第6話

 突然、女の子になりたかったとか抜かしたカレは、アタシにと言うよりも独り言のように話し出す。

「最初の違和感は幼稚園の頃。

 僕もピンクのスモックがいいな。

 どうして男の子は可愛い物が好きじゃいけないんだろう。

どうして僕にはこんなものが付いているんだろう。

 年を重ねるごとに疑問が増えてなりたい自分から遠ざかって。

 小学生の時に父さんに言ったんだ。

「女の子になりたいって」

 カレは黙った。

 聞かれるのを待っている、そんな雰囲気で。

「なんて?」

「男のくせに女々しいことを言うなって、ガッツン」

 カレは自分で自分を殴って見せる。

「母さんからは女装癖を疑われて、可愛いと思って集めたものは全部捨てられた。

 唯一隠し持ってたお気に入りのチャームを除いて」

 胸元から取り出したスマホに着いたチャームをカレは眩しそうに眺める。

「女の子になりたいって言うのは悪いことなんだって思ったから、もう考えないようにして勧められるままに陸上を始めて……今では陸上部でエースなんて呼んでもらってる。

 幸いなことに今のところは僕の記録を超える女子はいなくて…男だからこの記録を出せてる。男でいるべきなんだなぁって。

 だから陸上は僕の……男である証明って言うか、えっと」

「レーゾンデートル?」

「レ…?」

「存在証明」

「そう! それ!

 カレが勢いよく立ち上がりこちらを向いて顔を寄せる。その分アタシは少し下がる。

「僕の男としての存在証明なんだ」

 そう言いながらも眼を逸らしたカレは力なくズルズルと椅子に腰を落す。

「……それでもね。男も女も無くて僕と何も変わらなかった女の子達の身体が変わって胸が――」

 一瞬だけちらっとアタシの胸元を向くカレの視線。不思議と不快感を感じない。

「膨らみ始めたりして綺麗になっていくのを見ると今でもうらやましいって思う」

 また顔を逸らしてカレは黙り込む。

「その話はアタシの舌ピを話さないってことの補償にはならないよ」

 何か考えてる横顔にアタシは冷たく突き放すように言った。

「…そう…だね。証明できるのはユニサスがあることと陸上部のエースって言われていることだけだから。うん、そうだね」

 うなずいてカレが立ちあがり、アタシはさらに少し椅子を下げる。

「もしかして僕って怖い?」

「言わない」

 カレを怖いと感じないが、怖いと感じる気持ちはあるからだ。

「そっか。じゃあ、用事は済んだから帰るね。ユニサスを拾ってくれて、僕に返してくれてありがとう。また明日」

 カレが教室から出て、しばらくしてグラウンドを歩いて校門を向かっていくのを見送る。

 一度だけ振り返りカレは大きく手を振っていた。

「さてと」

 物には罪は無い。

 机に置かれたペットボトルを除菌ティッシュで丁寧に拭いてからキャップを開けてお茶は美味しくいただいた。

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