人形の呪い

壱.好みは人それぞれ

 もうじき、一年の最大イベントがある。

 そう、年末年始だ。

 私、海藤かいどう美乃梨みのりは今、実家の前にいる。

 大学の頃から今のマンションに住んでいて、ずっと一人暮らしをしていた。

 大学に入った頃、一人暮らしに慣れなくて休みの度に帰っていた。

 だが、帰ったら帰ったで母親に怒られてばかりだった。

 そんな事が続き、面倒になっていつの間にか帰らなくなっていた。


「ただいま」

 玄関を開けると、玄関に仁王立ちの母親がいた。

 今にも怒りだしそうな顔で出迎えてくれた。

「おかえり」

 私は玄関で靴を脱ぎ、いそいそと自分の部屋に向かおうとした。

 言おうとしている事は分かっている。

「久しぶりに帰って言う事はそれだけ⁇」

「えっと……玄関、開けといてくれてありがとう⁇」

 一人暮らし当初、実家の鍵を渡されていたのだが、あまりにも使わないためどこかにやってしまった。

 そのため、母親に玄関を開けといてほしいと伝えたのだ。

「あんたね、帰ってくるならもっと早く言いなさいよ!!後、何時に帰るかも言いなさい!!」

「ご……ごめんなさいっっっ!!!!」

 実家に帰省途中で鍵の事を思いだし、母親の携帯に連絡を入れた。


 今から帰るのと、家の鍵が無い事を。


 確か、母親は今日まで出勤日だったろうか。

 全速力で帰宅したのだろうか、顔を見ると汗をかいているようだった。

「……まぁ、次帰ってくる時は、遅くとも当日の朝までには連絡しなさい」

 そう言うと、母親はリビングへ行った。

 ふぅっとため息をついて、私は自分の部屋に向かった。

 扉を開けると、部屋は昔と変わらない状態だ。

 勉強机にベット、パソコンに箪笥たんすと、一般的な部屋だと思う。


 後は……クローゼット。


 ゆっくりと近づいて開けると、雪崩れてくるノートの数々に足元を奪われる。

「……黒歴史ども」

 このノートは私のネタ帳だ。

 ありとあらゆるパターンの恋愛系物語のネタが書かれている。

 ある一冊のノートをめくる。


『みのり、お前だけは俺を分かってくれる』


 謎のもじゃもじゃ頭の男に吹き出しがついている。


『みのり、いつまでも君を見ている』


 次のページにも頭がもっさりとした男が描かれていた。

 何を隠そう私は絵が下手なのだ。

 子どもから大人になると成長していくと言うが、私は絵のレベルは今も変わらない。

 ボールのような顔にモサモサした髪の毛で、顔は無い。

 今思うと耳もないのだが。

 当時はこれがイケメンで、絵がとても上手いのだと信じていた。

 父親は画家なのだが、その父親に世紀末の天才と言われていたせいで、本当に天才だと信じていた。

 ノートを閉じて積み上げていくと、大きめの画用紙に描かれた絵を見つけた。

 その絵には、キラキラと輝かせようとして虫見たいのがつどってしまった棒人間のような人が太鼓を叩いている。

 その近くにお河童のような頭に赤い……多分着物であろう服を着て地面に手が付いていて顔に円を描くように黒く塗りつぶされた女の子がいた。

 そこから離れたところに鳥居が描かれていて、その下にボールに赤い目がついた何かと、黄色と茶色の小さな何かが四つ描かれていた。

「……ここまで絵をリアル再現しなくていいのに」

 この前の神社で起きた呪いは、こんなにも絵を忠実に再現していた。


 だが、一点おかしい。


 そう、私を引っ張っていた女が描かれていないのだ。

 そして、お河童の少女は私のはずなのに、あの女を『おかあさん』と呼んでいなくなった。

「……小説といい、何か微妙に違うのよね」

 私はまたも小さくため息をつき、ノートを邪魔にならないよう横に積み重ねて、さらに奥を見た。

「あった」

 そう言って取り出したのは、赤ちゃんくらいの箱だ。

 机の上に置いて開ける。

 そこには腕が変な方向に曲がって、ボロボロに汚れた市松人形だ。


 この前のマンションの呪いで、置きっぱなしだった事を思いだした。

「懐かしいわ……よしっ」

 そう言うと私は市松人形を抱えて、母親のいるリビングへ向かった。


 リビングに行くと、いつもの定位置に母親は座っていなかった。

 どうやら、夜食の準備をしにキッチンにいるようだ。

「お母さん、今いい⁇」

「何⁇お小遣いはあげないわよ」

 久しぶりに会って早々そんな事言うわけないだろうと思いつつ、ゆっくりと母親に近づく。

「違うよ」

「お父さんは今年、帰ってこないわよ」

「えっ、また海外に行っちゃったの⁇」

 父親は小さい頃から神出鬼没だった。

 ずっと家にいると思ったら、突然いなくなるのだ。

 海外で個展を開いたり、その国の文化を描きたいと旅立ってしまうのだ。

 感性が独特なので、マニアックな人に好まれるそんな作品を作るのだ。

「いや、違くて。これ」

「えっ⁇」

 母親が手を止めてこちらに顔を向ける。

 私の顔を見た後、私の手の中を見る。

「……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」


「……本当にあんたはふざけた事ばかり」

 母親はリビングで、いつもの定位置に座っていた。

 私は母親の拳骨を受けた頭を押さえながら、反対側に座っていた。

 間を挟む机の上には壊れた市松人形があった。

「……聞きたい事があったから持ってきたの」

 涙目になりながら母親の顔を見る。

 母親はまだ殴り足りなさそうな顔で私を見ていた。

 母親は怖いものが苦手なのだ。

 だが、市松人形はこんなにも可愛らしいではないか。

 たまに髪が伸びたとか呪いの人形とか心霊番組で取り上げられるが、特に何もしないのだから問題ないと思う。

「何を聞きたいの」

「当時いた担任の先生なんだけど」

 そう言うと、母親の顔は凍り付いたように固まった。

 何か変な事でも聞いたのかと思ったが、固まるほどの事は聞いていないはずだ。


「……誰かから話を聞いたの⁇」

 母親はさらに怖い顔をして私を睨む。

 私が何をしたと言うんだか……

「いっいや、あっ久しぶりにおっ、思いだしたから気になって」

 ドスの効いた母親の声が怖かったようで、声が震えていた。

「……はぁ。まぁいいわ。もう良い歳だものね」

 そう言うと母親は目を閉じて深呼吸をした。

 良い歳と言うのは余計だが、何か教えてくれるのだろう。

 私は母親の話に耳を傾けた。

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