another time 20
ショウは久音と小高い丘の草原に座って、景色を眺めながら取り留めのない話をしていた。ずっと草原が続き、遠くは霞んでいる。
風が吹いてきて髪が乱れ、久音はにっこり笑ってショウの髪を直した。ショウもつられて笑った。
「風が気持ちいいね」
「ああ、そうやな。もうちょっと此処居る?」伺うように久音が言った。
「そうやね」
言いつつ『いつから此処にいたっけ?』とぼんやり考えていた。
久音に草の中に押し倒されると、ショウも手を伸ばそうとした。
あれ?動かない。
手も足も。
久音はショウの服を捲って夢中でショウの上半身のあちこちにキスをしている。
身体が動かない。考えがまとまらない。ドウシテカナ…
ちょっと、え?古川さん⁈何これ気持ち悪っ。寝てる場合じゃないです!てかここ何処ですか!!
懐かしい声がした。
「ああ、また、原稿持ってきたの?」
はあ?何呑気なこと言ってるの?こんなとこに埋められてるのに?
「埋められてる?こんなとこ?こんな?ここどこ?」
私が知りたいです!
「起きて!古川さん!」
ようやく目を開けられた。
女性が、かがみ込んでショウを見ている。
毛先が青い茶色のショートヘアで、上が紫地で青い絞りが入ったブラウス、下は小さな鏡が刺繍と共に縫い込まれた赤いスカートという派手なエスニックファッションを身に纏い、よく見たらピアスが両耳に2つずつ付いていた。
見た目は何もかも変わっていたが、響く声と大きな瞳と少し引き攣った笑顔は変わらない。
「起こしてくれてありがと、夕凪だよね?」
「10年ぶりでよく分かりましたね。めちゃくちゃ変えたんですけど!」
「君は変わらへん」
「ありがとうございます。古川さんは外見も全く変わってませんね。年齢も超越なさったんですね、素晴らしいです!」
「相変わらずやね、その口調。夕凪も10年ぶりなんだ。僕は半年とかなんやけど」
「えっ?じゃあ、あたしの年齢、古川さんより上⁈そんなのイヤー!」
夕凪はショックのあまり顔を両手で覆った。
「見ないで〜肌の衰えを〜」
「…それより僕、うわっ」
ショウは黒くてツルツルした地面の下に顔以外本当に埋まっていた。
縦に埋まっていて弾力があって重さはないけど、ピッタリ吸い付いてハマっている感じがする。
「どうなってんの?なにこれ?」
「プルプルしてます。グミみたいな。手とか動かせます?」
「手や足の指はちょっとだけ動くんだけど他は無理」
「ここから出した方がいいですよね?」
「当たり前や、僕が好きでこうしてるように見える?」ショウは拘束感で気持ち悪くなってパニックになりかけた。
「古川さん、それは、あんまり、思いません」
「あんまりって何でタメがあるんや」さすが夕凪。ショウのパニックはすーっと落ち着いた。
「えへへ、堀り出すのにスコップとかシャベルとかあればいいんですが、何にも、へっ?」
夕凪が変な声を出した。
「どうしたん?」焦って聞いた。
夕凪はシャベルとスコップをそれぞれの手に持っている。
彼女も焦ってシャベルを取り落とし、ショウの顔の近くで先が刺さった。ショウは悲鳴を上げた。
「ごめんなさい!急に手に持ってたからビックリして力が入らなかったんです」
「僕もびっくりした〜」冷や汗が出た。
「本当にすみませんでした。では、せっかくなので掘りますね」
「ゆっくりでいいから。頼むから身体に刺さないで」
「善処します」「不安や」
彼女は恐る恐るシャベルを地面に刺して足で押し込んだ。シャベルはあまり抵抗なくめり込んだので、彼女は気をよくして僕の身体の周りをぐるっと丸く掘り進めた。
「頑張ってやあ」
ようやく今度はスコップで肩と腕周りを取り除いてもらうとやっと両手が自由になったので手をついて足も抜け出せないかと力を入れたが全く駄目だった。
仕方なく自分でもスコップで下を掘り進めていると、
「古川さん!大変!」と叫ぶ声がした。
「どうしたの?」
「プルプルが戻ってきた!」
上を見ると確かに掘り出したものが震えてせっかく掘っている所につるりと落ちてくる。
「やだ、あたしまで埋まるかも」夕凪はスカートなのに足で戻ってきたプルプルを蹴り飛ばし、シャベルで掘ったモノを思い切り遠くへ投げている。
彼女が武闘派とは知らなかった、と言ったら怒るだろうな。
馬鹿なことを考えつつこちらも急いで足元を掘り返して足を無理やり抜いた。落ちてくるプルプルを避けて不安定ながら必死によじ登った。
足が埋まってきた夕凪を上から引っ張ると
「プルプルめ、いつか食ってやる」と悪態をつきながらプルプル壁に足先を蹴り入れてそれを足場に駆け上がった。
「何故食べようと思うかな」
ショウと夕凪が掘り返したところは結局跡形もなく埋まった。
離れた所で座り込んで二人でハアハア息をついでいると、間近で声がした。
「あれ、中断されたと思ったら出とる。結構しっかり埋めたんだけどな」
白髪で赤い目の青年が二人の前に立っていた。黒いシャツに紺色のジーパン姿だ。
夕凪は咄嗟に立ち上がり、ショウの前に出てシャベルを構えた。
「お前か!プルプルに古川さんを埋めたんは!」
「プルプルって!おもろい名前付けとんな。誰だお前?」と白髪の青年は夕凪に向かって不思議そうに言った。
「どっからシャベルとか持ってきたんや?」
「夕凪、危ないよ!」
ショウも立ち上がって夕凪の腕を掴んで後ろへ下がった。
「もー!掘り出すの大変だったんだから〜」
夕凪は相変わらず怖いもの知らずだった。
男の様子が変わった。
「夕凪?」
「何よ!気安く呼ぶな!」一喝した。
「
「何で知ってんの?古川さんの敵の癖に!」夕凪と男はお互い大声になっていく。
「敵やない!お邪魔虫!何でここにおるんや!」
「知らないわよ!虫はあんたでしょ!あたしは気が付いたらここにいたの!」
彼は頭を掻きむしった。
「またそのパターンか、お前!気が付いたらここにおるのって!」
「そうなんだから仕様がないでしょ!」
ショウはこのくだり、どこかで聞いたような気がした。
「まさか、あんた久音?」夕凪はシャベルを床に刺して手を離した。シャベルは消えた。
「え、久音?」消えていくシャベルに気を取られていたショウも久音の方へ向いた。。
「ショウ、もう僕の今の姿忘れたん?僕の昔の姿のまま夢見させたせいかな?」
久音は呆れて言った。「夢?」
「なにその、赤目と白髪は?そんなんで久音とかわかる訳ない!いい年してそんな色痛いわよ!」
ド直球で指摘する夕凪にショウは頭が痛い。
「なりたくてなった訳やない」嫌そうに言った。
「ひょいひょいどこでも入れるお前と違って、他の世界に力技で何回も侵入したからな」
「じゃあ久音は僕を探すのにかなり無理したってこと?」
久音はショウの問いを嫌な顔をしながら無視して夕凪に怒鳴る。
「それより、お前帰れ!」
「古川さんをどうするの?」さっきと一変して低い声で夕凪は言った。
「ショウは僕といるに決まってるやろ」
「プルプルに埋めてた癖に」唸るような声だ。
「時期が来たら出す予定やった」
「そうなの?」夕凪は振り返ってショウを見た。
「今初めて知った。なんで僕は埋まってたん?」
「どういうこと?」夕凪は真っ直ぐ久音を睨んだ。
「ショウは僕とここにおるって決めてるからええんや、お前は要らん帰れ」
「帰れ帰れうるさいっ。一人で帰れる訳ないでしょ?今回は古川さんに呼ばれたんだから!」
ショウと久音は驚いて夕凪を見た。
「ショウ?呼んだんか?」冷たく久音は言った。
「呼んでない!呼んでないって!」
ショウは慌てて否定した。
「君と僕の世界は違う。どうせなら君だけでも、自分とこ帰れるんなら帰り!」ショウが庇うと
「いいえ、久しぶりに一緒に近所まで帰りましょう?前も送ってくれましたよね、古川さん」
久音に向かう時とは百八十度変えた笑顔と優しい声で言った。
「そんな事できるの?」「今回は私がお送りします」
しかし、ギロっと久音を睨み、上を向いた夕凪はおもむろに両手を上げて叫んだ。
「バズーカ欲しいっ」
「「はあ?」」ショウと久音がハモった。
次の瞬間バズーカが夕凪の手にあった。
「重い!取り敢えずっ距離を取りたい!!」
こっちが前かな〜と言いながら久音に向かって肩で構えた。
「馬鹿!そんなの危ないよ夕凪!」何でそんな物まで出せるのかわからないが、明らかな危険を察知して夕凪を止めようと手を引っ張った。
「何や?そんなん出せるんか!」久音が焦って叫ぶ。
「撃て〜目標久音!」夕凪は二人と違って楽しそうにノリノリの声で叫んだ。
「ちょっ待って」「そんなんで打てるわけ無いやろ!」
しかし、どーん!と音がして出た弾が近くにいた久音に直撃した。
久音は後ろに吹っ飛んでいった。
「くおーん!」
「よし!やっぱり当たった!ザマーミロ!今のうちに逃げますよ、古川さん!出口あっちです」
バズーカを放り投げた夕凪は呆然となったショウの手を引っ張って反対側へ走り出した。
「あれじゃ死んじゃうよ!」
と抗議すると
「こんな嘘物武器で死にませんよ!でも偉大なる古川さんを誘拐して埋めるなんて大罪人は死ねばいいのよ」
と平気な顔で言った。
「君達は、考えも行動もホンマに危なすぎる」
「へへん!あたしは古川さん埋めたりしません。神棚に上げるほうです」
「僕の扱いが、二人共おかしいのわかってる?」
ショウは諦めて夕凪の後ろを走り続けたが、周囲の景色に何の変化もない。
突然前を走っていた夕凪が止まった。
「ヤバ」
前方に服をぼろぼろにした久音が怒り心頭でいきなり立っていた。
「夕凪ー!テメェいきなり何すんねん!」
「イヤー!こいつ真ん中に穴空いてるー」夕凪は慌ててショウの後ろに隠れた。
「大丈夫?やないよね…」ショウも怖々言った。
向こうが見える位穴は大きく開いて今たが久音は平然と立っている。
「それも忘れたん?僕はもう死んでるんやよ。幽体が衝撃で散ってるだけやから集めれば大丈夫。でも服は同じには元に戻んないんやけど。これ気に入ってたのに。どうしてやろうか、この糞
「死んでる?久音が?じゃあ、あんたがいるここは地獄なのね!」
「アホ抜かせ!ここは僕に与えられた特別な空間や。ここが地獄ならお前は悪魔や」
「だーれが悪魔ですってえぇ?なにが特別よ!こんなくっらーい場所死んでもいたくない!死んでるならサッサと成仏しなさいよ、未練がましい!ホラ、悪霊退散!」
夕凪は際限なく煽りまくる。
「夕凪、ちょっと久音に対するやり方と言い方丁寧にしなさい。久音も女の人に言う言葉やないよね」
二人の様子を見かねて仲裁を試みた。
二人はショウを見て
「「こいつが悪い」」
とお互い指を指して怒鳴った。
ああ、無理だ。前からお互い合わないと思っていたけど、ここに来て最悪になった。ショウはすぐ諦めた。
「悪霊だったら塩ぶっ掛ければ消えるかしら?」夕凪は小さな声でショウに言ったが、すぐに手に塩の入ってるであろう袋を持っている。
「止めなさいって」ショウは袋をすぐ引ったくった。
「何でも思いついたらすぐ実行するの!」
しかし、夕凪は全く聞いてなかった。
「いい考えかも!悪霊退散!塩大量!」
ザザーっと三人の上から大量の塩が滝のように落ちてくる。
「うわっ」「キャー」夕凪の悲鳴が上がり、ショウがつい「とめて!」と叫んだら口の中に塩が多量に入ってきて塩辛すぎて、むせて咳き込んだ。
塩は三人の周り腰半ばまででやっと止まった。
「夕凪、水出して水!」咳き込みながら夕凪の方を見た。
夕凪は後ろに倒れ込んでいた。
「夕凪!」
足で塩を捌きながら近寄った。
夕凪は目を閉じていて、揺さぶったが動かない。
頭を打ったのかと後頭部を触ったが何とも無さげだ。塩と弾力がある地面なので大丈夫だったようだ。
頭を膝に乗せた。
「力使い果たしたんやろ」
塩に押されて座り込んでいた久音が同じく唾を吐きながら立ち上がった。
「この子こんな特別な力が有るん?今まで知らんかった、大丈夫かな?」振り返って久音を見てぞっとした。
「穴広がってるよ、久音!」
久音の身体に空いた穴は倍以上大きくなっていた。
「クソッ!薄くなったとこにモロに当たったからな」
久音は何もない身体の穴に手を入れて何かを掴んでいたが諦めて溜息を付いた。
「くそ、集められん、まあ、その内戻るやろ」
「今平気なん?痛くないの?」「ああ、問題ない」
久音はにっこり笑った。
「そうだ、気分だけだけど水飲む?ショウ水好きやもんな。ごめん、忘れてた」
久音は水の入ったペットボトルを空中から出すとショウの方へ近付いた。
「その水飲んだら、また僕を埋めんの?」
ショウは久音を不満そうに見上げた。
「そんなことされるの嫌なんやけど」
久音はペットボトルを渡さず、そばに置いた。
「ここは殺風景やからな。退屈だから夢見てる方がいいと思って」
久音はため息をついて辺りを見渡した。
「余計なお世話や。僕が寝とる時、久音は何してたの?」
「特に何も。ショウに夢を送って、後は顔見てた。なんや怒っとるんか?」
「当たり前やないか!そんなんで作る嘘の思い出なんて要らへんよ。ここで二人居ればいいやんか」
「ここは暗いし景色も何も無い。こんなとこでショウに辛い思いさせたなかってん」
塩が無くなっていく。久音はゆうなを見下ろした。
「こいつ迷惑なことしかせーへんな。このまま死んだらええのに」
久音は夕凪に悪態をつく。
「力無い今やったら精神殺せるな。夢で死ぬ目に遭わせたる」久音が夕凪の方へ片手を伸ばして指を開いた。
ショウは久音に背を向けて夕凪を抱きしめた。
「駄目だ!殺したら駄目だ!」
「ショウ、どけ。お前を連れて行こうとする奴は皆殺しや」
久音は本気だ。何でこんな極端な性格になったんやろう。
ショウは必死になって言った。
「僕は僕が一人で孤独にならんようっていう夕凪の願いから生まれたんや!僕だけ他の祥一郎より記憶が多く残ってるのも、久音と知り合ったんも、彼女が
「マジか?こいつがショウを?信じられへん」
「夕凪を殺したら僕はただの祥一郎で、君の記憶も君への思いも全て無くなってしまう。どの世界にも居なくなるよ。僕の記憶を受け継ぐ祥一郎は、どの世界にも存在しなくなる」
ショウは久音を見上げた。
「今いる世界で久音のことを忘れそうになってんの、夕凪が現れなかったからだったんだよ。
久音を忘れてしまった僕と、それこそ此処にいられるの?」
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