クリスマス特別編 始まりの聖夜、終わりの聖夜 4


 12月26日 night-time



 クリスマスと来れば。

 右にあたたかな赤い光。

 左に静かな緑色の光。


 そして正面に。


「なんでやねん」

「ど、どういう意味でしょう……」


 正面に。


 まばゆいばかりの夜景を背負った。

 真っ赤なドレス姿の美女。



 ……もはや、体質なのか。

 オチがないか、周りを確認してみたが。


「わ、わたわたしないように……」


 いつもだったら俺が口にする言葉を。

 いつもとは逆に、秋乃が口にした。



 ――将来、俺が買い取る予定の高級ホテル。

 その最上階。

 ロイヤルスイートルーム。


 クソ親父が予約して。

 家族みんなで泊まる予定だったこの部屋を。


「バ、バレませんように……」

「請求書見たら即バレだと思うのですが?」


 一緒に、限定ルームサービスの。

 絶品ケーキを食べたいからという理由で。


 勝手に借りた女。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 世間知らずのお嬢様が。

 何がどうあってもバレることを平気でしでかしたこの暴挙。


 止める気がしなかった訳は三つある。



 一つ目は。

 クリスマスは過ぎてしまったけれど。

 ケーキを食べさせてあげたかったこと。


 二つ目は。

 お高い請求書を送りつけて。

 クソ親父へ反撃したかったこと。



 そして。


 最後の一つはもちろん。



「楽しいクリスマスだった……、ね?」


 この、感性のおかしな女。

 好きなんだか嫌いなんだか、よく分からなくなり始めたこいつに。


 片方の感情だけ。

 ぶつけてやろうと思ったからだ。



 背中の開いた真っ赤なドレスが。

 シャンパングラスに入ったアップルタイザーを傾ける。


 チェストにことりとグラスを置いた後も。

 冷気を足元にゆっくりと落とす夜景のそばに立ったまま。


 そんな秋乃は、俺の方も見ずに。

 冷たい夜景に指を這わせながら。

 ぽつりとつぶやいた。



「ケーキ、下のバイキングの方が美味しかった……」

「一個目の理由が!!!」


 急な大声に、びくぅと身体を強張らせた秋乃がこっちへ振り向いたが。


 珍しく大人びたメイクの口端に。

 真っ白なラメよろしく張り付けた生クリーム。


 ほんともう。

 ドキドキしたらいいのか呆れたらいいのかわからん。


 こんなに好きなのに。

 なんかキライ。


「……立哉君。まだ怒ったまま?」

「いや? いつも通りだろ」


 俺がイライラするのは。

 お前が突っ込まれるようなこと。

 いつもするせいだ。


「でも……。お父様とあれほどケンカした後だから……」

「親父さんは関係ねえって言いたいとこだが、その余韻がまだ残ってるのかもな」

「まだ、お父様の事、信用してもらえない?」

「多分一生信用できん」


 秋乃は、俺の返事を聞いて小さくため息を零すと。

 再び背を向けた。


 寂しい思いをさせてしまったかもしれないが。

 こればかりは譲歩してやる気はねえ。


 次はどんな嫌がらせをしてくるのやら。

 俺がいくつか想像して。

 あいつをぎゃふんと言わせてやるためのシミュレーションをしていると。


「お父様……。ひとつ、伝えておけって」

「俺に? 何を?」

「あいつはいいやつだ。そう言ってくれた、沢山の友達はかけがえのない財産だって」

「う……。そ、そう言ってくれたやつが何人かいるのか……」


 俺には友達と呼べるような奴なんか秋乃以外にいやしない。

 それでも、評価してくれた気のいい奴がいてくれたんだ。


 そんなこと言ってくれそうな人にお礼をしておこうと。

 右手の指を二本ほど折って、それ以上折れないことに愕然としていたその時。


「全員」

「……え?」

「会場に来てくれたみんなが、立哉君のいい所も悪いところも、包み隠さず話してくれて。最後には必ず、立哉君は良いやつだって、そう言ってくれたの」



 ……雲が切れたのか。

 夜景を映していた窓から白い光が部屋に差し込む。


 そんな光に幾重にも陰影を付けながら。

 秋乃のシルエットが俺に振り返る。


「あたしと立哉君の事、春姫と一緒に全部説明したの。お父様は、ちゃんとお話すれば分かってくれる方。でも、あたしたちの情報だけじゃ足りないって仰ったから……」

「それでみんなのこと呼びだしたのか!?」


 俺の問いかけに。

 シルエットが首肯する。


 自分のせいで。

 誰かに迷惑をかけるのが嫌いな秋乃が。


 こんな忙しい時期に迷惑なことを理解しながらも。

 みんなに声をかけてくれたんだ。


「呼びかけた皆さん、全員が集まってくれて……」

「うん。ありがてえな」

「それで、始まったのが……」

「俺の弁護大会ってわけか」

「ううん? 立哉君の悪口合戦」

「本末転倒っっ!!!」


 あれ!?

 さっき教えてくれたことと違うんじゃない!?


「最後には必ず、俺は良いやつだって言ってくれたって!」

「だから、最初のうちは悪口ばっかり」

「絶望したっ!!!」

「お父様、最初の五分で額に青筋立てて……」

「そりゃそうなるわ!」

「自衛隊だかなんだかに電話してた」

「だかなんだかで想像できるもん他にねえだろ! それ百パー自衛隊!」


 とんでもねえ奴を敵に回したことに。

 今更恐怖して歯をガチガチさせていた俺に。


 秋乃は、クスクスと肩を揺らした後。


「……でも、誰もが楽しそうに立哉君の失敗談を話すし。お父様が質問すると、みんな真面目に答えてた。……だから多分、認めてくれたんだなって思う」


 そこまで言って。

 そして、急に黙り込んだ。



 お前は今。

 どんな表情を浮かべているのか。


 にわかに推察できない命題に。

 不意に訪れた大きなヒント。



 真っ白な光の中で。

 月の女神は、少し俯くと。


 手指を口元に置きながら。

 小首を右に傾けた。



「…………それ、最近よくやってるよな。何を悩んでるんだ?」


 聞いて良いものかどうか。

 悩んでいたけれど。


 悩んでる内容が分からないでは。

 手を貸しようもない。


 俺は、シルエットの中のお前を。

 笑わせてあげたいんだ。


 そんな純粋な気持ちで。

 聞いてみたのに。



 帰って来たのは。



 小さなすすり泣きだった。



「ど……、どうしたんだ急に!?」

「あ、あのね……」

「おお」

「立哉君は……、なに?」



 なにとはなんだ。

 質問の意図が分からない。


 でも、今にも崩れそうな。

 冷たい月明りの中で震えるシルエット。


 俺は立ち上がって、その肩を掴む。


「あたし……。あたしの友達は、立哉君だけだと思ってた」

「うん」

「それが……、クラスのみんなが、あたしの友達だって……」

「ああ。この前、そんな話になったよな」

「ずっと……、ずっと夢だったの……」

「良かったじゃねえか。しかもそれ、その場の勢いみたいのじゃなかったって分かったろ?」


 急な呼び出しに。

 今日も全員集まってくれたんだ。


 どれだけ愛されてんだよお前。


「みんなお前の事、心から友達だって思ってくれてる」


 嬉し泣き?

 いや、そんな感じには見えない。


 疑っているのか。

 不安なのか。


 だから俺は。

 みんなの気持ちが本物だってことを伝えてみたんだが。



「それ……。困る……」



 意外な返事が。

 俺を困惑させた。



 なんだ? 困る?

 一体どうしてなんだ。


 友達がたくさんできた時。

 秋乃が困ること。



「あ…………」



 そして今。

 ようやく。


 俺は、月明りのおかげで。

 答えにたどり着いた。



 ……あれは一年の。

 文化祭の時か。


 秋乃は言った。


 月に帰って。

 一人ぼっちになるのは嫌だと。



 そして秋乃は。

 自分が誰かに迷惑をかけることを。

 心から嫌がる。



 そんな二つを組み合わせたら…………。



「お前、俺が唯一の友達じゃなくなると思って……?」

「うん。……た、立哉君は、今まであたしの唯一の友達だったの。そんな特別が、特別じゃなくなる……」


 俺にとって。

 友達と呼べるのは、確かに秋乃ひとり。


 秋乃にとって。

 俺は数多くの友達のひとり。


 そんな状況になると。

 俺が悲しむだろう。


 でも。

 そんな答えにたどり着いたとして、だ。


「なるほど。……でもさ。それで、なんで悩んでたんだ?」

「立哉君だけ特別にするにはどうしたらいいの……? 最初の友達? それとも、一番の友達?」


 どうにかして。

 俺を特別にしよう。


 なるほどな。

 そんなことで悩んでたのか。



 だったら答えなんか。


 簡単だ。



「バカだなお前は。とっとと相談してくれりゃよかったのに」

「え……? そ、そうね。何がいい? あたしのネタで一番笑ってくれる友達?」

「それは不本意だから却下」


 ちょっとムッとしながら。

 俺は、ソファーに置いていた物を秋乃に押し付ける。


 それは、今日一日。

 一緒に走り回ってくれた相棒だ。


「ちびらび……」

「ああ。でも、そいつは本物のちびらびじゃない」

「う、うん……。それはそうだけど……」

「だから、こんなものはいらない」


 俺は、秋乃が抱いたちびらびの首から。

 ネックレスチェーンを外した。


 どうしてそんなことを言うの?

 どうしてそんなことをするの?


 薄いアイシャドウをした秋乃の瞳が。

 俺を寂しそうに見つめる。


「これ、ちびらびの首に下げててもいいんだけど。一旦、ちゃんとした場所にしまっていいか?」

「う……うん。立哉君がくれた物だから、それでいいけど……」


 秋乃が、不安を隠しきれずに。

 ちびらびを強く抱きしめる。


 そんな震える手を。

 俺は、少し強引に引きはがした。


「……俺だけ、みんなと違う存在にしたいんだよな」


 そんな問いかけに。

 秋乃は返事もできずに小さく震えたままだ。




 ……さあ。




 好きなのか嫌いなのか。

 どちらかよく分からん気持ち。


 今こそ。

 その片方だけ。

 ぶつけてやろう。




「だったら俺は……。秋乃の友達をやめる」




 俺は、そう言いながら。



 秋乃の指に。



 ルビーの指輪をはめて。




「俺は今日から…………。秋乃の……………………、彼氏だ」




 そう言いながら。

 秋乃のことを。


 強く抱きしめた。



 ……今まで震えていたその細い肩から。

 力が抜ける。



 不安そうだった瞳が。

 瞬きもせずに俺を見つめる。



 そして長いまつげが。

 ゆっくりと下りると。



 俺たちは。

 月明りの中で。



 キスを…………………。




 キ……、キスを…………。






 ど…………。






 どうしよう!?





 え、えっと、だな。

 これはあれか?


 ひとまず告白したってことで終わりじゃねえのか!?


 別に俺が根性なしって訳じゃなくて。

 そうだ、ちびらびのせいなんだよ!


 こいつのせいで、ちょっと距離があって。

 俺がつま先立ちになって首をむーって寄せたら届きそうなんだけど。


 はたから見たら、絶対かっこ悪いからな!


 でも、秋乃はその。

 なんか、目を閉じてるんだけど。


 だったら一旦ちびらびをどけてもらえばいいのか?

 でもこいつ、綿が飛び出そうなほど思いっきり抱きしめてるし!



 ……時間にしてどれくらいだろう。

 俺がいつまでも躊躇していたら。


 秋乃は、閉じていた目をゆっくり開けて。



 そして、ちょっと膨れた直後に。




「あはははははははははははは!!!」

「しょうがねえだろ!? 油性で描くお前が悪い!」




 そう!

 そうだよ!


 キスするのに。

 犬メイクのままとかそりゃねえよなそうだよな!


 ふう、いい言い訳が見つかって助かった。

 じゃなくて!

 これは秋乃のためを思ってだな!


「もう……。最大限の勇気出したのに……」

「う。……いやでも、あれだよ。ちびらびとこのメイクのせいで……」

「ひとのせいにするの?」


 秋乃は再び膨れながら。

 指輪を外して。

 再びちびらびの首にかけてあげる。


 確かに。

 そいつは何も悪くねえよな。


 いつもは秋乃が俺に言うセリフ。

 今日は俺から言わせてくれ。



「すまんが、その……。もっとゆっくりな変化でお願いします!」




 ……出会ってから。


 一年間かけて仲良くなって。

 一年間かけて付き合うことになったんだ。



 恋人らしいことができるようになるまで。

 もう一年。



 ゆっくり待っていてはくれないか?



「しょうがないなあ……」

「申し訳ない」

「ぷっ……! そのメイクでこっち見ないで!」

「秋乃のせいだろ!?」

「あはははははははははははは!!!」



 ……これからも。

 俺は、お前をそうやって無様に笑わせるから。


 それに免じて。

 のんびりゆっくり。



 恋人らしいことができるまで。

 一緒に歩いて行こう。

 




 秋乃は立哉を笑わせたい 第19笑


 =好きになったあの子の秘密を隠そう=



 おしまい💖


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秋乃は立哉を笑わせたい 第19笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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