第15話
「そんな地獄みたいな日々が続いたある日。
何を思ったのか父親は一線を越えようとした。
犯そうとする父親に必死に抵抗するアタシの窮地を救ったのは誰だと思う?
兄だよ。同じつもりで来たんだろう。親子だけあって考え方が似てるんだ、きっと。
二人が殴り合いを始めて、力負けした兄が包丁を持ち出してアタシに覆いかぶさろうとした父親を背中からぐっさり。
やっと母親が騒ぎに気が付いて、救急車と同時に警察が来てアタシは保護された。
落ち着いてから学校に行くと世界が変わったことを思い知らされたよ。
周りの目が、口が言う。
父親と兄に
前にどうして舌ピをしてるか聞いたろ?」
口を大きく開いてアタシは舌を出す。
「自傷だよ。
今のアンタみたいな顔をして外に出られなくなったアタシの目にピアッサーガンが見えた。母親がピアスに開けるのに使ってたやつが無造作に転がってた。
自分に罰を与えるつもりだったと思う。
アタシはそれを口に咥えて思い切り噛んだ。
刺さりどころが悪かったのか、すげえ痛くて口を開けばいいだけなのに痛いから余計に強く噛んで七転八倒して、腫れ上がった舌で窒息しそうにもなった。
そうして何度も刺しているうちにこんなことよりも死ねば楽になれるって方に考えが向き始めた。
でも、ご覧の通りアタシは生きてる。
ベランダから飛び降りようとして気付いたんだ。
ここで死んだらアタシの負けじゃないかって。
父親と兄にいいようにされて世間様から汚物のように見られて。
このままで終わるもんか。
今を変えてやるって舌ピを入れた。ピアスをすると運命が変わるなんて話を鵜呑みにしていたのかもしれない。
髪を黒く染めて伊達眼鏡をして、アタシのことを誰も知らないこの街の中学を受験した。
合格して形式上母親と同居って形で中学から一人暮らしをしてる。
舌ピを隠して優等生の皮を被ると世界は少し平穏になった。
だけど……それでもやっぱりアタシはアタシが嫌いだ。
女であることが嫌いだ。
毎月毎月生理が来る度に女だってこと思い出させられて死にたくなる。
かと言って男になりたい訳じゃない。
男は嫌いだ。男は怖い。
前に僕が怖いって聞いたよな。
怖いよ。でもアンタが怖いんじゃない。アンタの中にあるかもしれない男が怖いんだよ」
カレの表情は動かない。
聞いて…聞こえてないのかもしれない。
「……何が言いたいかって言うとだな。
自分が嫌いで女の身体が嫌で世間様の理屈では確かにアタシは汚れてるんだろう。
だけど魂は別だって思ってる。
魂だけは誰のものでもないし、誰にも汚されてない。
そう思ってるから……こんなでも生きてる。
アタシ……アタシが話したかったのは…そんだけ」
アタシは立ち上がって病室を出ようとして、言い忘れたことを思い出す。
「……陸上をしてるとか、男とか女とか関係なしに、アタシはアンタって人間が好きだよ」
伝わったかどうかは分からない。
カレが聞いていてくれることを願いながらアタシは全部をさらけ出した。
こんなアタシでも生きてるんだと知って欲しくて。
しばらくしてカレが心療内科に通い始めた、と風の便りに聞いた。
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