time 7

「まず、かんぱーい」


探したらあったわとワイングラスを一回洗ってから出してきた。それぞれ半分ずつ注ぐと、鍋越しにお互いグラスをコツンと当てた。


ショウは一口飲んで、美味いなーと言って、残りを一気に飲み干した。

「ビールみたいな飲み方やな」久音は呆れ気味に言った。

「次は味わって飲む」

と自分で継ぎ足した。


「スーパーで料理用と思うて買ったやつメチャ不味くて、料理も不味くなったことあるねん」

「仮にもソムリエが選んでくれたんと比べんのは、どうよ?」

久音は呆れてボトルを取り上げた。


「お酒強いんや」と言うと「全然!ハイになって立ち上がった瞬間倒れたことが」

また、グラスが空になっている。


「あかんやん!せめて鍋食べ終わってからにしようや」


仕方なさそうにショウをは自家製鳥つみれをどんどん入れながら

「うどんすきやから最後のうどんまでいきたい」と希望を言った。


「デザートどうするねん」

「じゃあその時ワインで」


白菜を鍋一杯に入れている。入れ過ぎちゃうのと言うと、白菜は量減るから大丈夫ときかずその上から豚の薄切り肉も乗せて蓋をした。


「鍋も2人以上がいいね。1人だと材料余るから連日になるからなあ」


久音はワインを一口飲んだ。確かに軽くて上品な甘さで飲みやすい。


鍋から湯気が吹いてきたので、蓋を開けて食べ始めた。

「つみれ、うまっ」

「そうやろそうやろ」ショウは満足げに頷いた。


初めて会った時の食事。

口の痛さと手酷い失恋の気分の落ち込みがよぎった。


食事と呼べないものだった。

それに比べたら。


身体が暖かくなるにつれ、心が満足感で満たされる。


ショウの身の上話が多少気になるが。


うどんも綺麗に食べ切った後、ショウは身体を後ろに倒した。

「もー食えん。おいしかったー」

「ホンマに」


久音は食器を流しに運び始めた。

「洗いもん、するわ。用意してもろたし」

「それはアリガタシ」


なんかそんまま寝そう。思いながら食器を片付けけていった。

陶器の鍋を洗い終わったので、ショウの方に振り返った。


『やっぱり寝とうし」

ショウは目を閉じて動かなかった。寝ている顔は中性的な感じで幼く見えた。目にかかっていた前髪が横に流れて額が見えた。

細い眉がくっきりしていて、いつも青白い顔がほんのり赤くなって色気があった。


でも年上だとは思えない。

ちょっと見惚れていた自分に戸惑った。


取り敢えず、トイレ行ってから起こそうと思い、廊下を進む。


襖が閉められた奥の部屋を通りかかった時、中からガタンと物音がした。


ビックリして立ち止まった。


何か物が落ちたんかな、と耳を澄ますと今度は

「コガワサン」

とはっきり人の声が聞こえた。


怖いもの見たさで襖を開けようかどうしようか迷っていると

「イナイ、ノカ」女の声だった。


久音は、震える手で襖を少しだけ開けた。


中は暗かった。

向かって右に机と座椅子、机上の真ん中前寄りにノートパソコン、ルーターらしき機械。


ノーパソの前に紙の束が置かれていた。


人の気配は、無い。

ふっと冷たい風が流れてきた。


久音は急いでこたつの部屋に戻り、ショウを揺り動かした。


「何い?あれ、寝てた?」

と、薄目で久音を見てにっこり笑った。

「洗い物してくれたん?ありがとな」


「それより!奥の部屋!奥のパソコン置いてる部屋!」

早口で言った。


ショウは眉を顰めた。

「えー、あの部屋入って欲しくなかったんやけど」ちょっと不機嫌そうに言った。


そんな態度は初めてだったので気まずくなった。


「は、入ってない!ゴメンなさい」叱られた子供のように打ち明けた。

「でも、声が、したんや!コガワサン、イナイノカって」


だんだん怖くなってきた。

「その後襖開けて見たけど誰も居ーへんかってん」


「…またまた」

ショウは一呼吸置いて起き上がった。

「僕あの部屋で寝起きしてんねんけど?怖がらせたいん?」

訝しげに久音を見上げた。


「行ってみてお願いします」

「怖がりやなあ」

「なんとでも言え」

久音はぶんぶん首を縦に振った。


廊下をショウに先に行かせて、久音は彼の両肩を掴んで後ろを歩いた。


「お邪魔します」

とショウは少し開いていた襖を全部開けた。久音の手を退けて、躊躇いもなく中に踏み込みあかりを付ける。


見回すも部屋に変化はない。


「やっぱ誰も居ないね。あれ?」

ショウは机に近付いた。


「原稿が来てる」右手でつかんで持ち上げた。


10枚ほどのそれは黄ばんでいて古そうな紙だった。

「早いな。気が付かんかった」

呟いてショウは原稿を一瞥してまた机に戻した。


「誰?何?やっぱり何かいたん?」

怖々聞いた。


「あー何というか」しばし考えた風に間を空け、

「知り合い?」

と非常に面倒臭そうに言った。


「実在してんの?さっきいたん?何処から?」

「うーん、いつも窓から?」

「窓開けて?知り合いって?」

「知り合い」

「恋人?」これはどうでもいい質問だったが思わず言ってしまった。

「知り合いやって!」少しショウの声が大きくなった。

「勝手に来て?」

「そう、知り合いやけど、勝手な子!やねん」

今思いついたかのように返してきた。


久音は不信感と疑問でいっぱい尋ねたかったが、どんどん不機嫌になっていく彼の様子に何も言えなくなった。


「その子の名前は?」最後にきいた。

「如月夕凪(きさらぎ・ゆうな)だったかな」

手の平に漢字を書きながら言った。

『どっちかというと鬼幽無(同読み)やけど』


「窓ちょっと開いてるやん!隙間風入ってきてるし!」


机の奥の壁のカーテンを除けると木の格子が入ったガラス窓があり、隙間ができていた。

ガタピシなりながら窓は閉められた。

「最後引っかかるから閉めにくいねん」


久音は廊下からボンヤリ見ていたがトイレに行きたかったことを思い出した。


「トイレ借りるで」

どうぞ、とショウは答えてあかりを消した後部屋を出た。

そして襖をきっちり閉めた。


これ以上の話は終わりやという態度に思えた。

如月、夕凪。説明を聞いても得体が知れず背中を冷たい物が通り過ぎた。

人間じゃなくて、何故か良くない者のような気がした。


ちなみに、怖いと言う理由をつけて、久音が泊まる部屋に一緒に寝てもらった。布団はもちろん別だが。

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