another time 22

「まだ、こっちでは半日しか経ってないとは」

ワイワイガヤガヤと落ち着かない頭のまま、このまま居ても仕方ないので和室をそろそろと出た。


ナルシはソファーでスーツのまま座っていた。険しい顔で疲れた様子だった。

おそらく寝ていないだろう。


「ナルシ、おはよう」思いつく言葉がなかった。

「ショウ!」


ショウにとっては懐かしい顔と声だった。


「ナルシ久しぶり!会いたかったよー」

ショウは万感の思いでつい言ってしまった。

立ち上がって近付いてくるナルシに走って行ってそのまま飛びついた。

「何言ってるんだ!」

事情を知らないナルシは、当然怒っていた。


「どこ行ってたんだ!探したぞ!二人に聞いてもわからなかっし、スマホも財布も持たずに!まさか誘拐されたのか、とか色々、ほんとうに心配したんだぞ」

怒っていたが目には涙が浮かんでいる。


「えーと…」どうしよう、皆さん!


一瞬で行われた古川祥一郎会議で素晴らしい意見が出た。ちょっと苦しい言い訳だがこれしかない!


「押し入れの中におった!」

「え?」

ナルシはポカンと口を開けた。

「驚かそう思うて、上のお布団に寝そべって待っててん。

帰ってきたらどっか食べに連れて行ってもらおと思って!色々考えてたら、そしたら、案外押し入れの布団が心地良くてさ。いつの間にか爆睡しちゃって、さっき起きたんだ」


「押し入れ…盲点だった。部屋は見たのに」


ナルシはショウを抱きしめて長いため息をついた。

「でも、良かった。何ともなくて」

「ごめんね、そんなに心配してたなんて。うわ、蒼海と颯人にも謝らんといかんのかあ。失敗したな。颯人とかめちゃくちゃ言われそう」


「僕が騒ぎ立てたんだから、謝っとくよ。ご飯何も食べてないんだろう?もう昼だ。食べに行くか?」


「いいね!僕シャワー浴びてくる!」

上手く誤魔化しきれて悪い笑顔になっているのを見られたくなくてナルシを振り解くと浴室に直行した。


「みんな、助かったよ」心からお礼を言った。

「いやいや」

「提案、僕」

「凄いな」

「よく信じたな」

「よくやった」

「面白すぎる」

「強気の勝利」

「今度はほんとにやれ」

「信ぴょう性つく」

「成程!そうする」ショウは頷いた。


プルプルに埋められたり塩をぶっかけられたりした。実際には汚れていないのだろうが、久音と寝ている。久音の世界の名残を全て消したかったので丁寧に洗った。


「気にするな」気を利かしたのか一人だけ声をかけてきた。

「ありがと、しょういちろ、」涙が込み上げてきてそれ以上言えなかった。

「さよなら、久音」


他の祥一郎達が話題を変えた。

「お腹空いたような」

「何食べるの」

「寿司」

「肉」

「ラーメン」

「そもそも味わえるのか?」

「気合いだ」


取り敢えず、事務所に寄って二人して蒼海さんに謝った。

最後に「よく眠れたんなら午後から仕事して下さいね」

と圧を受けたので慌てて外へ出た。


ナルシと歩道を歩いていると祥一郎達は半分くらい大興奮していた。何言ってるか聞き取れないほどだ。

ショウも、見慣れた風景ながら久しぶりに新鮮な気持ちを味わった。

「あー、明るい!晴れの日っていいなあ」

ナルシに言ったのだが興奮組が次々に返事してきた。

「そうだよね、ホントあそことは大違いだ」

「何言ってるんだ?一人で会話して」


うぇっまた間違えた。つい祥一郎達の会話に返事してしまう。

「押し入れよりいいねって話なんだけど」

ナルシは少し笑って「そうだな。今後押し入れ入るの禁止な」

とさりげなく禁止事項を増やした。

「それくらいいいやろ、ケチケチナルシ。じゃあ、いい加減ドアを解除する番号教えてーや」


「ケチケチナルシって、なんだよ。妖怪みたい。番号か、さて、どうしようかな?」

二人はランチを安価で提供している料理店に入って行った。

祥一郎達も味が伝わるようで、それぞれ感想を言い合っていた。

事務所に行けば、昼から予告通り仕事がどんどん割り振られてきた。それを事務をやっていた祥一郎達のアドバイスという名のツッコミを必死でかわしつつ処理した。

途中、颯人がケーキを買って持ってきたので三人で休憩に食べた。


「結局、お前の単なる隠れんぼに我々は付き合わされたんだ。馬鹿馬鹿しい。間抜けすぎる。何やってんだよ。必死だったぜー叔父さん」「うう、申し訳ない」

案の定、颯人にネチネチ言われたが、反論できない。

蒼海は「愛だね」と一言言っただけだ。

ナルシさえ納得させられたら、他で何言われても気にしない!

颯人は鬱陶しかったがみんなで食べるケーキは美味しかった。


七時頃にナルシが帰ってきたので事務所に来た毎週頼んでいる宅配の野菜ボックスを持たせて家に帰ってきた。


夕飯が夜食になるほど遅くなった。


仕方なかったんだけど、風呂場直行で二人でシャワー浴びた後は、ナルシの気が済むまで抱かれるはめになった。


祥一郎達には「見なかったことにして」と頼んだが、当たり前だけど僕と同じ身体の都合上sexした事がない人が多いのか、ほぼ全員が参加して大興奮で堪能していた。

あっちで久音としてた時に共鳴の様なものが起こって、僕が感じていた快感がみんなに伝わっていたらしく、あまりの気持ちよさに癖になったらしい。

その時の様子まで聞かされて、今までになく、この上なく申し訳なくて恥ずかしかった。


でも、ナルシの愛撫は優しくて、気持ち良くて、まもなく他の祥一郎達の事は気にならなくなった。


ショウは途中で泣き出したが、久音の時と違ってどこまでも優しいナルシへの想いがいっぱいで溢れてしまったからだ。


ナルシの元に帰ってこれた。

久音の代わりじゃなくて、ナルシ自身に抱かれている。

身体の奥まで何度も貫かれて何度もイった。


この湧き出てくるナルシに対する感情が「愛おしい」なんだろうか?


「そうだよ多分」一人がうっとりと答えた。

「僕はこんな感情持った事なかったよ」


「ナルシ!」ナルシがイってお互い抱き合った。


「僕、ナルシを愛してる」ショウが囁いた。


「ショウ⁈本当に?」

ショウは恥ずかしそうに頷いた。

上半身を起こしたナルシは笑おうとしたが、涙が後から後から出てきてショウに降り注いだ。


「ありがとう。僕も、ずっと愛してる」



二人の生活はずっと続いていく。

ショウはいつか訪れる転移の日まで一日一日を大切に生きようと決意した。


それから時間が進み、ナルシの誕生日のお祝いを事務所のみんなでやって、その後、家で二人だけの誕生日会をした。来月ショウの誕生日で、26歳になる。


いつ転移が起こってもおかしくない。

ショウは今まで同じ世界に26歳まで居た事がない。それはどの祥一郎も体験している。


二人でワインを開けて、早飲みしないようにショウは時々見張られながらゆっくりワインを飲んでいた。


それはやはり突然きた。

ショウはふとワインを持った手を見ると向こうが透けて見えることに気が付いた。

落としてしまう!ワイングラスを慌てて置く。

ナルシは台所だ。

ショウは静かに立ち上がった。


身体も透け始めていた。進み具合が早い。

「ナルシ!」

慌てて呼んだ。


「何だ、もうちょっとペースを、ショウ、どうしたんだ⁈」


ナルシは慌ててやって来た。

「ショウが透けて見える…僕の目がおかしくなったのか?そんなに飲んでないぞ」


ナルシはショウを掴もうとして空を切った。

「どうなってるんだ、ショウ⁈」

「転移だ、転移が始まったんだ」

「何だそれは⁈」

「僕、違う世界に飛ばされるんだ。お別れやナルシ」

「何、突然そんな」

「ずっと昔からそうなんだ、でも、僕は大丈夫だから!新しい世界でもやっていけるから!ナルシのおかげだよ!今までありがとう!」

「何言ってるかわからん!どこへ行くんだ!どうして」


風が巻き起こった。飛ばされてしまう。

「ナルシ、愛してる。ああ、ホントは行きたく無い、行きたく無い。大丈夫じゃない。

一人になりたくない!嫌だ、嫌だー!」


ショウは崩れ落ちるように床に手を付いた。

「ショウ、どうしたらいいんだ」ナルシもショウの前に膝をついて手を広げている。


「助けて、助けて、誰か、祥一郎!」思い切り叫んだ。



「大丈夫、僕が行くよ」

頭に響いたと思ったらものすごい目眩と頭が引っ掻き回されるような感覚がやってきた。

身体が前に引っ張られる。


「今までありがとう!楽しかった」

胸から何かが無理矢理引き抜かれるような感覚があり、激痛がした。

「待って!」頭の中で叫んだが、他の祥一郎は一切反応しない。息を殺してじっとしている。


全部引き抜かれたのか、堪えきれず後ろへ飛ばされた。

「ショウ!」ナルシがショウの手を必死に引き寄せなかったら壁に激突していたかもしれない。


ショウはあまりの痛さに気を失ってしまった。



「ショウ、ショウ、目を開けてくれ、ショウ!」


ショウはパチリと目を開いた。


「ショウ、大丈夫か?何が起こったんだ?」


目を左右に動かし、ナルシを見た。膝を床についたナルシに抱えられている。


口がぱくぱく動いたかと思うと 

「あー」

「あー」

「なあーるシい」

と変な調子で声を出した。

「何だ?ショウ」


ショウは顔はナルシの方を向いていたが目を上下左右に動かしたまま言い始めた。

「ショウ」

「ちょーっと」

「時間が」

「かかゆ」

抑揚のない変な発音だ。

「話す」

「皆れ」

「そのまま」

「寝させーて」


ショウは目をやっとナルシに向けた。

ナルシは無表情に途切れ途切れ喋るショウを取り落としそうになって慌てて抱え直した。

「起きル、カラ」

「ワーかりーマスぅ?」

ショウは無表情のまま、じっと彼を見つめる。


ナルシは少し考えてから明るい表情で言った。

「大丈夫なんだな!ショウは!寝かせとけばいいんだな?」

ショウは頷いた。

「はい、でわ、よろし、ク」

言った途端、ガクン、と急に首が後ろに倒れた。

「ショウ!」


それきり返事がなかったので仕方なくベッドに寝かせた。しばらく眺めていたが目覚めないので、寝巻きに着替えさせた。

ショウは人形のように反応が無かった。


ナルシは祈るような気持ちで、そのまま付き添った。

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