参.すみません、お客様

「だから、美乃利ちゃんの小説は最高なの!!恋愛小説だってお手の物なんだから!!」

 早紀さんは私と作品をべた褒めしてきて、私は恥ずかしくなっていた。

「いや、あんな非現実的な話は読者に求められていない」

 早紀さんのべた褒めを一瞬で叩き割るのは山田だ。

 小説に現実を求めるではない……と思うのだが。

 先ほどまで山田は一言も話さなかった。

 だが、早紀さんが私の小説について話を始めた途端、二人は意気投合して討論を始めた。

「特に、主人公の名前をすべて作者の名前にするなんてどんだけ夢見がちか」

 小説だけでも夢見させろよ、と思うが。

「えーっ⁇誰でも自分が主人公じゃない。美乃利ちゃんは皆のお姫様なのよ」

 そこまでは思っていない。

 早紀さんの頭の中では私は逆ハーレムでもやろうと思っているのだろうか。

 小説毎に切り替えてほしいものだ。

「そもそも小説で恋愛を見たところで、現実は寂しいものだ」

 山田は全世界の恋愛小説好きを敵に回しただろう。

「えーっ⁇でも、そうしたらホラー小説は非現実的じゃない⁇」

「いや、ホラー小説は非現実的であるべきだ」

 山田の手のひら返しに怒りを感じる。

 だが、私は無言でカシオレを飲んでいた。

「へぇー。確かに美乃利ちゃんの作品ってパワーを感じるもんね」

「だろ⁉読んだら呪われそうな作品は久しぶりだ。どれほどの人を呪い殺したのかと感心したくらいだ」

 誰も呪い殺していないが、確かに作中で皆、生きている事はなかった。

 それだけで呪われそうとか、かなり失礼な気がする。

「現実であんな目に遭いたくないから、非現実的でいいんだ」

 うんうんと頷きながら早紀さんと話す山田をじっと見つめる。

 私、非現実的な現象に遭いまくってますけど、何か言う事はないだろうか。

 徐々に二人の会話はヒートアップしていった。

 早紀さんは生ビールを途中からピッチャーと言うもので頼んでいた。

 かなりデカいポットをガバガバ飲んでいた。

 山田は……飲み物は最初に頼んだもののままだが、いつもと違う姿を見ると彼は酔っぱらっているのだろう。

 早紀さんと比べると、お酒に耐性が無いようだ。

 こういうお店のウーロン茶はお酒が入っているのだろう……気をつけなければ。

 ここにいるのは、気恥ずかしくて居心地が悪いので、モリモリと話そうとモリモリを見た。

 いつの間にか離れた席に座っている。


「いぇーい!!かんぱーい!!」

 一人でグラスを持ち上げて、誰もいない席に声をかけている。

 彼もお酒に耐性が無いようだ。

 まるで今まさに合コンしているような雰囲気で、近寄るに近寄れない。

「……トイレ、行ってきまーす」

 ボソッと呟いて、私はお手洗いに向かった。

 初めての飲み会だったが、飲み会はこんなカオスな世界なのかと恐怖を感じた。

 私にはまだ早かったようだ。

 ため息をついて、席に戻ろうとした時だった。

「あれ……海藤⁇」

 背後から、男性の声が聞こえた。

 私はゆっくり振り返ると、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。

 私より、少し背が高いくらいの平凡な顔をした男だ。

「やっぱり!!海藤じゃん。こっちにいつ帰ってきた⁇」

 ズカズカと近寄ってくる謎の男に、私は驚きを隠せない。

 今までの私ならこの状況なら、同級生⁇もしかして彼は私を好き⁇とか、いつもなら脳内妄想に走るのだが、何一つ起こらないのだ。

 むしろ、面倒だから早く戻りたい気持ちでいっぱいなのだ。

「久しぶりじゃん。もしかして、今日の同窓会に参加する予定だった⁇」

 何の同窓会かわからないが、私はそんな話を母親から聞いていない。

 だから、確実に呼ばれていない。

 私とは無関係の会と言う事だ。

 私は無視して戻ろうと、男に背を向けた。

「今日、木田きだいるよ⁇」

 その言葉に私は、動きを止めた。

 木田……それは中学の時に友人の彼氏となった彼の苗字だ。

 そして、私に対してずっと木田、木田と言いまくって茶化してきたやつがいた。

 私はゆっくりとその男に視線を移した。

「まさか……猿か⁇」


 中学の時、友人と彼が付き合い始めてしまい諦めるしかなくなった私は、秘めた恋心と言わんばかりに彼を見つめていた。

 ある日、彼といつも一緒にいる男子が私に声をかけてきた。

「お前、木田の事好きなんだろ」

 そう言われて、私は冷凍されたように固まってしまった。

 周りにはバレていないと思っていた。

 まぁ、実際のところは私が友人の彼氏を呪い殺すような目で見ていると噂になっていたらしいので、誰も私が彼を好きだとは思っていなかったようだが。

 それからは、会う度に彼の名前を連呼してきた。

 話の途中にも彼の名前を呼んだりしていて、キーキー煩かった。

 だから、私はこいつを猿と名付けた。


「いやー、久しぶりにそのあだ名聞いたわ。俺は……」

「あんたは猿で十分でしょ」

 私は猿に冷たい視線を送った。

 こいつに嫌がらせをされたせいで、残りの中学生活は地獄だった。

 今思いだしても怒りが爆発しそうだ。

 こんなやつと彼が仲良かったのは奇跡だと思う。

「ったく。相変わらずだな。なぁ、あっちで飲もうぜ。海藤の事、さっきまで木田と話してたんだぜ」

 そう言うと、ニヤニヤと笑っている猿の顔を見ると怒りが沸騰しそうだった。

「消え失せよ」

 私はボソッと言うと、猿を置いて席に向かった。

 席に戻ったら早紀さんやモリモリ、山田と話をして気を紛らわそう。

 それでも駄目なら、外の景色を見て、後輩君の姿を見て癒されようと思った。


 しかし、そこには誰もいなかった。

 茫然ぼうぜんとする私は、机の上に置いてある紙を見た。


『お会計済みです。お疲れ様でした。 山田』


 山田はまたもや私を置いて消え去ったのだ。

 辺りを見渡すもモリモリや早紀さん、後輩君の姿はなかった。

「なぜだ……」

 スマホを見ると、メッセージが二件入っていた。


『初詣に行ってきまーす。頑張ってくだっさーい!!』


『美乃利ちゃん、ごめんね。先に初詣に行っています。負けないで!!』


 何故だろう。

 内容を見る限り、これから何かが起こりそうな書き方をされている。

 嫌な予感しかしない。

「おいっ。海藤、歩くのはえぇよ」

 背後から声がした。

 どうやら、猿が付いて来てしまったようだ。

 まさかこんなやつと何かが起こると言う事かと思い、絶望しかなかった。

「いやー懐かしいよな。海藤は昔っから足が早いもんな。野球部内で俊足の俺と同等だったもんな」

 背後で笑う猿の声が、本当に忌々しい。

「ああっ!!もう本当に、許さない!!!!」

 私は振り返り、猿に向かって思いつく限りの暴言を言い始めた。

 それに応戦するように、猿も言い返してくるので私の怒りはさらにヒートアップしていった。


『すみません、お客様』


 騒ぎに気付いたのか、店員さんが来たようだ。

「すみません!!もう帰りますので。おいっ猿!!もう付いてくんなよ」

 暴言を吐いていると、いつも以上に口が悪くなってしまうようだ。

 それか、猿相手なので、私も猿と同じ知能になってしまったのかもしれない。

「いや、待てって。話があるんだよ」

「うるっさいなー、もう話す事はない!!」

 猿に腕を掴まれてしまい、振りほどく事ができない。

 精一杯の力を込めて、振り回すが手を放してくれないのだ。

「もー!!手を放してよ!!」

「だから、ちょっと待て!!」


『すみません、お客様』


 次は猿が店員さんの方を見てすみませんと謝った途端、猿が硬直した。

 今だと手を振ると、猿の手から腕を振りほどく事ができた。

「私帰るから……な」

 私は猿の方を見た。

 その時、猿の先の店員さんが見えた。

 店員さんはサラサラの髪にモデルのような大きい右目が見えた。

 だが、反対の左目は口元まで垂れており、鼻や口は緑色に腐っているようだった。


『すみません、お客様』


 そう言いながら、店員さんは少しずつこちらに近づいてきた。

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