クリスマス特別編 始まりの聖夜、終わりの聖夜 1


 12月25日 Morning



 クリスマスと来れば。

 右にあたたかな赤い光。

 左に静かな緑色の光。


 そして正面に。

 キラキラと光輝く。



 ろくろの上に乗った黄土色の粘土。



「なんでやねん」

「お、面白すぎて永遠に回せる……」



 ――日本人が、一年で一番浮かれる日。

 折角のクリスマスイブの夜を。


 逃走劇で使い果たすことになったわけだが。


 そんなイレギュラーを。

 心から楽しむこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 一般的な感性持ってる女だったら。

 こうはいかなかっただろうな。



 親父さんから逃げ出したはいいが。

 あっという間に迫りくるエージェント。


 ただ、その指示を出す親父さんが。

 秋乃の家を総司令部にしたのが失敗だ。


 ノートパソコンを駆使してバスや電車のダイアを確認しつつ。

 三人のエージェントをコマとして適切に指示を出していたようだが。


 そんな情報をまるっと横流ししてくれた有能な女スパイ。

 春姫ちゃんのおかげで事なきを得たというわけだ。


「た、楽しかった……、ね?」


 本心か気づかいかわからんが。

 そう言ってもらえてうれしいぜ。


 風呂にも入らず、寒い小屋で一晩過ごさせて。


 申し訳ない気持ちで押しつぶされそうな俺に。

 まだ頑張ろうって気持ちを与えてくれる。


 ……でも。

 最終的には家に帰らなけりゃならんわけだし。


 ただ逃げるだけじゃなくて。

 善後策を考えねえと。


「きょ、今日もお父様と遊べて嬉しい……」


 そんな俺の気も知らず。

 呑気なことを言って。

 呑気に花瓶を作るこいつが。


 最後には、楽しいクリスマスだったと結論付けるようにするには。


 いったい。

 どうすればいいんだろう。


「そ、それにしても……。昨日は寒かったし、助かったね」

「ほんとにな。夜中に工房から出て星空を眺めてたロマンチストに感謝だ」

「なんだ。今、バカにされたのか?」

「そこそこに」

「いいじゃないか、ロマン。俺はロマンを作って売って暮らしてるんだからな」


 学校のはす向かい。

 竹林の中に工房を構える陶芸家が。


 顎髭をしゃりしゃりとさすりながら、寝室から顔を出す。


 ……寝床は学校にしようと。

 正門前まで来たところで、偶然顔を合わせたこの人のおかげで。


 俺達は。

 夜露をしのぐことが出来たって訳だ。


「学校だったら凍え死ぬところだったろうに」

「まったくだ。ほんと助かった」

「あ。ありがとうございました……」


 かつて、陶芸同好会が部だったころ。

 この工房に入り浸る生徒たちのために使っていた布団を貸してくれたうえに。

 食事までご馳走になっちまった。


 感謝の念は絶えねえんだが。

 ついつい憎まれ口をたたく、俺の悪い癖。


「でもさ。イブの夜に、おでんで済ませるつもりだったとか」

「あったまっただろうに」

「まあ……、確かにそうなんだが……」

「鶏だって入ってたし。クリスマスっぽくて美味かったろ?」

「つみれは秋乃の好物だからな。俺は食ってねえ」

「お、美味しかったですけど……。つみれに刺さっていた紅白の飾り、何だったんです?」

「日本のクリスマスじゃ、鶏肉にあれを付けるのが習わしなんだ」

「覚えちまうから。そういうウソはやめてくれ」


 慌てて止めたけど手遅れだろうな。

 秋乃は、しきりに感心して頷いてる。


「こんなクリスマスねえから。全部忘れろ」

「そ、そう? 素敵なクリスマスイブだった……」

「どこがよ」

「ツリーもあるし……」


 そう言いながら秋乃が指差す先で。

 朝日にオーナメントをきらめかせるモミノキ。


 自分の背丈ほどもあるこの木は。

 俺たちが工房に転がり込むなり。


 陶芸家の兄さんに、裏から適当なのを切ってこいと指示されたもの。


 大小まちまち。

 何本ものモミノキから選ぶことになったわけなんだが……。


「なんでこんなの育ててるんだよ」

「昔は毎年、陶芸部の連中がここでクリスマス会開いてたんだ。そんな連中に、一生忘れられない思い出をあげたくてな」

「裏から切ってこいって?」

「よさげなのをみんなで選んで運び込むんだ。お前らも楽しかっただろ?」


 ……そうだな。

 多分、一生忘れねえ。


 でかいのを選ぼうとする秋乃をなだめて。

 小さいのを切ろうとする俺は文句を言われて。


 だったら、丁度俺の背と同じ高さの木を切ろうってことになって。

 どうしても五センチほど短いのしか見つからなかったから。


 秋乃がノコギリを俺の足首に突き付けて来たから。


 悲鳴の後に大爆笑。


「それで? お前らこれからどうするんだ?」


 歯磨きのつもりだろうか。

 塩をまぶした指を直接歯に当ててこする兄さんに声をかけられて。


 現実に引き戻される。


「逃げたところでどうなるものでもないだろう」

「そんなことは分かっちゃいるんだが……、なんとなく、ほとぼりが冷めるまで逃げてみるのもいいかなって」

「……自分の娘のことだ。ほとぼりが冷める事なんかないと思うが」

「あるいは、ほとぼりとかはどうでも良くて」

「どうでも良くて?」

「きょ、今日もお父様と遊べるなんて……。幸せ……」


 俺の代わりに答えを言ってくれた秋乃を見て。

 兄さんは、苦笑いを浮かべたのだった。


「じゃあ、これ以上迷惑かける前に出るとするか」


 俺が、秋乃に向けて声をかけると。

 こいつはにっこり微笑みながら。

 手を伸ばしてきた。


 俺を選んでくれたその手。

 昨日は、ずっと離さずに掴んでいたその手を。


 俺は今日も変わらず……。


「握れるわけあるか! 洗って来い!」


 ……しぶしぶ立ち上がった泥だらけの秋乃の手を。

 今日も離すことはないだろう。


 素敵な結末を迎えるために。

 お前に、笑顔をあげるために。


「今日、何時にするかは気分次第だが、実家に戻る予定だ。何かあったらここを使っていいからな」


 出がけに、兄さんは優しく声をかけてくれる。


 事情も半ばしか知らないのに。

 全面的に俺たちを味方してくれるなんて、頼りになる人だ。


「戻って来ねえよ。流石にそんな迷惑かけるわけにいかねえ」

「別にかまわん。知らん仲じゃないし」

「ほんとに迷惑かけねえって。もし舞い戻ってくるようなことになったら、俺の布団も飯もそのモミノキでいい」

「……その頓狂、是非見たいから戻ってこい」

「絶対戻らん」


 バカ丁寧に頭を下げる秋乃が。

 俺の分もお礼をしてくれているし。


 こっちは、なんか照れくさいから。

 手をひらひらさせながら工房をあとにした。



 さあ、まず最初にどうするか。

 秋乃に風呂と着換えを準備してやりてえな。


「よし。目標決まったぞ」


 そう言いながら振り返ると。

 秋乃は、なぜか。


 首をひねって。

 なにかを考え込んでいた。



 ……昨日、いや、もう少し前か。

 秋乃がしばしば見せていたポーズ。


 何かを思い出そうとしているのか。

 何かを決めあぐねているのか。


 まあ、話したくなったら話せ。

 お前の悩みは、俺が解決してやるから。



 そう思いながら、強引に秋乃の手を取ると。


「うはははははははははははは!!!」


 俺は、目的の場所へと突き進むことになった。






「……お? 布団作るか?」

「ちげえよ! こいつ、手ぇ洗ってなかった!」


 まったく。

 今後が思いやられるわ。


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