第17話
ぱしゃんと湯船の揺れる音がユニットバスから聞こえてくる。
躊躇するカレを廊下奥の脱衣所に無理やり押し込めて、観念するまで扉の前で座り込んで問答すること数分。
「汚れたかっこで寝かせられない」
が決め手になった。
頃合いを見て扉から離れて着替えを用意する。
と言ったってアタシの服しかない。
小さくても我慢してもらうことにしてアタシの持っている中でも大き目のシャツとパンツをクローゼットから取り出す。
下着は……使用済みしかないから貸さない。
使用済みの下着を人に履かせるなんて何か人としてダメな気がするから。
「着替え、洗濯機の上に置いとくからな。アタシのだから小さくても我慢しろよ」
「分かった」
一応、ノックしたから慌てた様子もなくカレが返事をする。
さてと。
ベッドを見て考える。
人が泊まることなんて考えてないから余分な布団なんてない。
当然、一緒に寝るしかない。
あんなお坊ちゃんを床に寝かせたら明日の朝が大変だ。体中ガチガチになって痛がるのは目に見えてる。
かといってアタシだって、もう床だったり隅っこに隠れて寝るようなのもごめんだ。
とりあえずタオルケットをくるくる巻いてベッドの真ん中に置いてみる。
セミダブルだし何とかいけんだろ。
「お風呂ごちそうさまでした……何してるの?」
腕を組んで満足していると部屋の入り口からカレの声。
「ベッドがひとつっきゃないから境界線作ってみた。どう? いい感じだろ」
アタシの満足度に対してカレの満足度は低い感じ。
「僕は床でいいよ。急に来て泊めてもらうんだし」
「急に来て泊めてもらうんじゃなくて、これから暮らすんだよ」
カレの言葉を訂正しながらベッドに乗って奥の左側に移動して、右側をポンポンと叩く。
「こっちがアンタの……」
風呂上りで血色の良くなったカレを見てアタシは黙る。
……思ったより服が小さくないな。
「着替え、大丈夫そうだな」
「ああ、着替えありがとう。でも、やっぱり女の子の服だと胸元が余っちゃうね」
当たり前だ。アタシの気持ちとは真逆にクラスの子にうらやましがられるくらいにはある。
「腕周りとか余裕があるし」
腕? 余裕?
「パンツもお尻が余るけど意外と履けるものなんだね」
骨格? 骨格なのか? 確かにアタシはちょっと身体が大きい気はしていたけど……
はた目にはどう見たってアタシより大きいと思っていた相手が実際には逆だと分かって少なからずショックを受けているとカレは何か勘違いしたのか
「やっぱり、僕は床で寝るよ」
と口元を押さえ目を逸らして言った。
「明日さぁ。朝からバイトなんだ。早く寝たいから家主の言うことを聞け。あと寝る時は電気消さないで」
ちょっとむくれたアタシはカレに背を向けて横になった。
「寝る時に電気消さないの? 明るくない?」
あの時に聞こえていたかは分からないけれど全部話したつもりのアタシがカレに隠すことは無いから正直に、でも小声で言う。
「……暗いのは怖い。暗いとまた部屋に入って来るんじゃないかって怖くなる……」
ギシッとカレの体重が背中側のベッドにかかる。
重さが点から面になり、カレが横になったのが分かった。
「バイト先さ。イタリアレストランなんだ。店の名前はイタリやん。関西かって名前なんだけど店長がいい人でさ。明日紹介するよ。色々相談に乗ってくれると思う。なんたって元男だから」
そう、店長は元男だ。本人は隠しもしない。男として生きた人生も否定しないと公言しているから名前は男時代の名前をそのまま使っている。
そしてアタシの保護司でもある。
店長がいたから多少の無理はあってもアタシは学校に通えるようになったのだと思う。
「僕が行っても迷惑じゃないかな」
呟くような小声のカレの背中を丸めた背中でぐいっと押す。
「そう言うのはもう無し! 生き方を決めたんだから腹を括りなよ。そんなこと言ってるとベッドから落としちゃうぞ」
背中で触れたカレの背中はアタシより体温が高いのかほんのり温かい。
「そうするように頑張る。ベッドから落とされたくないし」
二人でちょっと笑って、それから寝た。
翌朝。
目を覚ますとアタシはカレの背中に抱き着いて寝ていた。
ずっと一人だったから久しぶりのひと肌に吸い寄せられたかも。
きっとアタシが抱き着いてからずっとそうしていただろうカレは結局ガチガチに固まっていた。
「えーと……ごめん」
これから先、この言葉をアタシは何度も口にすることになる。
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