第5話
もしかしたら舌ピを理由に脅してくるかもしれない。
なんて考えていたけどまったくの杞憂だった。
普段通りに朝の挨拶をして授業を受けて、いつものように担任から雑務を押し付けられて放課後の教室でキーボードを叩く。
横目に見るグラウンドに人影はなく、陸上部は休みらしい。
とりあえず一区切りを着けて伸びをすると待っていたかのように教室のドアがノックされた。
眼を向けると私服のカレが立っている。私服登校が許されてる
てか陸上部休みじゃないのかよ。
「入ってもいいかな?」
「……アンタのクラスなんだから好きにすれば」
躊躇いがちなカレをアタシは冷たく突き放す。
小首を傾げるように頷いたカレは自分の席に向かうのかと思えば、迷うことなく歩いてアタシの席の前に座る。
やっぱり脅すつもりなのかもしれないと、何を要求してくるのかと、身体を要求したら殺すなんて考えていたアタシの前にペットボトルのお茶が一本、ことんと置かれた。
「昨日のお礼。ペガ――」
「ペガコーンって言うなよ。言ったら殴るかんな」
きょとんとするカレの表情が次第に緩んで破顔する。
「僕のはユニサスだよ。言わないよ、ペガコーンなんて…あっ!」
「ぶふっ」
思わず口にした言葉に気付いて慌てふためくカレの様子とやっぱりその名前が笑いのツボを突いてアタシは吹き出してしまう。
釣られてカレも笑い出して、しばらく教室には笑い声だけが響いていた。
「それで? アタシに何か用?」
「ユニサスを拾ってもらって嬉しかったからお礼をしたいなって思って。お茶一本なんて安くて申し訳ないんだけど……あれ? 君、メガネに度が入ってないの?」
おや、珍しい。俯きがちにしているから気付かれもしないのに。
もっとも机一つ分の距離しかないんだから当たり前か。
いつでも後ろに下がれるように気を付けながらアタシは眼鏡を外す。
「そっ、伊達。裸眼でニ・五ある」
「そんなに目が良いならどうしてメガネなんて」
「優等生に見えるから」
眼鏡をかけ直して中央を押して位置を整える。
「眼鏡をかけてると世間様は優等生に見てくれるんだよ。黒縁ならなお良しってね」
「…その口調が。それに舌ピアス見えてるけど今日は見えていいの?」
口元を隠さず、本来の粗野な口調にカレは若干引き気味のご様子。
「舌ピはどうせ昨日見られて弱み握られてんだからネコ被ったって仕方ない」
「…いつからピアスしてるの?」
「中学入る前から」
「どうしてって聞いたら教えてくれる?」
「言わない」
「そっか…ファッションとは言わないんだね」
押し黙るアタシから視線を逸らしたカレは窓枠に背を押し付けながら床を見つめる。
「舌ピアスのことは誰にも言わないから安心して。って言っても信用できないよね。だから僕も秘密を打ち明けるよ」
ふーっと息を吐いたカレは天井を見上げて言った。
「僕、女の子になりたかったんだ」
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