クリスマス特別編 始まりの聖夜、終わりの聖夜 3


 12月26日 day-time



「ど……。どこにもいない……」


 秋乃が消えた後。

 いてもたってもいられずに。


 電車が走っていない時間も走り続けて。

 なんとか早朝に、家にたどり着いたんだが。


 秋乃の家も。

 俺の家ももぬけの殻。


 さらにワンコ・バーガーまで臨時休業の札が下がっている始末。


「秋乃どころか、知ってるやつが一人もいないなんて……」


 それからは、エージェントの姿を気にしながら。

 思い当たる場所を探し歩くこと半日とちょっと。


 信じがたいことに知り合いとは全く連絡がつかず。

 誰一人として出会えることはなかった。


 市長に、学園に。

 あれだけの圧力をかけることができる男だ。


 大物だとは思っていたけど。


「まさか、集団誘拐……」


 そう思い至るほどに。

 俺が知っている人は。

 いや。

 俺を知っている人たちは。

 誰もがこの町から姿を消していた。


 ……ひとりぼっちには。

 慣れていたつもりだったのに。


 誰もが俺を知らない。

 そんな恐怖感。


 満身創痍まんしんそうい

 草行露宿そうこうろしゅく


 形単影隻けいたんえいせき

 愛別離苦あいべつりく


 いくら知識があろうとも。

 今の自分の状況を。

 的確に表す言葉はない。


 そんな俺が、筆舌しがたい有様でたどり着いたのは。

 秋乃がクリスマスを過ごす予定だった高級ホテル。


 こんな場所にみんながいるはず無いだろうけど。

 他に思い付く場所も無い。


 たった一人残ってくれた。

 俺のことを唯一知っている存在。


 ちびらびを胸に抱きながら。

 ロビーへ足を踏み入れて。


 どう中に潜入したものか。

 疲れ果てた頭で考える。


 正面に見える豪華なエレベーター。

 しれっとあそこへ滑り込むには。

 正面に立つガードマンが邪魔だ。


 ロビーの隅で大声をあげて。

 騒ぎを起こして忍び込もうか。


 そんなことを考えているうちに。

 エレベーターの扉が開いて。

 中から出て来てフロントのお姉さんに何やら話しかけてる人に目が行った。


 パリッとした白のタキシードに。

 負けじと真っ白なエナメルの靴。


 光の加減で刺繍が浮き上がる高級そうなネクタイに。

 これまた高級そうな、顔一面を覆う。




 犬の被り物。




「あ、秋乃…………」


 世の中広しと言えども。

 そんな姿でフロントに話しかける変人は一人しかいない。


 膝から落ちた俺のつぶやきに反応したワンコは。

 口から垂れ下がる、精巧に作られた舌を振り乱しながら駆け寄って来ると。


 たった半日なのに、心から懐かしく感じる。

 そして、折れかけた心をすっかり癒してくれる。

 そんな慈愛に満ちた声をかけてくれた。



「…………ワン」

「バカなの?」



 俺は、いつものようにツッコミを入れると。

 安堵の笑顔を浮かべたまま。

 ゆっくり意識を失った。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 ……どれくらい眠っていたんだろう。

 覚めた目が捉えるのは。

 二つの小さな灯りだけ。


 未だ夢とうつつをさまよう意識が。

 昨日のことを思い出し。

 さっきまでのことが夢でないと思い出し。


 そして、ようやく。

 二つの光の正体を悟ったのだった。


「……なぜ犬をかぶせた」

「へ、変装……」


 遠くで聞こえる喧騒。

 耳馴染みのある笑い声。


 それらを五割ほど減衰させる被り物を外そうと思った所で。

 二つの明かりを覆い隠すように覗き込んで来た秋乃の顔が告げる。


「は、外しちゃダメ……。一応保険もうっておいたけど、現在隠密行動中……」

「変装ってなんだよ。保険ってなんだよ。それになにが隠密なんだ?」

「そ、それもダメ……」


 それも?

 話すこともダメという事か?


 確かに正体を隠すには。

 声を聞かれちゃいけないとは思うが……。


「語尾は、ワン」

「やかましい」


 思わず突っ込んだものの。

 すぐに秋乃の指示通り。

 俺は貝のように口をつぐむことになる。


 だって、今聞こえたの。

 間違いなく……。


「きゃはははは! そんなことでこんなパーティー開くなんて、秋乃ちゃんパパ、太っ腹なのよん!」

「美味いもんばっかで幸せ~。素敵忘年会~」

「うむ、いくらでも食べると良い。そこで保坂という男のことなのだが……」

「まだ聞きたいの? もう話しきったかなー。ああ、もう一個あるとすれば、ムッツリ男なのよん、アイツ!」

「そうそう~。ちらっちら見てるよね~」


 くそうあいつら!


 俺は慌てて起き上がろうとしたが。

 秋乃の肘鉄でみぞおちを穿たれてもんどりうつことになった。


 うむむ。

 我慢我慢!


「…………それは、女好きという事か?」

「違う違う! 秋乃ちゃんのことばっか見てんのよ!」

「本人に言っても、見てねえとか言うけどな~」

「……ふむ」


 ぐおおお!

 今度は違う意味でもんどりうつことに!


 どうか秋乃には聞こえていませんように!


 それにしても。

 これは一体何なんだ?


「秋乃。ここはどこだ? 何が行われてるんだ?」


 俺がひそひそ声で秋乃に問いただすと。

 こいつは被り物の耳に向けて答えてくれた。


「…………ワン、は?」

「やかましい」

「ここは、ホテルの上層にあるパーティールーム……。お父様に言われて、あたしが呼べる限りの人たちを集めたの……」


 秋乃がそう言うまでもなく。

 至る所から聞き覚えのある声が響いているから理解はしていた。


 凜々花が走り回る声。

 拗音トリオの大騒ぎ。


 カンナさんの下ネタに。

 クラスの連中が揃って大笑いしている。


「そうじゃなくて。何のために集めたんだって話だよ」

「えっと……。お父様が、立哉君の事知りたいって……」

「弱みでも握る気か!?」

「立哉君、お父様の事、信用できない?」

「当たり前だ! お前の事、強引に連れ去りやがって……!」

「強引?」

「そうじゃねえか! 無理やりあの乱暴な三人組にさらわれたんだろ!?」

「ううん? 皆さん、親切。あたしが倒しちゃった棚を見て、それなり綺麗に元に戻してくれた……」


 は?


「……だとしたら雑。棚、倒れっ放しだったぞ?」

「き、基本荒事専門だからって、ぺこぺこ謝られたからあれで妥協……」

「え? じゃあほんとに自分からここに来たの? そう教えてくれても良かったろ!?」

「携帯の電源切れてて……」

「せめて行き先教えてくれても!」

「い、行き先……。あれで分かるかなって……」


 あれ?

 あれってなんだ?


 秋乃が残していったものと言えば……。


「ケーキ!!!!!」

「そ、そんな大声出したらダメ……」

「これが叫ばずにいられるか!」

「あと、語尾はワン」

「やかましい!!!」


 なんてこった!

 じゃあ、ただの勘違いでこんなに振り回されたってのか!?


 ソファーの革を鳴らしながら起き上がって。

 被り物の重さ以上に首を垂れてがっくりさせた俺に。


 いつもの嫌味な声がかけられる。


「……貴様を招待した覚えはないぞ、小僧」


 さすがに騒ぎ過ぎたかな。

 正体がばれちまったようだ。


「一体何の真似だ、このパーティーは」

「貴様のひととなりを確認するためのものだ。当人がいては、皆の本音も聞き出せなくなるだろう」

「だからなんで……」

「これ以上話すことは無い。こいつをくれてやるから早々に立ち去れ」


 そう言いながら、クソ親父が突き出してきたもの。


 大きなウェッジウッドに乗せられた小さな料理。

 そいつの名前は。




 きびだんご。




「お前についてっちまうだろうが!」

「ほう。ならば命がけで鬼を退治して来い。俺は貴様の手柄を独り占めにしよう」

「うるせえ! 鬼みてえなお前を退治してくれようか!」

「そんな甲斐性も無いだろう。秋乃ひとり笑わせることのできない貴様に何ができる」

「くっ……!」


 他のことならなんでも言い返せるんだが。

 こればっかりはぐうの音も出ねえ。


 みんなから。

 俺が毎日こいつのことを笑わせようとしてる事聞いたのか。


「……そんな役立たずに用はない。帰りたくないというのならこうするまでだ」


 被り物の狭い視界一杯に映るそれは。

 紛れもなく、拳銃の銃口。


 おいおい。

 冗談だろ?


「……もう一匹の犬。スパイ行為を働いていた彼女には消えてもらった」

「は、春姫ちゃんを!? あんた、なんてマネを……っ!」

「問答はこれまでだ」


 そう言いながら、クソ親父が引き金を引くと。

 会場いっぱいに、パンと乾いた音が響き渡る。



 それと同時に色とりどりのテープが飛び出して。



 ……クソ親父の顔にバサッと被さった。



「うはははははははははははは!!! そっちに飛ぶんかい!」

「あはははははははははははは!!!」

「……何度やっても痛いなこれは」

「あたりめえだ!」


 どうなってんだよこいつの笑いのセンス!

 毎度、シリアス展開から必ずオチつけて来やがって!


 でも、俺は聞き逃さなかった。

 そいつを指摘されたらまずい。


「さて。私は秋乃を笑わせたぞ?」

「くっ……! 気付いてやがったか」

「私の方が、秋乃に相応しい。敗者は尻尾を巻いて逃げれば良かろう。犬だけに」

「そうはいくか! ……お前との勝負はここでつける! 勝負だ!」

「今、勝敗は見えただろう?」

「いいや! 俺は、貴様を無様に笑わせてみせる!」


 俺は、秋乃が勝手に装着していた犬の手袋でクソ親父を指差すと。

 こいつは不敵に、あご先と左の口端を持ち上げた。


「……ほう?」

「そんな余裕ぶっこいてられるのも今のうちだけだからな!」


 狭い視界の先。

 会場に集まっていた、俺の全ての知人が心配顔で寄って来る。


 きっとお前ら、さっきのきけ子とパラガスみてえに。

 有ること無いこと面白がってこのクソ親父に吹き込んだんだろ?



 だが、それを聞いたてめえがどう思おうと関係ねえ。

 お前を笑わせれば俺の勝ちだ!



「そもそもこんなもん一個貰って帰れるか」

「ふん。犬にはお似合いだ」

「バカ言うな」


 そう言いながら立ち上がって。

 クソ親父が持っていたきびだんごを犬の手袋で奪い取る。


「こんなもん一個貰ったところで……」


 そして皿を床に置いて。

 みんなに背を向けて勢いよくしゃがみ込めば。


「一個じゃ足りねえっての」



 びりっ



「「「「「ぎゃはははははははははははは!!!!!」」」」」



 キジのしっぽと。

 猿のパンツ。


 三つ貰わなきゃ間に合わん。


「ぷっ」

「お!? 今お前、笑ったな!?」


 慌てて振り返ってみたものの。

 こいつ、すぐに平然とした顔に戻してやがった。


 それに勢いよく振り返ったから。

 被り物が回っちまって前が見えなくなった。


「保坂! くびくび!」

「きゃははははは! 真横向いとる!」

「アヌビスか!」


 本命以外が腹を抱える中。

 俺は面倒になって被り物を取ったんだが。



 その瞬間。



「ぎゃはははははははは!!!」

「は……、はらいてえ……!」

「い、犬の被り物取っても犬が出て来た!」

「……え?」


 俺の顔指差して。

 みんなが笑ってるけど。


「へ、変装の保険……」

「まさか……、犬のメイク!? 人が気絶してる間に何やってくれてんの!?」


 うわ恥ずかしい!

 思わず犬手袋で顔を覆い隠すと。


 余計に広がる笑いの渦。



 でも。

 こんな恥ずかしい思いした甲斐があったぜ。



「……今度こそ見逃さなかったぜ。お前、今……、笑ったよな?」


 俺の指摘に。

 苦笑いと共に肩をすくめたクソ親父。


 とうとう負けを認めたかと思いきや。


「今のは、秋乃が作った笑いだ。俺は認めん」


 しれっとそんなこと言い出しやがった。


「きたねえぞ!」

「問答無用。出直して来い」

「待て待て! その前に俺のネタでも笑ってたろうが!」

「……それと、同居も許さん。勘当はクリスマスまでという約束だ。秋乃は家に戻れ」


 こいつ、強引に話題換えて誤魔化そうとしてやがるが。


 事が勘当撤回ってことなら邪魔するわけにもいかねえ。


 俺は歯噛みしながらも。

 嬉しそうに微笑む秋乃に免じて黙っていることにした。


「あ、ありがとうございます……。でも、家って、まさか東京?」

「いいや? お前は春姫と一緒にいたいのだろう?」

「は、はい……」

「ならば、そうすればいい。……これからも、自分の弁当は自分で作りながら、な」

「ふぐっ」


 きっとこの話も。

 みんなから聞き出したんだろう。


 最後の最後にも。

 嫌味を置いていくクソ親父が。


 扉の方へ向かいかけて。

 足を止めて俺に話しかける。


「……お前とは、今まで何度勝負した?」

「覚えてねえわ!」

「そうだな。…………また、いつでも挑んで来い」

「そっちが突っかかって来るんだろうがいつもいつも!」


 犬メイク中だけに。

 噛みつかんばかりの勢いで咆えた俺に。


 こいつはどういう訳か。

 柔らかく笑いながら。


「……そうだったかな。では、これから何度戦うことになるのかは知れないが、よろしく頼むよ」

「二度と御免だ! もう嫌がらせすんな!」

「そう言うな。お前の人となりも理解できたから、これからは楽しく戦わせてもらおう」

「人となり? まさか、俺の弱みに付け込む気じゃねえだろうな! きたねえ奴……!」

「…………楽しみにしている」


 そして言いたい事だけ言うと。

 おばさんと春姫ちゃんを伴って。

 会場を後にした。



 ……なんだかモヤモヤしたままではあるが。

 ひとまず、みんなが無事でよかった。


 俺は、さっきまで気絶したように眠っていたってのに。

 もう一度改めて緊張の糸が切れて。

 床に崩れ落ちる。


 あのクソ親父が、俺の情報を得たいがために。

 みんなを豪華なパーティーってエサで釣っただけだったなんてな。


 やれやれ。

 とんだひとり相撲だった。



 ……そんな、秋乃の友達たちが俺の元に集まってきて。

 楽しそうに笑ってるけど。


「お前ら、どんな話したんだよ」


 そう聞いてみても。

 誰もが照れたふりして。

 そっぽを向いて誤魔化してる。


 くそう。

 これからどんな目に遭うんだ俺は?


 これからもあいつと戦うことになるのか?



 俺は、そんな問題の答えを求めて秋乃の方を見つめると。



 こいつはいつものように、首をひねって。

 なにかを考えこんだまま。


 どこか遠くの方を見つめていたのだった。

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