第7話
それからというもの陸上部がある時は休憩中に。部活が無い時はクラスから人影が消えてから、カレはアタシの前の席に座るようになった。
言葉少なく、話しても内容は星や花や空のこと。好きな映画や女について話をする。
それに対してアタシは最初のうちは無言だったり、そうとかだけ答えて、時々興味のあることだけ二、三言言葉を交えるなっていく。
そうなったのは、カレにアタシが知る男の特有のギラギラした感じがまったく無いからだった。
だからなのか女の話が身体に至っても男が話すような嫌らしさがなく感じるのは憧憬。
まるで手の届かない星に手を伸ばしているように。
だからアタシの胸をちら見した時のカレに不快を感じなかったのだと思う。
たまに授業が分からなくて聞きにくるクラスメートの女子を相手にしているような気さえする。
そんなカレは、陸上部が休みの今日も一度教室を離れて戻ってアタシの前の席に座っていた。そして戻って来た時に手にしていた無糖のコーヒーがアタシの机に置かれている。
話の流れでコーヒーならブラックが好きと言ったのを覚えていたのだと思う。
違うんだって。本来ブラックには砂糖が入ってるんだって。無糖なんて苦くて飲めるかっての。
まあ、それ以前の話だということにさすがのカレも気づいてるだろう。
カレの見ている前でもらった飲み物にアタシが手を付けていないことに。
その証拠に手を付けないコーヒーへちらちらと視線が動く。
目が合うとコーヒーを見ていたのがバレたと分かって、口元を隠して視線を右斜めに逸らすという困った時の仕草を見せる。
「もしかして…捨ててる?」
「そんな勿体ないことするか。ちゃんと飲んでるよ。っと、そう言えばもらったのにお礼を言ってない。ありがと」
「……迷惑じゃないの?」
「はぁ? 何言ってんの。迷惑に決まってんじゃん」
「迷惑なの?!」
想像もしていなかったのかカレは驚いて――思わずだろう――立ち上がった。
「あのねぇ…あんた、アタシがなんで居残ってると思ってんの?」
「そう言えば……どうして?」
質問に質問で返すなよ。
「担任に仕事を押し付けられてんの。優等生の皮を被ってる手前断れないんだよ」
「それなら僕も手伝うよ?」
「お断り。個人情報もあるから見せられない」
この作業はアタシが身を守る手札の一つでもあるんだから迂闊に人になんて渡せるもんか。
ましてやこんなホワホワを巻き込む訳にいくかってーの。
「そういう資料なのかぁ。じゃあ手伝えないね……」
倒れ込むように椅子に座り、あからさまに残念そうな顔をしてカレはうつむいてしまう。
「最初に断っておく」
アタシはバックから除菌ティッシュを出しながらカレに言った。
「アンタからもらったからじゃないからな」
缶コーヒーを除菌ティッシュで包むように掴んで、もう一枚で拭く。特に飲み口と溝は念入りに。
無言でアタシの動きを見ているカレに拭き終わって汚れた除菌ティッシュを見せてやる。
「汚っ?!」
「何処の誰が触ったか分からない上に何処にどんだけ置かれてたかも分かんないんだから、一度拭かないとアタシは口にしない」
理由はもう一つあるけど話す気はない。
「そっかぁ。気にしたこと無かった。うん、僕も気を付けよう」
「気を付けるって言うならな。コーヒーのブラックは無糖じゃないからな。アタシが好きなのはブラックコーヒー」
「ごめん」
海外は、ってことは言わない。
しおらしくなったカレを横目にプルトップを開け、一口コーヒーを飲んだアタシは
「苦っ!」
とつい声に出してしまう。
すると急にぱぁっとカレの顔が明るくなった。
「あのね、こういう話があるんだ。日本人がアメリカで旅行してハーレムに行った時にね。コーヒーを飲んだらあまりにも苦くて思わず、苦ーって叫んだんだってそうしたら周りを――」
小話のような話を初めたカレに笑わされながらアタシの放課後は過ぎて行った。
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