time 8

「畜生!ついてないわー。ほんま」


久音は色々悪態をつきながら椅子をテーブルの上に上げた。


誰かがジャンケンで負けた奴が後片付けをしようと言い出し、嫌な予感は当たり、負けてしまったのだ。



「じゃあな、しっかりやれやー」


私服に着替えた同僚のバイト仲間がニヤニヤ笑って去って行った。


俺がバイトしてる此処は居酒屋だ。大衆向けなので、終わりは酒や食べ物、タバコの灰などが床に落ち、モップで何回か拭かないといけない。

店長の知り合いが来た日にはもう悲惨である。そんな日はずるいと思うが、なるべくシフトを入れないようにしている。


ゴミ袋を下げて裏口を出た。



外へ出ると、途端に表情まで暗くなる。肉体的かつ精神的な疲れが一気に襲ってくる。


薄いコートを通して、季節の寒さが感じられ身震いした。熱っていた体が、一瞬にして冷えた。


「終わった」うーんと伸びをした。裏の路地は相変わらず汚い。



野良らしい中型犬がヨタヨタと近寄ってきた。クンクンと鼻を鳴らして久音の方を窺いつつ、先程ゴミ袋を突っ込んだポリバケツに足を掛けようとする。


「おい、止めえっちゅーねん!」


とやむを得ずそばにあったほうきで叩く真似をすると、先程とは違って急いで逃げて行った。


やれやれと犬を目で追った。


すると、その先に人影が映った。


別に路地裏と言えども人がいてもおかしく無いのだが、それは何か違っていた。


酔っ払いのように体を左右に揺すりながら歩いてくる。否、歩くと言うよりなんとか動いてると言う感じだ。


何か妙に不安になる。


それが、段々こちらへ近づいてくるではないか!


気味が悪くなり反対側に逃げようとしたその時


「待って」


弱々しそうな声がした。


「久音、やよな」


久音はハッとして立ち止まった。


「もしかして、ショウ?」


訝しながら聞いた。


「そうです」うへへっと変な笑い方をした。


「どうしたんや、こんなとこで』急いで傍に寄った。


「待ってたんや。お前が出てくるの」


言いながらふらついている。


俺、ショウにバイト先言った?

「大丈夫か?どうしたんや、ショウ。具合悪そうにして」


「気分は、悪うない。でも、何処に、行けば、いいんか、分か、らん」

彼は途切れ途切れうめく様に言った。


そしてショウの体のバランスが急に失われ、倒れていく。


久音はすんでの所で受け止めた。ショウの頭が彼の肩に重くのしかかる。



「ちょ、ショウ!しっかりせえや!」


「多分、大丈夫やよ」なんとか久音の両肩に手をかけて体を立て直そうとする。


ショウはゆっくり顔を上げるが目が据わっていない。頭もグラグラしている。


「言ってる事と今と、全く違うやん!」


引きずるようにして、ようやく近くの壁に凭れて座らせた。



「此処に居ろ。いいな?すぐ戻ってくるさかい」


心臓がバクバク音を立てている様だ。


何やねんアイツ、何やねんアイツ!


待ってたって俺を?何でや?息は、酒臭くなかったぞ。救急車呼んだ方がええんかな?


「ああ、もう、ほんまついてないわ!今日は!」軽くショック状態だ。


原付バイクを取りにそれがある場所に走って行った。バイクを転がすと早く戻りたくてイライラした。



戻るとショウは変わらず座っていた。電灯の地面に達する僅かな明かりの中、微笑んでいるのが見えた。


その顔がやけに印象に残った。


久音は馬鹿馬鹿しくなってきた。早く帰って布団に潜り込みたい。放って帰りたい。


「家、近所やんな。歩けそうか?」


ショウは立とうとしたみたいだったが、ちょっと体が浮いて、また尻餅をついた。


「あかんな」と久音は断定してため息をついた。


「救急車呼ぼか?」


「無理。ヤバイ。呼ばんといてお願いします」


「はいはい…住所言える?送ってく」


「北区ー」ボソボソと言い始めたのを必死で聞き取ったが、全然要領を得ない。


久音もこの前ショウの家から帰ったのだが、Googleのマップがあまり役に立たず、気が付いたら分かるところに出てきた謎の経緯があって、住所は控えていなかった。


自分が今どう言う状況なのかわかってるのだろうか?イライラが止まらない。

デジャヴ。いや、あの時の俺は全然マシなはず。

拳を作って上から振り下ろした。同時にダンと片足で地面を踏む。


決断した。一番面倒な決断。


「ほら、立てよ!俺ン家行こう!バイクやから後ろ乗っけてやる」


「へえー、バイク、乗ってんの。カッコいいなあ」ショウはうっとりとした目つきで久音を見た。何だか色気がすごくてちょっとドギマギした。


いや、違うやろ!久音は頭をガシガシ掻いた。


「いいから立てぇ!」何とか立ち上がらせ止めてあるバイクの後ろに跨らせた。


両手をつかんで自分の腹に巻きつけて手を握らせた。


「しっかり捕まっとけや。離したらあかんで。わかったな!」怒鳴ると同時にエンジンのスイッチを入れて走らせた。


一瞬ショウの体が後ろに離れかけたが、片手で握ってやると案外力強く久音の体を抱きしめた。


何故か、久音は、もう一生ショウが離れないんじゃないかと思った。


ずっとずっと。







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