time 5

ビクッと体が震えた。恐る恐るショウの方を見ると暗がりの中彼もこちらを見ていた。


「ごめん、気になって眠られへん。それと、さっき一緒に寝てってのはそう言う意味やったかなと思って」


「ごめん」声も震えた。

「俺おかしいよな」言葉が続かない。


いいよ、ほら、とショウは掛け布団を持ち上げ、促した。

「僕が付いて来い言うたから、最後まで面倒見たらな、責任持たなあかんやろ?」


少しためらってから久音はゆっくりショウの布団の腕の下へずり動いた。


パタンと布団と腕が降りて久音を包み込んだ。

するとショウの胸に頭を抱き抱えられた格好になった。


暖かいな。安心感が胸いっぱいに広がった。風呂とは違う人の暖かさ。

それに嗅ぎ慣れないが石鹸とシャンプーのいい匂いがした。男同士やし、いい大人が何されてんだろう。


よしよしと頭を撫でられて、されるがままショウの心臓の音を感じていた。

「嫌やない?」

「んーや、嫌やない、気にすんな」


次第に自分が許される気がして、そろりと上になった手を伸ばして背中へ回した。

撫でていた手が止まった。


「抱き心地悪いやろ、ガリガリやから」

頭の上から小さく声がした。

手を戻そうとするとそのままギュッと抱きしめてきた。


「俺が振られた相手って男やねん。気持ち悪くないんか?」

ついに言ってしまった。眼をギュッと瞑った。


「全然大丈夫。男でも女でも…僕には関係無い。悲しんでるのは久音やろ」

なんでこんなに優しくしてくれるんや。

でももうこの人しかこうして抱いて寝てくれないんや。


「やっぱ眠い、寝るわ」

とショウは疲れたように言って、少し力は緩めたが同じ体勢ですぐに静かになった。


ごめんな、情けないやつで。他人にこんなに甘えて。ほんまはもっと…

彼の薄い胸に額をつけ、眼を閉じた。ショウに付いて行ってよかった。


いつの間にか眠っていた。


次に目が覚めた時、部屋が明るくなっていた。

何気無く横を見るとショウはまだ眠っている。

薄茶色の髪が乱れ、細面で、薄い眉毛。でも睫毛は長いな。


自分は上を向いて寝ていたが、彼は寝た時の姿勢のままだった。

狭い布団の中罪悪感を感じた。

動くのも躊躇われてもう一度眼を閉じた。が、僅かな身動ぎで反応した。


「あれ?誰??」

かすれ声がした。

久音はガバッと上半身を起こした。

「長嶺久音ですお世話になりました!」一息で言った。


ショウはびっくりした顔で眼を見開いたが、焦点が合わなくなりすぐ閉じられた。

「ああ、そうやった。そうやった。ごめん寝ぼけてるわ」

そのまま寝入りそうだったが、ふぁーと欠伸をして伸びをした。


「何時?この部屋時計無いねん」

久音は這い出して、自分用だった布団の上に置いてたスマホを慌てて握った。

「9時37分」

「そっか、ちょっとは寝れた?」

「あれからはね」

「そ、良かった」

ショウは両腕を頭の下に廻した。

「一緒に寝るのも偶には良いかもな」

「狭かったやろ、ごめんな」

「もう謝らなんでええよ、緊急事態やったし」


久音はあれこれ思い出して顔が赤くなった。

泣き過ぎて、目も頬も口も腫れていて今ひどい顔してるだろうなとも思った。


「朝ごはん、食パンとインスタントコーヒーしかないけど食べる?」

ショウはノロノロと起き上がってきた。

こくこくと、頷いた。

布団からずり落ちていたパーカーを羽織るともう一度欠伸をして出ていった。


久音は布団をたたむと押入れにいれた。ショウの分はたたむだけにした。


着替えて台所に行くとパンが焼けたところだった。皿にパンを置いてハイと久音に渡した。

受け取るとそのままこたつの上に置いた。

ショウは冷蔵庫を開けて、マーガリンを出し、ハムを見つけてそれも出した。


「賞味期限、オッケー!」

パックのまま持ってきた。

「マーガリン塗っといて」

湯が沸いた。

「ハム乗っけて食べへん?」

パックのフィルムを剥いで差し出してきたので、受け取った。


ショウはコーヒーを入れにいった。


「手でいいんか?」

「えーよ、取れんやろ、手じゃないと。あ、僕のも乗せといて」

カップを2つ持ってきた。


いただきますとショウが手を合わせたので久音も真似た。

「あ、忘れてた。砂糖と牛乳要る?」

「うん、少しだけ」

「僕もいるねん。持ってくるわ」


「なんか新鮮やわあ。僕以外に誰かこの家におるの」

「俺も人ん家泊まったん、久しぶりや」

パンを食べ終わってコーヒーを飲みながらくつろいでいた。


「この後の予定は?」ショウが聞いた。

「昼からバイトで」

「僕も昼から出勤。仕事が溜まってるんで」ショウは溜息をついた。


「ん、バイト?もしかして大学生?年下?」

「大学2年です」

「うわ、3つも年下やった」

「ショウは年上だと思うてた、何となく」

「頼り甲斐があるやろ、やっぱり」

「全面的に頼ってしまいました」ペコっと頭を下げた。

「仲良くなってもええ?」久音はおずおずと申し出た。

「こちらこそ宜しく」


昼食後に彼らは電話番号とLINEを交換した。

久音は一応、古川祥一郎と漢字は登録したが読み仮名はショウにした。彼も同じようにした。


「また、遊びに来(き)いや。今度は鍋しよう」

「良いですねー是非」


2人は玄関で別れた。

昨夜の事はお互い何も言わなかった。


帰り道、別れた恋人のことを思い出して一瞬胸が苦しくなったが、もう涙は出なかった。


思い返すにショウの優しさが身に染みた。

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