another time 9
事務所に戻ると蒼海がいそいそとお茶を淹れた。
ソファーにショウが一人座り、向かいに二人が腰掛けた。
早速ナルシは言った。
「折角知り合ったんだから、何かの縁と思って此処を、蒼海を手伝ってもらえないか?」
「やっぱりそれか。僕はそこまで使える奴や無い。何の資格もないし、働いた事ないし」ナルシとこれ以上深く関わり合いになりたくない。
「大丈夫です。簡単な事からお教えします。僕からも是非お願いします」
ひらにーひらにーと大名行列が通る時の平民の様に蒼海はお辞儀しっぱなしだ。昨日からこれを何回見ただろう。
「う、狡いですね、蒼海さんを使うとは」
「あなたも引きこもり脱出できるじゃないか」と蒼海。彼も言う時は言う。
「単純に引きこもってる訳では無いです。外に出る用事が皆無なだけです。スーパーとか普通に行けますよ。昨日も服買いに行ったし。人とは交流してへんけど」
「惜しいな、だからもう一歩踏み出そうよ。そして君みたいに我慢強い人滅多にいないんだよ。とても貴重な存在だ」
「どこが我慢強いんや」それはナルシに対して特に発揮されているかも。自虐的に微笑んだ。
「仕方ないなあ」断りきれなかった。早く解放されたい。
「じゃあ、1週間試させてください。最近朝寝てるんで昼から起きれたら来ます」やけになって適当に言った。
「もうちょっと早く、いやその」蒼海は尻すぼみに言った。
ちょっといい加減すぎたかいな、と少し反省して、
「1週間後目標に夜寝て朝起きるのに戻すので温かい目で見守って頂ければ。いきなりはきついです。
「見守ります!そうだ、モーニングコールします。何時にしますか?」
蒼海の前向きすぎな姿勢がちょっと羨ましかった。
「今日寝てたのぼくのせいじゃないのか?」
会話に割って入ったナルシをギッと睨んだ。
「あのやー、なんでそう誤解を招く様な事言うん?颯人さんが聞いたら激怒しますよ。事務所変えるとか言われたらどうするんですか?」
「颯人は大丈夫だよ。僕の甥だから」
「え、そうなんですか!」
「兄の子なんだ。モデル反対されて勘当中だから面倒見てる。まあ、家賃は出してるけど、一人で暮らしてるから手間ないんだけど」
「ナルシ叔父さんなんだ。なんか笑う」
「それ禁止な!兄とは10歳離れてるし」
「わかったよ、叔父さん!」にっこりとわざとらしく叔父さんを強調した。
「バッグ返さんぞ」
「それひどいな」
「そうだ、うちに住んだらいいんだ。すぐ来れるぞ」
「嫌だよ、社長に囲われたら益々社会復帰できへんやろ」
そう言い出すとは思ってたがそんな直ぐとは予想してなかった。
「囲うって、君も誤解される様な発言を」
「もう帰らしてくれよ。ご飯食べたら眠なってきた」
本当に疲れて眠くなってきた。
「明日からでお願いします。ほら、社長早くバッグ返してあげて」蒼海がナルシを急かす。
「同棲本気の提案だったのに」本当にそうなのかわからない態度だ。
「せめて同居と言って下さい。どちらにせよお断りします」容赦無くなってきたなこの人。
蒼海さんから明日は11時にモーニングコール(朝なのか?)してもらい、二日ごとに一時間早めて最終的に7時になるよう約束をして事務所を出た。
ナルシが車で送るとしつこかったが固辞した。もう二人きりになりたくなかった。なし崩しに自分家に入られて、彼の要求を拒める自信がなかった。それほど彼とのsexは濃厚で特別気持ち良く、癖になりそうだった。
帰り1人になって久しぶりにスタバのアイスチャイを飲んだ。『久音は苦手やったけど、インドで飲んだのと一番似てる気がする。あれ?いつインドなんか行ったんだろ、ま、いいか』不意に思い出すごちゃ混ぜの記憶はいつもの事だ。
雅詣の劇見た帰り、そうや、元になった小説あったん思い出した。
凛音と名前本人と違って性格の良い別人の夕凪だ。二人を忘れんうちに復元しとかな。
僕は早足で歩き出した。
と思っていたが帰ってベッドに倒れ込んでそのまま起き上がれず寝てしまった。目が覚めたら夕方だった。
身体はさっと見たところ綺麗そうだったが、シャワーを浴びたら身体中ヌルヌルするのでゾッとして念入りに洗った。穴の中も気になるが、自分の指を入れるのは躊躇われて止めた。風呂に湯を溜めて浸かった。
「狭間の世界にて君を待つ、だ!」
ようやくタイトルを思い出した。それがきっかけでスルスルと大まかな内容を思い出した。
嬉しくなって鼻歌を歌ってしまったが別にいいと思う。やっと気分が良くなった。
追い焚きができないので緩くなってきた風呂から出てバスタオルで体をいい加減に拭く。水を飲んで一息ついた後早速入力し始めた。
あらすじを取り敢えず置いて、思い出したところから入力していく。
凛音と夕凪エピソードをもうちょっと増やそうかなと余裕すら出して頑張っていると、クシャミが2回出た。
首にタオル巻いたまま服着るの忘れてた。トランクスを出して履き、ベッドに置いてたジャージ上下を着る。折角温まったのに意味無かった。
昼食べた牛丼は思ったより胃に残っていたので何も食べずにコーヒーを淹れて飲んだ。
久音が劇を見て泣いたことを思い出した。一人残る凛音の事を悲しんでいた。今考えたらフラグだった。
凛音は夕凪を忘れて一人になった。
僕も記憶を持越さないほうが良かったのかもしれない。
いや久音を忘れたくない。本当に僕の大切な人だった。君との思い出は、そのうち消えてしまうかもしれない。前の前の世界の事は覚えていない。何回も転移した影響かもしれない。
ナルシに強引に抱かれたが、まだ久音との事は忘れていない。ナルシ如きに久音との思い出を取り上げられたくない。
でも、不意にナルシに一方的に与えられた快感が蘇った。焦って頭を振って追い出した。
久音は僕のことを忘れていないだろうか。凛音のように。僕のことなど何もなかったように大学生活を送っているのだろうか。
また泣きそうになったので、明日からのことを考えることにした。
また服がない問題になった。こいつ全く外に出る気なかったんちゃうか。
まあ、お試しだから上は買った服で下はジーパンでいいやろ。
はい終了!
また、考えが久音のことに戻ってしまった。あれこれ考えてもどうしようもないのに。
優しい笑顔が浮かぶ。
何とか紛らわそうとyoutubeで面白映像を映してみたが、気がつくとぼんやりと前に座ってるだけで、内容はさっぱり頭に入ってこない。
再びパソコンに向かって仕事の様に『狭間の世界にて』を入力し始めた。
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