祭事の呪い

壱.過去のイケメン、今のイケメン

「だーかーら!!無理ですって!!!!」

「だーけーど!!お願いしとります!!!!」

 某日、神社の柱にしがみ付く女性と、その人を引きずろうとする腰の曲がった神主がいた。

 参拝者は不審な目でその二人を見つつ、神社を後にするのだった。


 年末年始の呪いを終えた私、海藤かいどう美乃利みのりは燃え尽きたボクサーのように家に帰った。

 そこから一週間ほど記憶が無い。

 筋肉痛と精神的ショックにより、家からは出ていなかったと思う。

 机にはカップラーメンや使用済みのティッシュが山ほど置いてあるので、ご飯は食べていた事は分かる。

 そして、悲しみに暮れて鼻をかみまくっていたのもわかった。

 ふと、意識が戻ったのだ。


 スマホの充電してないやと。


 芋虫状態でスマホを探し、充電を始めた。

 電源を入れたら、有り得ないほどの着信履歴にメッセージが大量に届いていた。

 メッセージは横川よかわ早紀さき事早紀さんからが一番多く、二番手は森山もりやま総一郎そういちろう事モリモリだった。

 心配や生存しているかの連絡が沢山あり、ちょっと怖いけど二人の優しさも感じていた。

 モリモリは家の前まで来てくれていたそうで、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 山田からの電話はなく、メッセージで原稿の締切期限のお知らせが来ていた。

 本当にこいつは、心が冷凍庫のような男だ。

 私は二人にメッセージを送ると、すぐに着信があり心配と叱責、その他もろもろ言われた。

 今まではあまり気にしていなかったが、自分をこんなに心配してくれる人がいる事がこんなに幸せな事だとは思わなかった。

 その日は電話をするだけで終わったが、次の日は机の上に置いてある箱を見つめた。


 その中身は、市松人形だ。

 そう、年末に実家に帰った際に持って帰るのを忘れてしまい、母親に連絡をした。

 いつもならば、自力で取りに来いと言う母親が電話後すぐに持ってきた。

 私は留守だったので合鍵を使い、机に置いていったのだ。


『早く供養しなさい』と言うメモと共に。


 ついでに母親は大名行列も片づけてくれたようだ。

 第一弾はそろそろヤバいと思い片づけた。

 が、また忙しくて放置していたので二段重ねに成長していた。

 母親は思ったよりも綺麗好きなので、掃除をしてくれるのは非常にありがたい事だ。

 これで、また汚しても大名行列になるのはもう少し先の未来になる。

 私は市松人形を見て、決心した。

 そして立ち上がり、風呂に入った。

 柄物のパーカー、母親のコートを着て、市松人形の箱を持って外に出た。

 向かうのはそう、神社だ。


 以前来た時、昔の記憶がよみがえって怖い思いをした。

 モリモリのおかげで事無きを得たのだが、それでもここに来るのには勇気がいる。

 私は気合を入れて、鳥居をくぐって階段を上り始めた。

 前はささっと上れた気がするが、かなり長く感じる。

 それは恐怖からなのか、それとも運動不足だからなのかはわからない。

 ただ、長くて死にそうだった。

 上り切ると目の前には、ほうきを持った神主がいた。

「うぇっ⁇」

 前回は可愛らしい巫女さんだったのに、今回は昔イケメンだった神主がいた。

 しかも、この前見た時と何かが異なっている。

 じっと見つめていると、神主が会釈をして近づいてきた。

「あっ、腰が曲がってる!!」


「お茶は、美味しいですかな⁇」

 私は温かなお茶をすすり、景色を見つめていた。

「はい、とても美味しいです」

 神主は私が以前、取材に来た事を覚えていてくれたのだ。

 そして、お茶まで出してくれた。

「でも、大丈夫ですか⁇その……ぎっくり腰」

「ははっ、こうやって丸めていればあまり痛くないので、もうじき治りますわ」

 神主は笑いながら言っているが、この人は腰を九十度くらいに曲げている。

 だから、もし治ったとしても違うところが痛くなりそうだ。

「明後日にここで大和舞を披露するんです。だから早く治さねばなりませんから」

「大和舞⁇」

「最近、参拝者が減りましたからね。若者にも楽しんでもらえるよう新たにお祭りをする事にしたんです。そのお祭りの最後に儂が踊り狂うのですぞ」

 爺さんの踊り狂う姿を見て、若者は何を思うのかはわからない。

 だが、ある意味見ものではある気がする。

「さて、今日はまた取材ですかな⁇」

 嬉しそうにこちらを見る神主に、私は首を振り箱を渡した。

「あの……人形のお焚き上げをしてほしいんです」

「そうですか……」

 そう言うと、神主は箱をゆっくりと開けた。

 そこには腰辺りまで髪の毛が伸びて、ボロボロの市松人形が入っていた。

 やっと終わるのかと言うように、神主をじっと見つめている。

 神主はゆっくりと箱を閉じて、私に返してきた。

「……こちらではお焚き上げ出来ないです」

 そう言うと、神主はお茶をすすった。


 まさかとは思うが、この神主も市松人形が怖いとか言うのではないだろうな。

 ただ、霊的な何かを感じてできないと言っているだけなんだろうな。

「あっ、じゃあ……」

「そうそう!!あなたにお願いがあります」

 閃いたような顔をして、神主はこちらに顔を向けた。

 嫌な予感しかしない。

「最近、お祭りの中止を要求する怪文書が届いてるんですよ。それ、取材と称して解決してくれませんか⁇」

「無理です」

 そう言うと、私も神主と同様にお茶をすすった。

 さて、飲み終えた事だし帰ろうと立ち上がった。

「仕方ないので、別の場所を探します。では」

 何となくだが、ここで関わったらまた事件に巻き込まれそうな気がしている。

 そうなったら困るので、私はさっさと帰ろうとした。

「待ってください!!お礼に特別席を用意して踊りを披露しますからー!!」

 神主も立ち上がり、帰ろうとする私に付いてくる。

「いやいや、忙しいので見に行けないですー、残念ですー」

 そう言って帰ろうとするも、突然身体が後ろに引きずられ始めた。

 振り返ると、神主が力強く私を引っ張っているのだ。

「いやーお願いしますー」

「無理ですー!!」

 私は咄嗟とっさに近くにある柱につかまった。

 これで、引きずられる事はないが服が伸びてしまう。

「だーかーら!!無理ですって!!!!」

「だーけーど!!お願いしとります!!!!」

 こんなやり取りを、数少ない参拝者が不審な目で見ていた。


 そりゃあそうだ。

 一般人を腰の折れ曲がった神主が引っ張っているのだ。

「大和舞は儂と、孫が共同でやるんですぞ。喜ばしいイケメンがそろっておりますぞ!!」

 神主がイケメンだったのは、過去の事だろう。

 そして、神主の孫がイケメンとは限らない。

 ここは逃げる一択だ。

「今生のお願いですじゃー!!手伝ってください!!!!」

 負け時と私は断ろうと振り返る。

 神主の必死な顔が見えるのだ。

「えっ⁇お姉さん、手伝ってくれるの⁇」

 神主の先に誰かが立っていた。

 そこには、近くの高校の制服を着た少し長い髪をした男の子が立っていた。

 顔も神主と比べると、月とすっぽんくらいカッコいい。

「えっ……」

「俺、じいちゃんと一緒に大和舞を披露する孫っすよ」

 戸惑う私を前に、少年はニカッと笑ってそう言った。

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