弐.幽霊とは

「うっ……うぅっ……」

 真っ暗な病室で、誰かのうめき声が聞こえる。

「うぅ⁉……うぅぅぅっ……」

 今にも死にそうなほど、か細くて可憐な声だ。

「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!もう無理!!無理無理無理!!!!」

 病室のベットから飛び起きるようにして、私は起き上がった。

 先ほどから聞こえてきた呻き声の正体は……私だ。

「あーっ、もうあのドンキー看護師のせいだわ」

 泣きそうになりながら、私はゆっくりとベットから降りた。

 モリモリが帰った後、叫び声を上げた私にドンキー看護師は切れた。

 そして小一時間くらい説教を喰らってしまったのだ。

 そのせいで消灯時間となり、部屋の電気が突然暗くなったのだ。

 驚いた私にドンキー看護師は、早く寝なさいと言ってさっさと病室を後にしたのだ。

 部屋の電気をつけようとスイッチを探し回るも、どこにもスイッチが見当たらないのだ。

 この病院は一度閉鎖した後に、リニューアルして復活した。

 その際に中を最新式にしたのかもしれない。

 電気も今の世では、遠隔操作が普通なのかと悲しくなった。

 消灯前にトイレに行きたかったのだが、もうどこもかしこも暗くなっているので、廊下にすら出たくなかったので諦めたのだ。

 だが、それが良くなかったようだ。今、非常に切迫した状況に陥ってしまったのだ。


「くぅぅぅっ……せめてトイレの場所を聞いておけば、走っていけるのに……」

 私はお腹を抱えながら、ゆっくりと病室の扉を開けた。

 廊下は思った通り真っ暗だ。

 物音ひとつしない廊下に怖がりつつも、廊下に出た。

「どっち……どっちに行けばいいの⁇」

 まだ廊下に出たばかりだと言うのに、私はもう涙目で震えていた。

 とりあえず、ドンキー看護師が去っていった左側の道に進むことを決めて、私はゆっくりと歩き始めた。


 どのくらい歩いただろうか、寒いし漏れそうだし怖いしでもうまさに極限状態となっている私は、手すりに掴まりながら必死に歩いていた。

「まだ……⁇まだ⁇まだ⁇」

 もうここで諦めてもいいかもしれないと、膝から崩れ落ちてへたり込んだ。

 ここで漏らしたら、ヒロインとしては失格かもしれない。

 だが、バレなければ良い気もするのだ。

 たとえ犯人探しが始まろうとも、堂々としていれば私が犯人とは思われないだろう。

 このまま短き人生と散るよりは、生き恥を胸に隠した方がよっぽど良い気がするのだ。

 後は、人としての道を踏み外す心構えが必要だと深く呼吸をした。

「大丈夫ですか⁇」

「ひっ⁉」

 一瞬催しそうになるも、必死に抑えてゆっくりと振り返る。

 そこには、あのドンキー看護師と同じ格好をした女の人がいた。

 顔は良く見えないが、長い髪で顔が隠れてしまっている。

 看護師と言えば、長い髪なら結んだりしているイメージだが、この人はボサボサとした頭で結んでいないようだった。


「……あの、トイレの場所を知ってますか⁇」

 そう言うと、あぁっと言う声を上げて女の人はすぐ近くの扉を指差した。

「トイレはここですよ。ちょっとわかりづらいですよね」

 女の人はにこりと笑ったのだ。

 白衣の天使とは、こういう人のことを言うのだろう。

 白衣のドンキーとはてんで違う。

「ありがとうございます!!では」

「はい。ごゆっくり」

 そう言うと、女の人は反対を向き、包交車ほうこうしゃを押して行った。

 どうやら、彼女は不良の看護師のようだ。

 なぜなら、私が夜な夜な怪しい行動しているのを気にしなかったこと、規程破りのボサボサとした髪にトイレでごゆっくりと言うことだ。

 つまりは、トイレで一服して来いよと言う比喩ひゆ表現なのだ。

 それか、本当の白衣の天使かもしれないが、そんなことはどうでも良い。

 私はいそいそとトイレの前に移動し、扉を押した。

 ギィッと言う音と共に扉はゆっくりと開いた。扉を開けた途端、眩しい光が私を襲った。

 くっと目を細めて中に入る。

 どうやら、トイレは消灯時間とは関係ないようだ。

 非常に有難いことだ。

 私が個室トイレに向かい始めた時……そう。

 トイレの扉がゆっくりと閉まった瞬間だった。

 電気が突然消えたのだ。

「……っっっっっっ!!!!⁇⁇」

 私は声にならない叫びを上げて、硬直してしまった。

 なんたるタイミングであろう。

 必死にスイッチを探して、ボタンをカチカチと押すが一向に電気が点かないのだ。

「……」

 こういう時、トイレに幽霊がいて襲われるとかそう言った類の話が多い。

 だが、私は霊感なんてないから幽霊を見ることはないだろう。

 だが、出たらどうしようと妄想が掻き立てられて、非常に怖いのだ。

 ただ、そんな怖さよりもトイレに行きたいと言う欲求の方が勝ってしまっているので、私は意を決してトイレに少しずつ近づいて行ったのだ。

 腰を引きながら、足をズリズリと引きずりつつトイレに近づいていく。

 もし、何かいたら掴まれる前に全力で逃げればいい。

 そうすれば、何事もなく終わるはずだ。


 私は一番手前のトイレの扉をゆっくりと押した。

 ギィッと言う音とともに扉が開いた。

 私はホッとして入ろうとした時だった。

 目の前に人が立っていたのだ。


「あああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!⁇⁇」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!⁇⁇」


 大きな悲鳴が二つ、病院内に鳴り響いたのだった。


「……あっ⁇⁇生きてる人⁇」

 私は相手の悲鳴を聞いて、幽霊ではないと察したのだ。

「えっ⁇オバケじゃないの⁇」

 声の主は女の人のようだ。

 お互いに、人間であることを確認してホッとしたのだ。

 すると、チカチカと光りながら電気が点いたのだ。

「あっ、電気点きましたね」

 私がそう言うと、女の人は息を吐いて安心したようだ。

「そうですね。こんな状況で心臓が止まるかと……」

 そう言いながら女の人はトイレから出てきて、私の顔を見た。

 その瞬間、相手は硬直したのだった。

「あのー⁇どうされました⁇」

 硬直した女の人を心配して、私は首を傾げた。


「あっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!でたぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」


 私の方を見て、女の人は悲鳴を上げた。

 私は咄嗟とっさに後ろを振り返ってしまった。

 こういう時、振り返ると幽霊に殺されるモブパターンなのに、私はやってしまったのだ。

 だが、後ろを振り返っても誰もいないのだ。

 この女の人は何か見間違えたのかと視線を戻すと、便座に座りながら私に対して拝んでいた。

「なーむあみだーぶつ!!なーむあみだーぶつ!!!!」

 この女の人は私の姿を見て、幽霊と判断したらしい。

 だが、どう見ても生きているだろうと突っ込みたくなった。

 だが、とりあえずはこの女性が落ち着くまで我慢することにしたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る