無人航空機記念日


 ~ 十一月十日(金)

   無人航空機記念日 ~

 ※宴安酖毒えんあんちんどく

  享楽に溺れると身をほろぼす。




 クレープ屋台の直後。

 黒服からの報告を受け取ったんだろう。


 やっぱり怪しいと、本当に斧を持って家に乗り込んで来た舞浜父。



 良かったよ、昨日は秋乃が自宅に帰ってて。

 そして良かったよ、日本の警察が権力者に負けない正義を持っていて。


「まあ、いいことばかりじゃないけどな」

「ほ、本格的な人が来た……」


 舞浜父による突撃が。

 空振りに終わったことが生んだ悲劇。


 まったく役立たずな黒服が解雇されて。

 代わりにやって来たのが。


「で、でも、あのかっこいいお姉さんになら眠らされたい……、ね?」

「同意を求めるな」


 そんな事でも体験したいと言い出す。

 このおかしな女は。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 彼女が見渡すクラスのみんなは。

 誰もが揃って、口も開かずに黙って俯く。


 みんなの視線は、手元の教科書へ向けられているんだが。


 頭の中には、くっきりはっきり。

 自分たちの後ろに立ってる女性を思い浮かべていることだろう。



 暗いワインレッドのボンテージスーツに目出しのアイマスク。

 明らかに外人風な高い鼻とブルーアイ。


 豪奢なブロンド髪で顔の半分を隠した。

 そんな彼女を一言で表す最適な言葉は。



 ……すげえ不審者。



「こ、これぞスパイ……」

「だからさ。なんの刷り込みなんだその発想」


 なんでもかんでもスパイって呼ぶな。

 とは言えこれじゃあエージェントとは言えん。

 いいとこ、アメコミの悪役だ。


「鞭とか持たせたら似合いそうだな」

「で、でも、あの武器も似合ってる……」

「なんの武器だったか分かるのか?」

「分からないのがかっこいい……」


 クラスに混ざった明らかな異物。

 それを、この堅物が見逃すはずはない。


 授業中、急に教室に入って来た不審者へ向けて。

 貴様は何者だと教壇を降りて。


 そして現在、その位置から二、三歩進んだあたりで泡噴いて倒れてる。


「先生が倒れる前、ふって聞こえた」

「もうしゃべるな。ふってされるぞ」


 毒針か何かなのだろろうか。

 先生は、得体のしれない武器にやられてピクリとも動かない。


 まあ、そんな些事はともかく。

 こんなの相手じゃ隠し通せるはずもない。


 だから、『実家に戻れ』と言いたいところなんだが。

 そんな一言すらどう伝えたものか分からない。


「絶対バレるよな……」

「あのお姉さんの正体?」

「そんな話してた訳じゃないんだが、確かにそうだよな。あのかっこでここまで来たのか?」

「どこかで着替えてたらかっこ悪い……」

「だとしたら、良くここまで来れたな」

「ね。寒く無かったかな?」

「そんな心配してたわけじゃねえ」

「裏起毛?」

「うはははははははははははは!!!」


 うわヤバイ!

 つい大笑いしちまった!


 でも、本格的なお姉さんは。

 気にもしないで仁王立ち。


 えっと。

 これ。



 ひょっとして。

 邪魔さえしなければ何をしててもOK?



 そんな空気がクラスのみんなに広がっていくと。

 今まで張りつめていた空気が徐々に緩んで。


 そして、我がクラスの悪いところが。

 至る所で顔を出す。


「なんだ! 下手なことしなきゃ何してもいいんだな? だったら、俺は協力するから狙わないでくれ!」

「ふっ」

「びっくりした、あの黒服の代わりか。立哉ならどうでもいいから、好きに見張っててくれ」

「ふっ」

「お姉さんの胸のファスナ~! おへそのとこまで開けさせて~!」

「ふっ」


 ……ほんの一瞬緩んだ空気が。

 再び引き締まる。


 いや、引き締まるどころか。

 あっという間に絶対零度。


 二つも男子の倒れる音が聞こえたんだ、無理もねえ。


「……ねえ」

「ん?」

「なんで二つ?」

「……パラガスの姿が消えた!?」

「あ、それなら二つで合ってるね」

「いやそれどころじゃねえだろ! お前ほんとあいつに容赦ねえな!」


 最後のふっで存在が消えた。

 でも、その話をこれ以上したら。

 きっと俺もふっされる。


「すまんパラガス。お前のことは、たまーに思い出してやるから」

「ねえ、どこまでの話がOKで、どこからがアウトなんだろ……」

「さあ」


 首をひねった俺の視界の隅。

 クラスの一番前から飛んで来た紙飛行機。


 狙ったきけ子を越えちまったんだろう。

 俺は、腕をいっぱいに伸ばして、甲斐が投げて来たそいつをキャッチした。


「む、無人航空機……」

「紙飛行機がそんな大層なものだったとは。えっと、字が書いてある?」

「か、勝手に読んじゃダメ」

「いや、翼に書いてあるから読めちまったよ。おい夏木。甲斐から有難い忠告が届いたぞ?」


 基本、怖いもの知らずのきけ子だが。

 ピンポイントに苦手なものがある。


 さっきから、身を縮めてガタガタ震えて過ごしているんだが。

 俺の呼びかけにも答えやしねえ。


「しょうがねえヤツだな。そんなんじゃ、次に狙われちまうぞ?」

「な、夏木さんが狙われたらイヤ……。どうして……?」

「さすが甲斐。消される法則を掴んだようだ」


 俺が秋乃に無人航空機を手渡すと。

 こいつは翼に書かれていた文字を音読した。


「察するに、彼女の存在を意識したらアウトなんじゃねえか? そこに誰もいないかのように振る舞えば平気なんだろう」

「と、俺も思った」

「そ、そしたら、こんなにおびえてる夏木さんが狙われる……」

「とは言っても、意識しない方が無理って……、おっとっと」


 この理屈が合っているなら。

 これ以上踏み込んで話すのはまずい。


 俺は慌てて机に向き直って。

 教科書を見つめながら、お姉さんのことを意識から追い出す。 


 あんなのいない。

 あんなのどこにも立ってない。


「……あ、そうか」


 俺が難儀してる横で、秋乃が手をポンと叩くと。

 お姉さんの元へ寄っていく。


 何をする気なのかと。

 クラスの全員が意識を集中させていると。



 ジ、ジジジジジ……。



 あろうことか。

 ファスナーが下がる音が耳に届いてきた。


「ぎゃははははは! きたねえ!」

「ふっ」

「わはは! 木を隠すなら森作戦かよ!」

「ふっ」


 どうしても。

 探求心を抑えきれずに振り返る男子が眠らされて。

 今や教室の床は死屍累々。


 これで、きけ子が狙われる確率は確かに下がったんだろう。


 でもお前。

 

「なあ、秋乃。今の音、ひょっとしてお前のスカート……」

「ふーっ!」



 ……顔を向けたのがまずかった。

 俺は、秋乃のふっを食らって。


 一日中直立不動のまま。

 微動だにすることが出来なかった。




 あ、ちなみに。

 お姉さんがどうなったのかと言えば。


「また来てくれないかな~。今度こそあのファスナー下げさせてもらいたいな~」

「お前はどこに飛ばされてたんだ?」

「エルフのお姉さんが一杯いるとこ~」


 俺が呼んでおいた警察に連れて行かれて。

 二度と現れることは無かった。


「……そこからどうやって帰って来たんだよ」

「追い掛け回してたら、吹き矢みたいの食らって~。目が覚めたら保健室だった~」

「…………ふって?」

「ふって~。…………そんでお前は、なんで立たされてるの~?」

「…………ふって」


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