうしよう。夢精なんかしてるってばれたら一緒に住めなくなるんじゃないかって……ビクビクして……」
カレの話は、まるで中学に入って初潮を迎えた時のアタシみたいだ。
授業で習ってはいたものの最初はなんか汚したかなとしか思わなくてトイレットペーパーを重ねてほっぽってた。
汚れがひどくなってやっと生理だと気づいてゾッとした。今度あんなことをされたら妊娠する身体になった。アタシの中にあったのは恐怖心と嫌悪感だけだった。
それでもショーツを汚し続ける訳にもいかないからナプキンを買いに行って……困った。昼? 夜? 軽い? 長さ? 羽? 想像をはるかに超えた種類の多さにどれを買っていいのか分からなくてアタシはトイレットペーパーを使うことにして諦めた。
今ほど図太く無かったアタシは店員に聞くなんてできなかったし、店長はいい人でも元男で生理が無いから他に相談する相手もいなかった。
当たり前でトイレットペーパーなんかじゃ話にならなくて、歯を食いしばって泣きながら汚したショーツを洗って、を繰り返した。
なんでアタシに生理が来るんだ。女じゃなければいいのに。
そんな馬鹿な行為が終わりを迎えたのは、イタリやんの手伝いをしている最中に後ろを通りがかった店長が作業着の股の汚れに気付いたからだ。
当時、まだ背の低かったアタシは踏み台を使って皿洗いなんかをしていたから背の低い店長でも気づいたらしい。
店長は大慌てで彼女さんに相談し、それから彼女さんが色々教えてくれたから今のアタシがある。
カレも誰かにやり方を教わったんだろうか。
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