第13話
大会が近くなってカレの練習が増えた。
つまり家庭教師は開店休業状態でバイトまで暇を持て余したアタシは、時々カレの練習を教室から見物する。
調整は順調なようでカレの表情も明るい。
今日も軽いランニングの後のタイムアタックが始まろうとしている。
ピーっという笛の音の後のパーンと言うスターターピストルの音
一斉に走り出しカレが体一つ分前に出て――こけた。
「あっはは! こけた。こけたよ」
アタシは倒れたカレを指刺して大笑い。
あれ? なんか様子が……
突然、校庭から鳴り響いたそれは叫びと言うよりもむしろ悲鳴だった。
不気味さを感じるその光景にアタシは席を立って教室を走り出す。
校庭につくと野次馬が集まり出していてカレが遠い。
「どいて!」
邪魔な野次馬を掻き分けて視界が開けるとカレは倒れたまま、左足を抑えて悲鳴を上げ続けていた。
「救急車は?!」
「お前かけたよな?」
「いや、あいつが――」
誰かが呼ぶだろうから、ってやつで誰も何もしていないヤツだ。
アタシは一番近い奴からスマホを奪い取って救急車を呼ぶ。
その間にもカレが抱える左足の様子を見る。膝と足首の間が大きくズレて酷く腫れあがっている。こんな場所の捻挫はあり得ない…骨折……なんでこんな大切な時期に。
どれくらいの時間を待っていたのか校庭に救急車が到着し、陸上部顧問とアタシを乗せて救急車は校庭を後にする。
街中を走った救急車は一番近い病院に進路を取って、着くなり緊急手術が始まった。
手術室前は、昔見たドラマと違って手術中の赤いランプの付いた扉の前ではなく幾つもの手術室へ繋がるエントランスのソファーで待つように告げられる。
手術室の入口に立ってアタシはただ終わりを待つしかできない。
「そんな! カレは陸上界のホープなんですよ!」
突然、陸上部顧問の叫ぶような声が廊下に響き渡る。
アタシが目を向けると医者を前にした顧問は慌てて口を押え反対方向に顔の向きを変えた。
口元に組んだ手を当ててアタシは医者と顧問のヒソヒソ話に耳を澄ます。
いくつか耳に届いた聞こえた言葉によろめいて壁に背中を付け、立とうとするのに膝に力が入らない。立っていられないアタシはそのままズルズルと下がって床に腰を落としてしまう。
(ウソだろ…)
握った拳を額に付けて考える。
神様なんていない。
そんなことは分かってる。
何年も助けて下さいと祈り続けたアタシに救いは来なかった。
でも…もし…もしも本当に神様がいるなら……お願いです。
どうかカレから陸上を奪わないで下さい……
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