伍.今は昔の話

 どんなに抵抗しても、女は私の手を掴んだまま離さずに引きずる。

 どこかへ私を連れて行こうとしている。

「ねっ、ねぇ⁇……どこに行くの⁇」


『……』


 今にも消え入りそうな声で聞いたが、返事はなかった。

 女にズルズルと引きずられながら、裏口に辿り着いた。

 こんなところに出口があるのは知らなかったが、どこに連れられるのかわからない。

 外が安全なのかもわからなかった。

「やだ、行かない……行きたくない!!」


『……帰るの』


 ぼそっと女が呟いた。

 女の声に私は驚き身体が縮こまってしまった。

 女は私を引きずりながら、裏口のドアを開けて外に出た。

 外は夜のように真っ黒い空だが、気味の悪い感じに歪んでいる。

 じっと見ていると酔ってしまいそうだ。

 足元は砂利が引き詰められており、引きずられると切ったりして痛そうなので、玄関を出るタイミングで立ち上がった。


「どこに帰るの⁇」

 先ほど呟いてから女はまた話さなくなった。

 こちらに振り返る事なく、ただ歩くだけだ。

 その時、スマホが鳴った。

 その音に反応したのか、女が立ち止まった。

 私は女を凝視しながら、掴まれた手の反対の手でスマホを取り電話に出た。

「あっ、みのみの。生きてますー⁇」

 相変わらず軽い感じのモリモリに少しイラついたが、安堵あんどした。

「家に着いたのね⁇」

「はい。ただ、どこに行けばいいのやら……」

 そういえば、マンションの呪いから今回の神社の取材までの間、取材の練習ばかりしていたせいで、玄関から廊下にあるゴミ達の大名行列は三、四段に積み重なった状態に進化していた。

「えっと……大名行列を辿っていくと寝室に着くから、その中にある小太鼓を叩いてほしいの」

「えっ⁉女性の寝室に入るなんてできないっすよ!!」

 女性扱いするモリモリにときめいてしまいそうだが、今はそんな状況ではない。

 急いでもらわねばならない。

「今はそれどころじゃないから。早く!!」

「りょっ!!今入りましたー」


 そんなすぐに入れるほど廊下は短くない。

 モリモリはもう寝室前でスタンバってたようだ。

 どこどこと言うモリモリの声とガサガサと何かが崩れる音に、先ほどの言葉はなんだったのかと表情が死んだ。

「あっ、ありましたよー」

「探さないでも、奥にあったで……」

 ふと、視線を感じた。

 辺りを見渡すと、先ほどのお河童の少女と宝石投げのおじさん、四つの人形が私を囲うように立ち、こちらを見つめていた。

 私の腕を掴む女も私を見つめていた。

 先ほどと変わらず、瞳孔の開いた目と無表情の顔でこちらを見つめていた。

 周りのやつらは少しずつ、一歩ずつ私に近づいてきていた。

「っっっ早く太鼓を叩いてぇぇぇっっっ!!!!」

「りょうっかーい!!」


 あの頃、お祭りで聞いたような太鼓の音色がスマホから響いてきた。

 私が叩いた時はトントコしかならなかったあの小太鼓が、大太鼓のような良い音色を奏でている。

 近づいてきたやつらは小太鼓の音色が鳴り響くと、一斉に足を止めた。


『帰らなきゃ』


 どこから声が聞こえた。

 その声と共に、四つの人形は駆け足で走っていく。

 私は走っていく方を見ると、長い階段があった。

 その先に鳥居があり、頂上は光に包まれていた。


『ガエロォ』


 宝石投げおっさんの野太い声も聞こえた。

 おっさんも重い身体を揺らしながら、ゆっくりと階段を上っていった。


『また、遊んでね』


 お河童の少女はそう言うと、階段へ向かっていった。

 これで終わりだと安心したのだ。

 だが、私の手はいつになっても放される事はなかった。

 恐る恐る女を見ると、女は私を見つめていた。

「……もう終わったから、帰って」


『……』


 返事は……ない。

 ふと、お祭りでおばさんに掴まれていた時の事を思いだした。

 あの時も同じく、瞳孔の開いた目で私をじっと見つめていた。

 私は声をかけたが、返事が無かった。

 笑ったり泣いたり怒ったりしても何も反応が無く、ただ無表情のまま私を見つめていた。

 突然、反対を向いて歩き出した。

 私を引きずるように歩き始めて、私はお化けだと騒いで逃げ出したのだった。


 そう、あの頃の記憶のままのおばさんが今、目の前にいる。

 何一つ変わらないままここに存在しているのだ。

「な……なんで⁇」


『……帰らなくちゃ』


 女はそう呟くと、私をまた引っ張り始めた。


 あの長い階段の方へ。


 私は抵抗するも少しずつ引っ張られていく。

 あの階段を上ったらもう帰れない、そんな気がした。

「いやだ!!行かない!!行きたくない!!!!」

 女は問答無用に私を引っ張り、徐々に階段の前に近づいてきた時だった。


『かえろう』


 その声に女は足を止めた。

 私は声のする方向、階段の上に視線を上げた。

 そこには、先ほどのお河童の少女がいた。

 先ほど鳥居の先へいなくなったのかと思っていたが、まだ鳥居をくぐっていなかったようだ。

 女もお河童の少女の方をじっと見つめていた。


『はやくおうちにかえろう。おかあさん』


 その声に女は反応して、私から手を離した。

 そして、ゆっくりと階段を上り始めた。

 少女の元まで辿り着くと、膝をついて少女を抱きしめた。

 少女も女にくっついてポンポンと背中を叩いていた。


 そして、女は立ち上がり、少女と手を繋いだ。


『ばいばい』


 お河童の少女がこちらに手を振って、女と鳥居をくぐって消えていった。

 私は緊張が解けたのか、気を失ってしまった。


「……」

 誰かの声がする。その声に私は少しずつ意識を取り戻した。

「……てください!!大丈夫ですか!?」

 ぼやけた視界の先には、神社で案内をしてくれた巫女さんがいた。

「あれ……戻った……⁇」

「あぁっ、良かった。突然電話し始めて倒れたと神主が言っていたので、とても心配しました」

 巫女さんの天使スマイルに、目覚めたばかりなのに昇天しそうになりかける。

 必死に魂を抑え込み呪いが終わった事に安堵した。

「いやー良かったです。体調はどうですか⁇」

 耳に残る良い声が聞こえた。

 私はカッと目を開けて身体を起こし、振り返る。そこにははかま姿の七十歳くらいの爺さんがいた。

「はっ……⁇イケメンは⁇」

「おぉっ!!あなたもその噂を聞いてきたんですな。そうだと思ってこちらを準備したんですぞ!!」

 そう言うと爺さんは古びた写真を見せてきた。

 そこには確かにイケメンが映っていた。

「いやはや、最近は儂の若いころの写真がブームなのか、そう言った方がいらっしゃるんですぞ」

「……はぁ」

 そこから爺さんは自慢話を小一時間し続けた。

 私は無表情で爺さんを見つめていた。

 あの女もこんな気持ちだったのだろうか。

 こう、長い話を聞きたくないような……

 今回の取材で確認すべき、朝の不気味な行動について聞いたところ、年明けに行うお祭りで舞う踊りの練習だとか。

 毎年あまり人が来ないので、何かしら新しい舞をやろうと四苦八苦していたそうだ。


 私は巫女さんに見送られて、社務所を後にした。

 出た途端、鬼の形相に変わった。

 そして、スマホを取り出してある人物に電話をかけた。

 電話先はもちろん、モリモリだ。

「あっ、みのみのー。生きてたんですね!!」

「モリモリ、騙しやがったな。元!!イケメン神主の爺さんだったじゃないか」

「えっ、そんなは……」

「モリモリのバッッッツカヤロー!!!!!!」

 階段を下りながら、私はモリモリに罵詈雑言を浴びせた。


 途中、反対側の階段を上る高校生が、私を見て引いている気がした。

 だが、今は周りの人を気にしている暇はなかった。

 そう、反対の階段を上って帰る高校生、彼こそがイケメン神主だという事を、今の私は知る術もなかった。

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