第5話 古代文明を再興できる可能性



家全体こそシンディーが綺麗にしてくれたが、中にある家具類にまでは、錬金術の力は及んでいなかった。


ベッドやテーブルなどもあるにはあったが、老朽化してしまい傷んでいる。



疲労困憊のシンディーは、一旦引っ込めて休ませるつもりだった。


だが、


「やっと会えたのに〜、ディル様。わたくしを引っ込めるなんて言わないでくださいなっ」


と彼女は泣きついてくる。


「それに、人の英霊を召喚したら引っ込められませんよーだ。私、ディル様のおそばにいますもん」


さらにはこんな事実も判明した。

なるほど、引っ込められるのは人以外の生き物だけらしい。


シンディーは強がってこそいたが、疲れは顕著だった。


一旦端の方で休んでいてもらう。


一方で俺は、家具の類を錬金術を用いて、新しいものへと作り替えていった。


「おぉ、できた。ちゃんと使える机になったな……」


こなすうち、だんだん感覚が掴めてくる。



大切なのは、イメージと魔力の擦り合わせだ。


いかに魔力の量が多かろうと、イメージの方が疎かでは、うまくいかないらしい。


「ディル様、わたくしめにもお手伝いを!」


そうこう試行錯誤していると、シンディーが後ろから声をかけてきた。



気づけば、かなりの時間が経っていたらしい。

探究ばかりしていた、文官時代の悪い癖が出てしまったようだ。



ともかく随分良くなった彼女の顔色に、俺はほっとする。


召喚したものは部下となるのだ。

であれば、きちんとその様子を気遣うのは、俺の務めだろう。



「じゃあ、このランプに錬金魔法をお願いしていいか?」

「もちろんです、喜んで!」


打てば響く、気持ちのいい返事だった。


彼女は、さらりと錬金術を使う。さすがに手慣れていて、俺より早かった。


同等レベルの能力が与えられたところで、使いこなせるかまでは別の話らしい。



目を閉じた彼女の手から光が発される。

その、数秒ののちだ。


「これくらいはお安い御用ですよ♪」


そこにあったランプは、見たこともない形のものとなっていた。


「シンディー……。これ、ランプだよな?」

「はい、ランプですよ? ほら、この凸部分を押すと、ぴかっと光ります。

 これ一つあれば、どんな家も明るく照らせる……って、どうしました?」


ランプを持ち上げ、彼女は可愛く小首を傾げて見せる。


が、俺はと言えばそのランプに、目を釘付けにされてしまっていた。


なんてことだ。

形だけなんて、とんでもない。


「……こんな明るく光るランプ、見たのは初めてだ」

「え、そうなんですか? なんか元のランプだと、魔石の力を1割も活かせてなかったので、ちょっと手を入れただけですよ、私」



シンディーの言い様からして、これは彼女にとっては当たり前の代物なのだろう。



そう、四千年前の古代ならば。



だが、これほど明るいランプは、いまの時代には存在しない。

今街に出回っているものは、せいぜい枕元を照らせる程度だ。



四千年も前のことは、今では資料もなにもなく、分かっていないことが多い。


だが、だからこそどんな可能性も否定はできなかった。


彼らが、今の時代なんて目ではない、とんでもない文明を築いていたという可能性をーー。



いわゆるロストテクノロジーを、俺は見ているのかもしれなかった。



「ディル様ぁ? どうしたんですかー、わたくしを放って、ぼうっと考え込むなんて。あぁん、悩む横顔も素敵ですけど、構って構って」

「シンディー……」

「はい、あなたの愛しのシンディーですよ……って、きゃっ!」


俺は思いあまって、彼女の肩を掴む。

あぁん、と甘い声を彼女は唇の隙間から漏らす。


「そ、そんな! もう発情してくれたんですか? もちろん、ディル様になら構いませんよ。わたくし、この身を捧げる覚悟で召喚される時を長い時間待ち続けてーーーー」

「もっと、他の魔道具も作ってくれないか?」


へ、と彼女は間抜けな声を漏らした。それから、なぜか肩を落とす。


がっくり、一度項垂れてしまった。


「な、な、なんだぁ〜。そっちかぁ、残念」

「えっと、なにか残念なことあったっけ……?」

「いえ、構いませんよ。愛の契りを交わすのは、おいおいですね。

 わたくしに任せてください! ディル様に期待されたおかげで、また魔力が漲ってきましたっ」



シンディーの心に、火がついたらしい。

彼女は、そこから錬金術による生産を繰り返していく。



たとえば、とんでもない明るさのランプ、魔道で水を生み出せるグラス、物を冷凍しておける箱ーーーー。



全て見たことのない代物だった。


「おぉ、シンディーすごいな……。あまりにすごい」

「だーからー、ディル様がすごいから、こんなことができるんですよ? わたくしは召喚されなければ、何もできない身ですから」



俺は「いやいや」と首を振りながら、作り上げられた魔道具を見る。


どうやら、今の時代のものとは、仕組み自体が違っているらしい。

だが、決して超常現象というわけではなさそうだ。


シンディーが作り上げたものをきっちり調べれば、なにか分かるかもしれない。



そう探究心に駆られるとともに、ある一つの思いが胸のうちに芽生えてくる。



「…………古代文明、再現できるんじゃ」



それは、大それた欲求かもしれない。

でも、抱かざるをえなかった。



どこまで発展し、どういうわけで滅びてしまったのか。

それすら不明だが、今では考えられない発展を遂げた古代文明。


その再現という、学問に身を置いた人間としては、ある種の夢を。


「なーんだ。それくらい、できますよディル様ならば。再現どころか、もっと発展させられます」

「……本当に言ってるか?」

「当たり前ですよ。こんな時の女の子は、嘘をつかないんです♡

 ディル様は選ばれし方です。

 あなたが選ばれたんですよ、このスキルに。そして、まだまだディル様の召喚を待つものが多くいます」


「…………俺に、できるだろうか」

「はい、なにせわたくしのご主人様ですもの。間違いなく、余裕のよいです」



外れスキルを賜ったとされ、努力で文官となったが追放され目的を失いかけていた。


己の人生が、シンディーの言葉のあとに蘇る。



だが、今ここが転機だ。



ならば、成し遂げて見せよう。

およそ現実的だとは思われないだろう、このロマンを。


そのために動くのは、国に仕えるよりむしろ度白いかもしれない。



決意が固まった瞬間だった。



「で、余裕のよい、ってなに……?」

「もしかして、古い言い回しでしたか!?」



そりゃあ四千年前だもの。逆に一周回って新しいまである。



……まぁでも、やはり先に確認した前提は正しそうだ。

使う言語などは、基本的に今と変わっていないらしい。

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