肆.真似が上手いようで

「な……なんだよ、どうなっているんだ??なぁ、海藤??」

 猿が多分振り返ったのだろう。

 しかし、私はもうそこにはいない。

 全速力で走り出していたのだ。

「えっ??ちょっおいぃっ!!」

 そう言うと、猿は私を追いかけ始めたようだ。

 待てとかどうしたとか何か騒いでいるが、相手をする気はない。

 角を曲がると、長い廊下が目に入った。

 店の構造が変わっているのだ。

 私はなお、全力で走り続けた。

 だいぶ走った頃に私は振り返り、先程の店員から距離がかなり離れているのを確認し、ゆっくりと足を止めて息を整えた。

「ちょっ……本当に……足はえぇな」

 猿は私に追いつくなり、息切れを起こしていた。

 この程度で息切れするなんて、猿もいい歳なのだと憐れみの目で見てやった。

「なぁ……アレなんなの??」

 猿は先程の店員を指差した。

 サラサラの黒髪に可愛らしい大きな右目を見る限り、美少女なのは確実だ。

 だが、反対の目はまるでチーズのように口元まで垂れており、鼻や口はボロボロでまるで干し芋が積み重なるような肌をしている。

 所々腐っているのだろう、緑色になっている肌からうじが湧き出ている。

 服装は普通だが、内股で腕を上下にカクカクさせながら歩いてきている。

「ここまで忠実に再現するとは、レベル高いわ」

 そんな店員を見て、私は感心した。

 何言ってんだコイツ、と言いそうな顔でこちらを見る猿には苛つくが仕方ない。

 説明をして差し上げよう。

「あれは蘇りだよ。簡単に言えばゾンビ」

「はぁ??」

「足は遅いが、追いつかれたら切り裂かれたり噛みつかれるから」

 猿に要点だけ伝えると、私はゾンビを背中に早歩きをし始めた。

 

 そう、これも私の小説だ。

 書いたのは、中三最後の文化祭の後だ。

 私の学校では、文化祭を三日間開催する。

 初日は学内のリハーサルで学年内のパフォーマンス、二日目は学校全体で交流がてら、三日目は保護者や他校の生徒を呼んでやるのだ。

 私のクラスでは、お化け屋敷をやる事になった。

 最初は不参加でいこうと思ったのだが、じゃんけんで負けてお化け役をやる事になってしまった。

 やる気が無かったので適当にやろうと思い、練習時間にグダついていたら友人に言われた。

「海藤ちゃんならできるよ!!私、応援してるから」

 友人はお化け役をやりたかったのだが、じゃんけんで負けたため大道具係となった。

 自主性を尊重すれば良いものを……公平性とか言ってじゃんけんにした実行委員は無能もいいところだ。

 友人と話をしていると、隣のクラスから彼がやって来た。

 友人とは三年間ずっと同じクラスだったが、彼とは一年生以降、別クラスだった。

 だから、友人に会いに来る時しか姿を見る事ができないので、目が破裂するくらいじっくりと見つめている。

「海藤ちゃん、お化け役をやるんだよーほら、可愛いでしょ??」

 そう言うと、友人は私を彼の前に出した。

 驚いてアワアワするわたしとは裏腹に、彼は私の格好をじっと見つめてきた。

 幽霊役をやるので死装束しにしょうぞくに、三角の天冠てんかんを頭に着けていた。

 似合うよと言われるものなら末代まで呪ってやろうかと思うが、可愛いと言われると照れ臭いものだ。

「おぉっ、す……」

「やっべーマジモンじゃん!!」

 彼の言葉を遮り、猿が私に指を指して騒いでいた。

 彼に咎められてもまだ騒いでいる猿は、動物園に返したほうが良いだろう。

「海藤さん、すごく似合ってるよ。お化け屋敷、楽しみだなぁ」

 そう言うと、彼は爽やかな笑顔を向けた。


 前言撤回しよう。

 どんな格好でも好きな人に似合うと言われたら、嬉しいものだ。

 この服装で街を歩き回って、とにかく自慢したいくらいだ。

 彼がお化け屋敷を楽しみにしていると言う事で、私はこの日からいくつものホラー映画を見漁った。

 より完璧な幽霊を演じるために。


 迎えた文化祭初日、私は衣装を身にまとい集中していた。

 まるで試合前のボクサーのように。

 文化祭が始まり、最初に出し物を見せるのは私のクラスだ。

 学年内の一組、二組とお化け屋敷に入り、次々と悲鳴を上げて飛び出して行く。


 出だしは順調だ。


 同じお化け役の人も悲鳴をあげるので、さらに恐怖が増していくのだ。

 もうじき、彼のクラスが来る。

 そうしたら、最高のパフォーマンスを見せる。

 いくつもの有名なホラー映画を見た私のパフォーマンスに、彼は驚きと喜びを見せてくれるだろう。

 彼のクラスに入り、とうとう彼の番になった。

 誰かと話しながら、お化け屋敷に入ってきた。

 ゆっくりと私のいる場所に近づいてきている。

「あ……い……」

 私がか細い声を出すと、彼はビクッと反応し辺りを見渡していた。

 だが、私の姿は見えていない。

 そんな彼の姿を私は見つめながらゆっくりと私は立ち上がり始めた。

 床に小さく蹲った状態からゆっくりと膝立ちをし、足を内股の状態にして少しずつ立ち上がる。

 上半身がブレないようゆっくりと立ち上がった。


 格好は特殊であれど、普通に見た程度では怖くない。

 だから私は考えた。

 重心をブレさずまっすぐと立ち上がる。

 その後は内股によるしびれで上下にガクガクと揺れるのだ。

 それが暗闇だと、目の前の人間がブレて見えるようになり、さらに恐怖を味合わせられる。

 当然、彼は悲鳴を上げた。

 そして、入口に走って行ってしまった。

 だが、彼と共に来た人はこちらを見ているのだ。

 そいつは猿だった。

 こちらをじっと見ているのだ。

「……なんか用⁇」

「いや、あのさ」

 そう言うと、猿は人の姿をまじまじと見てこう言ったのだ。

「すげえ似合ってるよ。その……ゾンビ」


 その言葉を聞いて、私は発狂し校内中を走り回ったのだ。

 猿を叩きのめすために。

 その日の終わりのチャイムが鳴るまでとにかく走り回った。

 そのせいで、文化祭は筋肉痛により動けない状態になり、残りの二日間は家で眠りについていた。


 最後の文化祭、せめてもの思い出をと思っていたのにこのざまだ。

 この恨みをすべて小説にぶつけたのだ。

 主人公は突然周りがゾンビになり、追いかけられる話だ。

 友人と共に逃げるのだが、友人が途中でこけてしまうのだ。

 助けようにも、友人は追いついたゾンビに嚙まれ引き千切られて死んでしまうのだ。

 そして、ボロボロの状態でゾンビ化して蘇るのだ。

 主人公は必死に逃げ続けたが、逃げきれずにゾンビに追いつかれてしまうのだ。

 そして、友人と同様に噛まれて引き千切られたのだ。

 絶命直前、朝日が差し込んできた。

 すると、ゾンビは立て続けに倒れていくのだ。

 主人公はなんとかゾンビの手から逃れたが、そのまま死んでいったのだ。


 つまり、今の私がやる事は朝日が出るまでゾンビから逃げ続ける事だ。

 主人公のように必死に逃げるのではなく、冷静に追いつかれないようにするのが重要だ。

 先ほどのゾンビ以外にも、ぞくぞくとゾンビが増えてきた。

 だが、私の幽霊役を真似しているので、足を上手く動かせないのだ。

 そのため、上手く走る事はできずにノロノロと近づいてきている。

 これなら、体力を温存しておける。

 私は早歩きでゾンビ達から逃げ始めたのだ。

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