クリスマス特別編 始まりの聖夜、終わりの聖夜 2


 12月25日 afternoon



 最初に考えなきゃいけない事案。

 それを解決するために。


 今日も今日とて迫りくるエージェントたちの目をかいくぐり。


 俺たちがたどり着いたのは……。


「助かる」

「いいのいいの! なんなら、ずっと隠れててもいいのよん!」


 秋乃が何度かクッキーの手土産と共にお邪魔したことがあるらしい。

 きけ子の家だった。


「保坂ちゃんがうちに来る時って、なんだかハードボイルドなことが多いわよね!」

「意味分からん」

「前回は、あたしと秋乃ちゃんの仲違いを解決しようとしてくれてさ! 今度は逃避行中なんでしょ?」

「逃避行って言うか……。まあ、そうなんだけど……」

「ハードボイルドじゃん!」

「いや、やっぱ意味分からん」


 この場合、サスペンスとかバイオレンスとかの方がしっくりくるだろうけど。

 今は突っ込む元気がない。


 駅からここまでの全力ダッシュは。

 すきっ腹に滅茶苦茶堪えた。


「さて、ここもすぐ見つかりそうだし……。今度はどこに逃げ込もうかな」

「男子の家にすると良いのよん! 保坂ちゃん、ちょっと臭う」

「う。……自分の臭いってのは分からねえって聞くけど、やっぱそうなのか」


 秋乃が、なにやら首をひねる動作。

 それは数日前から続いていたから違うとは思うんだが。


 でも、ひょっとしたら。

 着替えもせずに風呂にも入らずにいた自分の臭いが気になっていたからかもしれないと思って。


 シャワーと着換えを借りるため。

 きけ子の家に転がり込んだという訳だ。


「あ、ありがと……。さっぱりした……」


 ……風呂場の方からかけられた声に。

 きけ子が畳んで置いていた服を持って駆け出すが。


「あれ? 服、そのままでいいの?」

「う、うん……」

「あたしの服、貸してあげるのに!」

「そ、そこまで迷惑かけられないから……、ね?」


 やんわり丁寧に。

 秋乃に断られていた。



 自分の臭いは。

 自分ではわからないもの。


 自分の体形も。

 自分では理解できないのだろうか。



 俺は、悔しさに歯噛みするきけ子の姿を見ずに済むことに胸をなでおろしながら。

 秋乃の手を掴む。


 のんびりしちゃいられない。

 動き回ってかく乱しないと。

 すぐに潜伏場所を特定される。


 秋乃も、親父さんとの知恵比べ感覚とは言え。

 その辺の意図は理解してくれているようで。


 力強く頷くと。

 玄関先まで、俺にしっかりついてきた。



 ……その時。

 秋乃のポケットで、携帯が震える。


 確認した画面に表示されていたのは。

 この家に入る時に設置した赤外線センサーの反応だった。


「二人とも、何してるの? お茶とケーキ準備しといたから、こっちでゆっくりしてるといいのよん!」

「…………ひとつ聞いて良いか、夏木」

「なに?」

「この玄関先に置いてある、チアリーディング全国大会観戦チケット・部員全員分って書かれた封筒はなんだ?」

「……………………情報料?」

「逃げるぞ!」


 慌てて靴を掴んで裏口に逃げた俺たちは。

 すがるきけ子を振りほどきながら外に飛び出して塀を越えて、隣の家から路地に出ると。


 三人組のひとり、黒服が。

 玄関先できょろきょろと、家の中の様子を探っていた。


 まったく!

 油断も隙もねえ!


 そして。

 どうやってこの事態にピリオドを打ったらいいのか。

 考える暇すらねえ!


「た、たのしい……!」


 …………さらに。

 逃げる気力を根こそぎ奪う。


 こいつの能天気さにも。

 突っ込む余裕が無いのであった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「てめえもか!」

「待つんだお前ら!」


 甲斐の家の玄関先に。

 バスケレジェンド選手名場面・ブルーレイリマスターBOXなるものを見つけて。


 慌てて逃げ出した俺たちに。

 降り注ぐ手裏剣の雨。


 三人組のひとり。

 忍者が待ち構えていたようだが。


 すぐそばを通りかかったお巡りさんに取り押さえられて。

 俺たちに見送られながら。

 交番へと連れて行かれた。


「…………当たり前だ。街中でこんなの投げて来やがって」

「え、映画みたいでドキドキした……」

「フィクションの世界じゃ当たり前のことも、現実で体験するとバカみたいなことだって理解できるな」


 道端に転がる手裏剣の数々。

 こんだけ投げて当てることもできんとは。


「甲斐君の家に戻る?」

「あんな裏切り者の家に戻ったらすぐ通報される」

「じゃあ、やっぱり……」

「気持ちは分かるが、あいつはある意味買収される心配がない。俺の推理を当てにしてくれ」


 俺の言葉に。

 ため息をつく秋乃。


 そんな切れ長が。

 俺のお尻を見て。

 大きく見開かれる。


「どうした?」

「しゅ、手裏剣、当たってたかも……」

「ん? ……おわっ!?」


 手で触って確認すると。

 スラックスが。

 お尻の縫い目でぱっくり割れている。


 走り回っているうちに破けたのかとも思ったが。

 パンツまで裂けてるから間違いない。


「あぶな……っ! これ、手裏剣刺さるすれすれだった!?」

「え、映画みたいなことが……!」

「は? 映画であるのかこんなシーン?」

「本当なら命を奪われるところだったのに、ズボンで隠しておいたお尻の谷間のおかげで助かった……」

「うはははははははははははは!!!」


 普通は鉄板とか形見のブローチとかで防ぐもんだろ!

 でもまあ、助かったことは事実。


 俺は、お尻に谷間を作って生んでくれたお袋に感謝しながら。

 着換えを求めて目的の場所へと急いだのだった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「買収~? ハーレムくれたら考える~」

「だよなお前なら」


 秋乃が、絶対買収されているから行きたくないとごねていた。


 パラガスのアパートには。

 追っ手の気配はどこにもなかった。


 ひとり、エージェントが警察に連れて行かれたせいで。

 その対処に追われていたのかもしれんが。


「よし。世話になったな」

「これからどこに行くの~?」


 シャワーを借りて。

 ふざけた品ながらも新品の下着を貰って履き替えて。


 秋乃の手を掴みながら。

 外へ出ようとする俺たちに声をかけて来たパラガス。


「それは言えん。万が一、ハーレムを準備できた場合には行き場所白状するだろ?」

「当然~」

「……そういった意味では信頼できるからな。教えねえよ」

「そっか~。じゃあ、がんばれよ~」


 ひらひらと手を振るパジャマ男の家をあとにして。

 外に出たところで、一応こいつに文句を言っておこうか。


「なんの真似だ」

「え? ……似合ってる」


 そうか。

 似合ってるのか。


 じゃあ文句はこれ以上言うまい。


 風呂に入っている間に。

 ズボンを縫っておくと言ってくれた秋乃。


 普通に済ませるはずはないとは思っていたが。

 まさか、繕ったついでにキジのしっぽまで縫い付けるとは。


「……まあ、ありがとうとは言っておこう」

「どういたしまして」

「それで? 似合ってる以外にもギミックがあるんだろどうせ」

「正解……。軽ーく力を加えると、簡単にパンツがこんにちは……」

「ファスナーみたいなこと?」

「ううん? 縫い物上手いねーってパラガス君が言うから、わざと下手くそに縫った……」

「なんでそんなにあいつの事敵視するの!?」


 いや気持ちは分かるが!

 そのせいで俺がとばっちり!


 ちょっと気を抜くと。

 あいつがくれた、尻に『猿』とでかでか書かれたパンツが丸見えになるじゃねえか!


「慎重に歩こう……。そんで? 頼れる場所があるって豪語してたよな。どこ?」

「せ、先生のお家……」

「はあ!?」

「おせんべいを手土産に持って、何度かお邪魔したことある……」

「どうして!?」


 意味が分からないまま。

 そして、先生に見つかったりしたら面倒なことになるんじゃねえかと考えながら。


 パラガスの家からさほど遠くない駅で降りると。

 あたりはすっかり暗くなっていた。


 理由を説明しろとか言われたら。

 なんて言い訳しよう。


 俺が、秋乃の後ろを歩きながら。

 作戦を考えていたその時。



 ぶおおおおおん!!!



 背後からにわかに響いたエキゾーストノート。

 振り向くと、闇を切り裂かんばかりの光のビームが俺たちを飲み込んでいた。


「バイク……!?」


 状況を理解する間もなく。

 光は爆音と共にみるみる迫り。


「あ……、秋乃っ!!!」


 慌てて秋乃を突き飛ばしたその瞬間。



 がんっ!!!



 真後ろから突っ込んできたもう一台のバイクが並走してからの体当たり。

 狂気にまみれた漆黒のバイクが畑に突っ込んでブロンド髪の女エージェントを放りだすと。

 深紅のバイクが俺たちの前でスピンターンしながら停止した。


「乗れ!」


 そんな救世主は。

 ヘルメットのシールドを持ち上げながら短く告げたんだが。


 あまりの出来事に。

 俺も秋乃も、すぐには反応できなかった。




 だって。

 その真っ赤なレーシングバイク。




 ……すげえ似合わねえ。




「先生!?」

「か、かっこいい…………」

「グダグダ言ってる暇など無かろう! あの女はまた襲って来るぞ!」


 いつもは、立っとれとしか発音しないだみ声に弾かれて。

 俺は、秋乃を抱き上げて後部シートに乗せたんだが。


「……おや? 俺はどうすれば?」


 そんな疑問に、しびれを切らしたように先生が指差すのは。


 秋乃の尻よりさらに後ろ。

 つま先二つ分くらいのスペース。


「そこに立っとれ」

「雑技団か」


 結局いつもと同じことを言われながら。

 先生の肩にしっかり掴まると同時に急発進。


 振り落とされるんじゃねえかという恐怖に。

 必然的に力が入る。


「貴様は俺の鎖骨を折る気か?」

「全力でつかまってねえと落ちるわ!」


 そんな俺の突っ込みを掻き消すかのような轟音が背後に響く。

 女エージェントのバイク、無事だったのか。


「やべえ……!」

「家に送ればいいのか!」

「いやダメだ! どこかバレそうにないところにしてくれ!」


 いつもだったら問答無用で却下するようなわがまま。

 でも、今日の先生は問いただすこともせず黙って俺の望みを聞いてくれた。



 あぜ道に毛の生えたような悪路をものともせず。

 先生は、さらにアクセルを開けると。


 スピードもほとんど殺さずに三叉路へ突っ込み。

 左方向へハングオン。


 今後、映画とかでカースタント見る目が変わる。

 一瞬でも気を抜いたらおっこっちまう。


 秋乃の表情はまるで見えねえが。

 きっと嬉々としているに違いない。


 それより……。


「マズいぞ! 追いつかれる!」

「排気量の差が大きいからな。コーナーで引き離すことはできるんだが、さすがに三人も乗っていては直線で軽々追いつかれる」


 首を後ろに向けると。

 遠くを走る電車のライトで淡く照らされた漆黒のバイクが目と鼻の先。


 さっき、先生がやったように。

 体当たりされたらゲームセット。


「ふむ。……お前ら、俺を信頼できるか?」

「何をする気だ!」

「しっかり掴まってろよ!」


 赤いバイクのマフラーが咆哮をあげる。

 激しい振動が足先から脳天まで駆け巡る。


 線路に向かって駆けあがりになった土手。

 その向こうに見える農具置き用と思しきほったて小屋。


「うそおおおおおおお!!!」

「どりゃああああああ!!!」


 土手を飛び越え、まるでバウンドするかのように掘っ立て小屋の屋根を噛んだレーシングバイクのタイヤは。




 ぱああああああああん!!!




 バイクプラス俺たち三人分の超重量を空高く打ち出すと。

 警笛を鳴らしつつ急停車した電車を飛び越え。


 今、しっかりと反対側のあぜ道に着地して。

 あっという間に車窓から漏れる悲鳴を置き去りにした。

 



 …………そんな救世主の背中が小さくなっていく。

 ブレーキランプが二度、三度と明滅して。

 健闘を祈ってくれる。


「…………あ、あたし、バイクの免許取りたい」

「持ってるだろうが」

「中型の……」

「あれは限定解除だと思うが」


 あれから一時間。

 道路交通法はまもらにゃいかんと言いながら。

 私道ばかりを辿り辿って俺達が送り届けられた場所は。


「…………じゃあ、好きに使っていいから」

「……すまん」

「あと、これ。布団と夕食」


 俺は、手渡されたカンナを握りしめつつ。

 工房をあとにする兄さんに深々と頭を下げた。


「た、立哉君にだけご飯がある……」

「食えるもんなら食ってみろ」

「お、お腹空いた……、ね?」

「そうだな」

「そう言えば……。昨日、ほんとは絶品ケーキ食べれるはずだった……」


 お腹が空いて。

 ホームシックにでもなったのだろうか。


 俺じゃなく。

 親父さんについて行った未来のことを語るとは。


 負けるわけにはいかない。

 秋乃を笑顔にさせないといけない。


 俺は必死に考えて。


「……ん? おお、そうだ。ちょっと待ってろ」


 秋乃に、工房で待ってるように伝えると。

 夜の学校に忍び込んだ。


 何かあると厄介だ。

 俺は、顔見知りの用務員さんに挨拶してから。

 教室へ向かう。


 ロッカーにチョコだのカンパンだの。

 日持ちするもん突っ込んでたはずだ。


 俺の武器は。

 料理くらいのもんだ。


 これで、秋乃の好きな。

 コロネっぽいもの作れれば。


 そう思いながら。

 ロッカーを開くと。



「おお。もう一つ、武器を手に入れた」



 ロッカーに突っ込んだままにしていたんだった。

 俺は、秋乃が愛するちびらびを胸に抱いて。


 急いで竹林へ向かう。


 ……ケーキを食べたかった。

 日本人なら当たり前の感想だ。


 クリスマスには、ケーキがある。

 それを当たり前として俺たちは育ってきたわけだから。


 でも、初めてそれを準備する側になって。

 親父の気持ちを知った気がする。


 当たり前のように買ってきてくれるクリスマスケーキを。

 俺たちは、お礼も言わずに当たり前のように食べて。


 ……今回の一件が済んだら。

 ちょっとは優しくしてやろう。


 だって、俺にはそれが出来なかったんだから。

 秋乃に、クリスマスのケーキ一つ食わせてやることが出来なかったんだから。


 でも。

 ケーキは無くても。


 プレゼントはできる。


 俺は、緊張で激しく打つ鼓動を何とか落ち着かせると。

 明かりのついた工房の扉を開いた。



「秋乃!」



 …………だが。

 そこに、秋乃の姿はなく。


 俺を待っていたのは。

 倒れた棚。

 ひっくり返った工具箱。


 明らかに。

 誰かが争った跡。


「……うそ、だろ」


 手裏剣と。

 そして今更、バイクの排気ガスのような臭いに気が付いた。


 膝から地面に落ちる。

 まさか、ここが見つかっただなんて。


「秋乃ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 一体どこへ連れて行かれたのか。

 呆然としながら手掛かりを探す俺の目に。


 何か、文字のような物が飛び込んで来た。


 割れた陶器の欠片。

 こんなもの、玄関先に並べるわけがない。


 俺は、秋乃が抵抗しながらもこっそり並べたであろうその欠片に。


 すがるように飛びつくと。


 浮かび上がった文字は。




 ケーキ




「うはははははははははははは!!! そこまで食いたかったんかい!」



 ……そうだ。

 俺も、明日の朝いちばんでケーキを食おう。


 秋乃を見つけ出すために。

 なんとしてでも取り戻すために。


 今の、疲れた俺の頭には。


 甘いものが必要だ。


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