第9話
「二人共鼻骨骨折。一人は左手小指に足の親指骨折。ちょっとやり過ぎじゃないか?」
事情聴取と言う名目で生徒指導室に呼ばれたパイプ椅子に座って待っていたアタシとカレ。姿を現した担任から目の前に座ると同時に嫌味を口走る。
「……顔を捕まれて無理やり立たされて、後ろから押さえつけられた上に胸を触られました。それでパニックを起こして暴れてしまっただけで骨折は単なる結果です。先生も私の家庭に事情はご存じでしょう?」
優等生の皮をかぶり直したアタシは、いつもの様に口元を隠しながら丁寧な言葉づかいで渋面のまま腕を組む担任に回答する。
思い出すと掴まれた胸が感覚を覚えていてズクンとした感覚に嫌なことを思い出して寒気がした。
「そうは言ってもだな。あいつらだって根は悪い奴じゃないんだぞ。野良猫に餌をやったりだな」
出たよ! 普段素行が悪くても一つ当たり前のことをしただけで許される奴。
アタシから言わせりゃ野良猫に餌をやるのは偽善だ。本当に優しけりゃ飼うなり里親を探すなりしてやれっての。
「そうです。胸に触っているのは僕だって見てます。その、いい乳してるとか、くっ…」
隣で同じく事情を聴かれているカレが声を荒げて、急に顔を赤くする。
「くっくっ咥えさせるとか下品なことをまで言ってたんですよ!」
おお、どもっちゃって純情だな。って言うかそんなことまで言ってたのか、あいつら。
「確かに他にも見聞きした生徒はいる。だがな。あんまり事を大げさにすると騒ぎを嫌って大学推薦の取り消しだってあるかもしれないんだぞ」
これだよ。素行の悪い奴と逆で真面目な人間は何か一つでも躓いたら一発アウト。
黙るアタシに担任は呆れた様子でため息をつく。
「それで? 話にあった舌ピアスは本当なのか?」
なんで、そっちに話が行くんだ?
「…装飾品についての校則はありません。彼らも派手に付けていますし。仮にしていたとして何か問題でも?」
「今回の騒動の原因なんだ。確認する必要があるだろう。どうなんだ。口を開けて見せてみろ」
「先生!」
机を叩いて隣のカレが立ち上がった。
「彼女は被害を受けた側なんですよ! どうしてそんな言い方をされないといけないんですか?!」
秘密を知っているカレはさぞや動揺していると思いきやそんな様子は微塵もなく真剣に怒っているように見える。
「あのな、分かってるのか? お前も当事者なんだぞ。大会が近いんだろう。問題が大きくなれば出場辞退にもなりかねんのだぞ」
「僕は……かまいません。次の大会を目指しますから」
「ふぅ、お前はいいかもしれん。だが、他の連中は? 三年生は今年で最後なんだぞ。お前のせいで引退試合を潰しても良いのか?」
先輩の話を持ち出されたカレは何か言おうと数度口をぱくぱくしてから黙り、唇を噛んで静かにパイプ椅子に腰を下ろす。
可愛がられていそうだもんな、こいつ。
「はぁー、もういいやメンドクセェ」
口元隠しながらアタシは、ため息交じりに呟く。
「こいつはアタシを助けようとして巻き込まれただけで関係ない。殴られてむしろ被害者。あいつらが何も処分を受けないなら
いきなりのアタシの豹変――地を出しただけ――について来れない担任は目をこすり、何度も瞬きしたりと忙しい。
「まっ待て! まだ舌ピアスの件が――」
アタシは振り返ると中指を立てて舌を出す。
「うっせぇ、ボケ」
その日、アタシは優等生をやめた。
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