第19話
アパートは、玄関を入ると中が見えない曇りグラスの入った二重扉がある。
二重扉を開けると細長い通路の右手にトイレ。左手にキッチン。
突き当りが常に横扉を開けっぱなしのアタシの部屋。
右に曲がると右にユニットバス。左がカレの部屋。
一日の流れは起きる、シャワーを浴びる(アタシは)、朝食、学校、バイト、風呂、寝る。
とてもシンプル。
そんな風に暮らしているとお互い知らなかったことも見えてくる。
アタシから見たカレの印象はそんなに変わらない。
何をやるにも真面目で一生懸命。そして優しい。
例えば……アタシの生理は重かったり軽かったりの波が激しい。
あの下痢とかの腹痛とは違う独特の腹の奥の痛みは、他の子とも話して分かったけど軽い子は当然としても苦しみは当人にしか分からない。
それで辛い時にアタシはキッチンの板の間に寝る。なんでか分からないけど楽になった気がするから。
最初のうちこそ外から帰ってきたり部屋から出てきた時にキッチンに横になるアタシを見て驚いたりオロオロしていたカレも今や慣れたもん。
「ああもう、また床に寝て。体が冷えちゃうよ」
と毛布を持ってきてくれるついでに膝枕をしてくれたりなんかする。
「なぁ、いつもみたいに手ぇ貸してくんない?」
特に辛い時にアタシはカレに頼みごとをする。
一度したんだから一回も二回も同じだとアタシは思うんだけどカレにはそうじゃないらしくて毎回躊躇う。
でも結局アタシの頼みを聞いてくれる。
ゆっくりと躊躇いがちに伸ばされるカレの手首を掴んでアタシは手のひらをスェットの中に入れて下腹部にのせた。
カレの手のひらは温かくて気持ちいい。
腹の奥の方から温まる感じで痛みが和らぐ気がする。
試しに使い捨てカイロを使ったこともあったけど熱すぎて低温火傷になりかけた。
多分、カレの体温がちょうどいい塩梅なんだと思う。
そんな風にアタシの我儘を聞いてくれるカレでも怒ることはある。
過去の経験のせいでアタシは部屋の横引きの扉を閉められない。扉を開けられるという行為に恐怖心があるからだ。
だから、気にしなくてもいいよと言っているのにカレは部屋の前を通る時に
「通るよー」
と声をかける。
ある日、寝る前のストレッチをしていた時にカレが通って
「胸、見えてるよ!」
と慌てて顔を背けた。
母親は美人だったけれど不摂生で体系はだらしなかったから同じようになるまいと寝る時もナイトブラをするアタシもさすがに家だしノーブラでやってたんだけど緩めのタンクトップだったせいかポロった。
自分でも気づいて直そうとしたところにカレが通りがかったってわけ。
「ごめん、今直すところ」
アタシにとってカレは男の身体を持った女だから気にすることもないんだけど一応謝る。
「分かった。でも気を付けてよね」
そう返事をしたもののカレの機嫌は悪そう。
その後、どれくらいしてだったかアタシは同じようなことをしてしまう。
カレは、いつも通りに通ることを宣言したと思うんだけど風呂上がりで髪を乾かしていたアタシはドライヤーの音で聞こえてなかった。
「……!!」
「えっなに?」
こっちを見ているカレが何を知っているか聞こえなかったアタシはドライヤーのスイッチを切って聞き返す。
「胸が見えてるってば! それにパンティも」
あードライヤーかけてるうちにキャミの肩紐落ちたのか。
「家にいるんだしちょっとくらい緩くてもいいじゃん」
そう言いながらも胡坐をやめてショーパンから見えているであろうパンツを隠す。
「それはそうだけど…僕もいるんだから」
「んな、アタシの胸なんか見たって……だいたい女ならみんなついてんだ――」
しくった。謝ろうとした矢先にカレが言った。
「そうだね。女の子ならみんなついてるよね」
怒った。いや怒ったというか悲しみ? 見たことのない
「だから見せられると羨ましくて……とっても妬ましくなる」
自分の言葉に驚いたようにハッしたカレは顔を反らすとアタシに謝る隙も見せずにそのまま外に出て行ってしまった……
そうだった。女同士と言ってもカレはまだ男の身体なのに無神経なことを言った。
アタシはものすごく反省して、帰って来たカレに謝った。
「ごめん! 本当にアタシが悪かった」
「……気にしてないよ。きっとこれからもっと君じゃなくて他の人からも言われるだろうから流せるようにしないといけないし……」
それでもアタシはカレに平身低頭謝り倒した。
それからもブラだろうとパンツだろうと本来衆目に晒されてはいけないものが見えると注意されることはあったに。
予想でしかないけれどカレにはカレの追い求める女性像があるんじゃないかと思う。
だからってアタシがそんなのに従わなきゃならない理由は無いから……とりあえず、予算の許す範囲でキャミとタンクトップはカップ付きを揃えることにした。
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