弐.神々しい人間は存在する

 話は、カップル岬の話の続きとなる。

 私はいつものように喫茶店に行くとまたいたのだ。

 やつらが。


 そう、るみたんとかーくんが。


 驚くべき事にもう一人、どこかの民族のような頭と顔をした女も増えていたのだ。

 私は咄嗟とっさに真後ろの席に座り、やつらにバレないよう息をひそめながら会話を聞いていた。

「へー。じゃあ愛の逃避行で岬まで行って、プロポーズまでしちゃったん⁇さすがカツや」

「そーなの、とあ。かーくんめちゃカッコよくてぇ」

 と言う名前があの民族顔の名前なのだろうか。

 その後もラブラブだと言う話をベラベラ話するみたんに、私は殺意しか浮かばなかった。

「でも、カツって結構そういうの渋るじゃん⁇なして決意したん⁇」

「はぁっ⁉」

 先ほどまで饒舌じょうぜつに幸せアピールをしていたるみたんは、とてつもないほど低い声を出した。

 やはり、るみたんのような性格難有にプロポーズするのは不思議に感じたのだろう。

 私も同感だ。

 そこから二人とも、じっとかーくんを見つめていたのだろう。

 重い沈黙が続いた。

「実はさ……」

 重い沈黙を破るようにかーくんは話始めた。


「この前、るみたんが喫茶店で別の客を見つめてたじゃん⁇」

「あっ⁇んな事してねぇし」

 るみたんはかーくんの言葉にかなり切れ気味になっている。

 性格悪い上に浮気者とは……るみたんは本当に最低な女だと思う。

「してたじゃん。確かに、オバケとかバカとか言って相手を貶していたけど、めちゃ見てたじゃん」

 オバケにバカ……なんか聞いた事ある言葉だと思うが気のせいだろうと思っていた。

「あぁっ!!あのボッチね」

 るみたんは謎が解けたようで、嬉しそうに答えていた。

 要は私か。

「うん……ああやって他の人ばかり見て、俺をいつか忘れちゃうんじゃないかって不安になってさ」

 そんな人を貶したくらいで忘れられるなんて、お前はどんだけ存在感無いんだよと思う。

「かーくん……」

「るみたん……」

 私は名前を呼び合ってから、何も言わなくなった。

 何が起きるのか気になって振り返って、隙間から覗いた。

 すると、二人は立ち上がりその場で接吻せっぷんをし始めたのだ。

 あまりの光景に目をかっぴらいて動けなくなっていた。

「いぇーい!!ベロチュー、ベロチュー!!」

 公共の場にあってはならない状況の中、のあは何を言っているのだと、私は恐怖しか感じなかった。

 どのくらい経ったのかわからないが、やっと二人は離れた。

 二人は苦しそうに息をしていて、今にも死にそうだ。

 そして座った途端、るみたんは言ったのだ。

「もういっかい……する⁇」


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」

 私は樹海で叫んでしまった。

 思いだしていただけのはずなのに、つい声が漏れてしまった。

「みのみの⁉何かありました⁉」

 突然私が叫んだので、モリモリはかなり驚いたようだ。

 すまない、私は思いだすだけで発狂するとは思っていなかった。

「……大丈夫」

 本当はこのまま走り回りたいのだが、それはできないのだ。

 なぜならば、先ほどまでゾンビに追われて歩いていたからだ。

 約八時間を歩き切った後だから、走るなんて有り得ない。

「モリモリ⁇簡単に抜け出す方法……教えてくれない⁇」

 いつもなら小説の内容を考えて動き回るのだが、今日は本当に勘弁してほしい。

 そもそも、年末年始で連発し過ぎている気がする。

 このままだと身が持たない。


「いや、僕には無理っすね」

 きっぱりと答えるモリモリに、だよねと言う事しかできない。

「あっ、じゃあお願いがあるんだけど」

「なんすか⁇」

「早紀さんに、行けそうにないってもし会えたら伝えてくれない⁇」

 猿との事件後に、早紀さんから初詣を一緒に行こうと誘われていた。

 だが、この状況だといつ行けるかわからない。

「あーじゃあ、山田先輩に代わってもらって、先輩の携帯で連絡しますねー」

 そう言うと、モリモリははいっと言ってスマホを山田に渡したようだ。

 と言うより、いつの間に山田は早紀さんと連絡先を交換したのだろうか。

 そして、モリモリは何故それを知っているのかが不明なのだが。

「あー、電話代わりました。山田です」

「早紀さんとどういう関係⁇」

 私は率直に聞く事にした。

 もしそこでくっついてしまった場合、あの可哀想な後輩君が本当に報われなさすぎる。

「……大丈夫そうであれば、切りますね」

「ちょちょちょっ!!!!待って、めっちゃ困ってます!!!!助けてください!!!!」

 さっさと電話を切ろうとする山田に、私はかなり焦った。

 こいつは本気で電話を切るやつだから。

 深夜に岬から帰れなくて困っている私に対して、冷たい対応をして電話を切るやつだ。

 人の心を持たない山田だから、今の私も見捨てる可能性があるのだ。

「……いいですか⁇一回しか言わないので聞いてください」

 電話越しで山田のため息が聞こえた気がする。

 ため息をつきたいのは私だと言いたいが、ここで反論すると次は本気で切られると思うのでグッと堪えた。

「今の場所から一番木が多そうなほうへ移動してください。そこをまっすぐ行くと、最深部に辿り着きます。そこに咲いている花をなんか適当に取って、来た道の反対側の道をひたすら歩いてください。そしたら、出れますから」

「えっ、道って」

 私が質問しようとした時だった。

 電話越しから何も聞こえなくなった。

 どうしたのかとスマホを見ると、画面に電池マークが出ておりバイブ音とともに電源が切れた。

「……噓でしょ」

 私は外部との連絡手段を失う事になった。


 その場に崩れ落ちたまま座っていたが、どのくらい経ったのだろうか。


 お腹が減ってきたのだ。


 いつもなら数日忘れても平気だったりするが、今日は運動したのだ。

 新陳代謝が上がっているようだ。

「……木の多いほう」

 そう呟くと、私は周りを見渡した。

 とりあえず、山田が言っていた言葉を信じるしかない。

 それ以外に手立てが無いのだ。

 どこを見ても、木、木、木だがその中でも多く見える方を探した。

「多分……あっちかな」

 そう言うと、私はゆっくりと立ち上がり、のろのろと歩き始めた。

 もしこのまま餓死したら、絶対に山田のところに化けて出てやると心に決めて。


 草や木の枝、でかい蜘蛛の巣をかき分けるように歩いていると、突然目の前に円を描くように輝いている場所が見えた。

 そこにはお花畑があった。

 私はお花畑に近づいていく。

 私の小説では、花畑なんて書いていない。


 あの岬で行方不明になった女性の友人が、夜の帰り道で行方不明の女性を見つける。

 その女性が『助けて』と言って走って逃げるので、友人は後を追うのだ。

 気づくと、樹海に入っていたという話だ。

 そこからは、自殺者や殺されてしまった人の霊が友人を襲い、最後に行方不明だった女性の霊に捕まって死んでしまうのだった。

 そう、あの接吻騒動で私は瀕死ひんし状態だった。

 そして、その騒動を楽しんでいたのあを許せなかったために、続編の話を書いたのだ。

 やつらは本当に私の怒りを爆発させるのが得意だ。

 死にそうな顔でぼーっと花を摘み始めた。

 この状況だと、ここに幽霊が来たとしても誰が幽霊かわからないだろう。


「あの……大丈夫ですか⁇」

 誰かが私に声をかけてきた気がする。

 ゆっくりと顔を上げた。

 神々しい輝きの男性がそこに立っていた。

 黒髪が風にそよぎながらこちらを見つめている。

「あっ……」

 その男性は、先ほどの男性だった。

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