time 4

「悪いな、風呂まで借りてしもうて」

「寒かったやろ。窓あるし、立て付け悪いし」


実際、壁はコンクリで腰から上は天井まで木で覆われており、先ほど見た部屋の半分くらいありそうだ。

床はタイルで思わず爪先立つぐらい冷たかったし、窓は枠の隙間から風が入ってきた。


夜も深け、ショックでぼうっとしていた頭が一瞬で冴えた。


彼は体を洗うのも其処其処に湯船に飛び込んだ。多少熱かったがやっと落ち着いて入れた。


「俺んとこワンルームのユニットバスやさかい、めちゃ広く感じたわー」

上がってから久音は慌てて言った。


「パンツは貸せんが、よかったら寝巻きにどうぞ」

グレーのスウェット上下を取り出した。

「同じ様な背丈やから入るやろ」

「ほんま、重ね重ね」


パンツにバスタオルを首に巻いて出てきた彼は恐縮しながら受け取った。


ショウは玄関に近い方の部屋へ連れて行った。押入れを開けると一組の布団だけが入っていた。あとは何も無い。


その残りの暗闇の空間がちょっと怖く感じた。彼以外誰もいないんだと尚更実感した。


布団を下ろすと部屋の真ん中に敷いた。

「一番奥の部屋で寝てるから何かあったら起こしてえーから。後は朝出る時に声かけてくれたら。帰り道わかる?」

久音は自信がなかったがスマホで調べると言った。


お休みとショウは出て行って廊下側の襖を閉めた。

残された久音は髪の毛を拭きながら部屋をぐるっと見渡した。


廊下のミシミシたわむ音が遠ざかっていく。


スウェットを着ようとしてバスタオルをどうすれば良いか聞くのを忘れていたのに気付いた。


服を着ると襖を開けた。

「ショウ!」 奥に向かって顔だけ出して言った。廊下にはいなかった。

もう一度先ほどより大きな声で呼んだ。


どん、と風呂場の戸が開いた。

「なんや?」


ほっとして足も踏み出した。

「ごめん、バスタオルどないしたらええ?」

「洗濯機の中放りこんどいて」

風呂場から手だけが出て指差していた。


「わかった」久音はズカズカ行って風呂場の前まで来た。

ショウは戸を閉めず、風呂椅子に座って上半身を捻ったまま彼を見ていた。

真白い、筋肉もほとんどない痩せた身体をつい見てしまった。


「よかった、入って」

眼を見張った後にっこりした。

気にして待ってたんだ。久音は思わず自分の着ている服の胸のあたりをつかんだ。


ああ、と呟くとタオルを洗濯機の中へ入れた。

ドアがバタンと閉められた。

お湯を流す音が響いてきた。


廊下を歩くのが怖くなって急いで部屋へ戻る。


スマホを掴んで、部屋の真ん中にある紐を引っ張る明かりを引いて消すと、布団に潜り込んだ。

3時半を過ぎているのを確認して頭の上に置いた。

LINEのチェックはしなかった。見るのも嫌だった。


眠れないだろうな、と思っていたが案外すぐ寝入ってしまった。


必死だった。これで最後な訳ない。まだいけるはずや。相手の服を掴んだ。

「悪いとこあったら直すし、ちゃんとするから、ちゃんとするから、頼むわ…なあ、なあ!」

「しつこいねん!いね!」

普段聞いたことない唸るような声だ。


嘘やろ?嘘やろ?

「うるせーて言うとるやろ」縋りついた手は振り払われ、顔は見えないのに握り拳が近づいてきた。

顔目掛けて。ゆっくり来てるのに体が動かない。


「久音、久音!」

あっと叫んで眼を開けた。


「ごめん、ひどううなされてるみたいやったから起こしてもうた」

明かりを付けたショウはダークグレイのパーカーを羽織った紺色のスウェット上下姿で心配そうに覗き込んでいた。


「夢で、夢でも振られた」

呟くも途中でショウの姿が滲んできた。眼を見開いたが涙が溢れていた。


情け無くて、見られたくなくて片腕を目の上に乗せた。

「も、あかんのにな。未練がましいわ」

「仕方ないよ」

涙がスウェットをじくじく濡らしていく。


ぽんぽんと布団の上から軽く叩かれた。


「あのやぁ」

「なんや?」


物凄くためらった。

「何や?」ショウは優しく言って待っていてくれた。


久音は弱々しく言った。

「あのさ、一緒に寝てくれへん?」


やっぱりアホな事言ったと思ってカァっと頭に血が上っていくのがわかった。

「ごめん、何言うとんねんなぁ俺。気にせんどいて」

慌てて布団を頭まで被った。


「また夢見そう?」

何も応えられなかった。


「そやな。布団持ってくるわ」

ショウはすっと立ち上がって去っていった。


久音は恥ずかしさと期待でどきどきしながら待った。


なんや一緒の布団じゃなくて一緒の部屋か、当たり前やん、そうそうそれや。

おかしい事あらへん。

布団を抱えて戻ってくると久音の布団は端に移動しており、ショウは躊躇いなくそれを下ろした。


「初めて会ったのに無理言うて」小さな声で言うと

「いいよ、気にすんな」


さっと敷いてパーカーを脱ぐと布団の上に広げ、明かりを消した。

「おやすみ」

と彼は背中を向けて布団を被った。


再び静寂が訪れた。

久音は今度はなかなか眠れなかった。


ため息をついて何度か寝返りを打った後、ショウかふうっと息を吐いてから静かに言った。

「一緒に寝た方がいい?」

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